第三十四話 魔箱
「一体、何があったの?」
受付と女の子の間に割り入って、カウンターに手を突きながら私は尋ねた。
ジルが後ろから、調子よくうんうんと頷いている。いや、手伝ってよ。
「あのですね、このお嬢さんがちょっと無理なご依頼を……」
しどろもどろになって、濁したような要点を得ないような回答をするお姉さん。
このままでは埒があかないので、きっぱりと問い正した。
「詳しく聞かせて」
私が首から下げているプレートはFランクだけど、きっと相当に無茶な依頼だったんだろう。Fランクでも説得出来ると判断したみたいで、お姉さんはこの一件を私たちに任せてくれた。
今まで昼食を食べていた席に私とジル、そしてその女の子で座る。
席に着くなり女の子はテーブルに突っ伏して、また泣き始めてしまった。
なだめながら涙の理由や、どんな依頼をしたかを聞く。
女の子は、キャサリンと言った。
ウェーブのかかったセミロングの淡い金髪、ドット柄のトップスに赤のスカート。可愛らしい見た目の、いかにも『お嬢さん』という風体の子だ。
「これです。これがないとお母さんが苦しんで、死んじゃうんです……!」
キャサリンは四角い箱を取り出し、テーブルに置いた。
これは――。
「魔導具……!」
立方体の上部分が回るようになっていて、未完成の魔法陣が描かれている。
シュナイデンが使っていた魔導具と全く同じものだ。何故、ただの町娘にしか見えないこの子が、こんなものを持っているの?
模擬戦で焼かれた事や、パレードに乱入された事を思い出して、私は一瞬固まってしまう。
「……で? これがどのように、お母様を助けますの?」
ジルも私の顔が強張ったのを見て察したようで、もぐもぐと食べていた焼き肉を一息に飲み込んで、キャサリンに話の続きを促す。
「これは、『治療方体』って言うんだそうです。これを回すと……」
彼女は、魔導具をシュナイデンがそうしたように回す。
「本当は光が出て、お母さんが咳とか出て苦しんでるのを、治してくれたんですけど……急に壊れて……。今はどんなに回しても、光らないし、治らないんです!」
また泣き出してしまった。泣きながらも訴えるキャサリン。
「早くこれを直さないと、お母さんが死んじゃう!!」
ジルが彼女に近付き、彼女の肩に手をそっと乗せて慰める。
私も動揺する気持ちを抑えて、出来るだけ優しく聞いてみた。
「これを……どこで手に入れたの?」
「真っ黒な鎧の大きなおじさんが、私に渡してくれたんです。『これで、君のお母さんも楽になるよ』って」
「その人は、今どこに?」
「旅の冒険者さんらしくて、もうこの街にはいないと思います……。なんでも、『剣聖』っていうのを探してるとか……」
剣聖……私の事だ。何故、魔導具を持つ人物が私を?
大きなおじさんと言うからには、シュナイデンではなさそうだけど。
とにかく、入手先に修理して貰うという手段は絶たれた。
「そのおじさんという方から、こんな時にどうすればいいかを聞いてませんの?」
ジルが尋ねる。
キャサリンは首を横に振った。
「いいえ……でも、魔力で動いてるって」
「魔力……」
私は試しに、魔導具に手を置いて、魔力を注ぎ込んでみた。
ぐんぐんと吸われる魔力。あっという間に私の魔力が枯渇し、倒れそうになる。
不味いと思って手を離した事で、辛うじて倒れずには済んだ。
「何これ……」
よろめいている私を無視して、ジルが魔導具を回す。
一回だけ光ったものの、二度三度回しても、何も起きなくなった。
「これは、相当量のMP……いえ、魔力を消費しますわね」
「「エムピ?」」
「何でもありませんわ。それよりも、一晩中でも剣を出し続けられる『化けもの』なアリサさんのM……魔力をもってしても、一度しか発動出来ないなんて……。こんなものを直すなんて、私のMPが勿体な……」
咳払いをするジル。
「私の手には負えませんわ。ですから、この件はアリサさんにお任せしますわ」
「ええーっ? 仲間でしょ、一緒に助けてあげようよ」
「無理ですわ。では、私はこれから布教でもして参りますわ」
そう言うとジルは席を立ち、どこかへと出かけてしまった。
彼女が困っている人を見捨てるなんて、珍しい。
「ジルの薄情者ーっ!」
大声になってしまった私の声を聞いて、キャサリンが泣き出す。
その背中をなでて、なだめようとする私。
「お姉ちゃんが、絶対その魔導具……箱を直してあげるから、一緒にお母さんを助けよう。……ね?」
私が片目を閉じて微笑むと、少しは希望を持ってくれたのか、泣き顔のままで微笑み返してくれた。
とりあえずこの魔導具は魔力さえあれば、動くようになるんだよね?
どうにかして魔力を集めてみよう。
……でも、どうやって?