第三十三話 少女
私、アリサ・レッドヴァルトと、聖女ジルは仲間になった後も旅を続けた。
あれから六日の行程を経て、ようやく隣領の街エーゴスに到着。
私たちは、これからも一緒に旅を続ける訳だけれど、ここでジルとの契約である護衛の依頼が終わる。二人で一緒にエーゴスのギルドに行って、依頼完了の報告をした。
目の前にいるジルの無事を確認した後、受付のお姉さんからスタンプを貰う。
この世界では、冒険者が依頼を達成すると、鋼で出来た星型のスタンプをハンマーで打ちつけて貰う事になっている。
小気味良い音が鳴り、私の冒険者プレートに新たな星が増えた。
報酬は前払いで貰っているので、これで依頼は完了。
まあ……報酬の魔法薬は既に使ってしまって、もう無いのだけれど。
依頼が終わって肩の荷が下りた私たちは、ギルドの酒場スペースで遅い昼食を摂り始めた。この辺りは新鮮な野菜が名物だとかで、二人共サラダを注文した。
「冒険者証は原始的なスタンプ制ですのに、ギルド同士は魔法で情報が繋がってるなんて、本当……この世界の文明レベルは意味不明ですわね」
本日十皿目のサラダをもりもりと食べながら、ジルは言った。
私に襲いかかってくるまでは猫を被っていたのだけれど、猫を被っていたのは、食欲に関しても……らしい。そういえば道中、ウサギを四羽半も食べていたから、かすかにその片鱗は見せていた。
「『この世界』って……まるで、ジルが別の世界から来たみたいな言い方ね」
「ほへ……私、申し上げておりませんでした? 私もアリサさん同様、別の世界から来てますのよ?」
口にサラダを頬ばったままで答えるジル。
ほへ、なんて間抜けな声まで上げている。
これがあの街の人々を救い、子供たちにまで優しさを見せていた、聖女様の本当の姿だというのは、まるで詐欺にしか見えない。
「ちょっと、『私も』って……なんで私が異世界から来たって知ってるのよ!?」
思わず立ち上がって、大声で叫んでしまう私。
みっともないですわよ、とハムスターのように口が膨らんだジルが私を制する。
「だって私、『剣聖』になってからの貴女の事、ずっと見ていましたもの」
「見てた? どうやって?」
「うふふ……私には、何でも見通せる『必殺魔法』がありますのよ!」
必殺という言葉にロマンを感じて、唾を飲み込んでしまう。
「今、『必殺』の言葉に食いつきましたわね? 流石は『戦隊バカ』ですわね」
「『戦隊バカ』なのは認めるから、早く教えてよ」
期待をして見つめる私に、肩をすくめてやれやれといった表情をするジル。
口一杯の野菜を飲み込んで、一息置いてからその魔法名を叫んだ。
「名付けて、《竜の千里眼》……ドラゴンズ・サウザンド・アイ!」
ジルの瞳がビカビカと、そうとしか形容出来ない光り方でまばゆく光る。
正直、あまり格好良くはなかった。
期待はずれといった表情をした私を見て、光を止めて魔法を中断するジル。
「折角、私の必殺魔法をお見せしたと言うのに、何なんですのその反応」
「うん……期待してた程じゃなかったな……って。それに、サウザンド・アイなら『千個の目』よね?」
「えっ……? 千里眼ですから、『サウザンド』で『アイ』ではなくて?」
「千里眼なら『クレアボイアンス』よ……」
みるみる顔が赤くなっていくジル。
あまりの恥ずかしさにそっぽを向いてしまう。
「ど、ど……どちらでも宜しいのでは無くて?」
「まあ、どっちでもいいけどね……で、それで私の事を見てたって?」
「そうですわ! この私の魔法があれば、どれ程遠くても監視出来ますのよ!」
「でもさ……私が『剣聖』になってからじゃ、私が戦隊好きなのも、異世界から来たのも分からないよね? なんで知ってたのかなあ……?」
私が意地悪く聞くと、さらに顔を赤くして下を向いてしまうジル。耳まで真っ赤になっている。葉野菜を次々と口に放り込みながら、彼女はもごもごと口篭って反論する。
「もう……! いつもは脳筋ですのに、今日だけはやけに鋭いですこと!」
「ノウキン……って、何?」
戦隊やロボの話をされたこの世界の人のように、ノウキンという言葉が私には理解出来ない。多分、発音は日本語っぽいんだけど……。
「貴女みたいな、屈強の戦士を指して言う言葉ですわ……!」
「なあんだ、褒め言葉かあ……って、絶対それ、褒め言葉じゃないでしょ?」
ジルを睨んだところで、受付カウンターの方から、何やら大きな声が聞こえてきた。驚いて、私とジルはそちらの方を向く。
「どうして駄目なんですか! このままじゃ、お母さんが……お母さんが、死んじゃう!!」
見たところ、十二、三歳くらいの女の子が、泣きながら受付のお姉さんに訴えかけている。その言葉を聞いて、それまでふざけて笑っていた私とジルは、真面目な表情になって互いに顔を見合わせた。
「これは、尋常じゃないわね」
「……ですわね」
途中だった昼食も放って……とはいっても、ジルは十三皿目のサラダ……これから一体、何皿食べるか分からないメインディッシュも残っている……を置いて、私たちはその少女の下へと歩み寄った。