第三十一話 過去Ⅲ
あの村での一件から数百年。
私は目的も無く旅を続け、機械的に人を治しては力を得、只々無為に生き永らえていた。生きているだけの抜け殻となって。
§ § § §
虚ろな日々の中、ふと立ち寄った街でとある噂を耳に挟んだ。
「あの塔には、不死になった魔法使いが今も住んでいて、『異界』へ行ける魔法ってのを見付け出したって話だぜ」
「『異界』かぁ。行けるものなら、俺も行ってみたいなぁ」
「だよな。いくら働いても貧乏なままの、このクソみたいな世界から抜け出して、早く幸せになりたもんだぜ」
街の若者達がこの様な話をして居たのだ。
彼等の見詰める先は、街の外れに在る高い塔。
私は、彼等の噂する『異界』へ行けると言う魔法に興味が湧いた。
その魔法さえあれば、竜が差別され、迫害を受ける世界とは違った、竜と人とが共存出来る、若しくは竜だけの楽園の世界に行けるかも知れない。
私はその塔を登った。
この数百年で新たに手に入れた、一部だけを竜に戻す力で簡単に最上階に着く。
そこには骨と皮だけになった後も、未だ生への妄執で動き続ける魔法使いの成れの果てが居た。
最高位のアンデッド。その名は『不死王』
「貴方に怨みはありませんが、死んで貰います」
最高位とは言え、所詮は人間。竜である私には只の雑魚でしか無かった。
何度か右手だけを『戻した』竜爪で引き裂き、止めに《死霊祓滅》の魔法を放つと不死王は絶叫を上げ、天へと召されて行った。
消滅させる事無く、魂魄だけ常世へと帰してやったのだ。感謝して欲しい。
「貴女の魔法は、私が有効活用させて戴きますわ」
それから数刻、彼の書棚を調べ、分厚い書物の中から目的の魔法を発見する。
「これですわ……《異界渡り》」
手に入れた物の……この魔法の失敗は、おそらく次元や世界の間に閉じ込められて永遠に出られなくなるか、もしくは生命活動すら維持出来ない場所へと飛ばされて死んでしまうかが示されていた。
いつもの様に失敗を繰り返し、成功するまで試行すると言う訳には行かないが、何時死んでも構わないと思っていた私には丁度良い魔法だった。
私は躊躇う事無く、この魔法を使った。
§ § § §
結果、《異界渡り》は成功した物の、次の世界でも竜は迫害され、追い立てられ、狩られ続けていた。最初に飛んだその場所で、直ぐ目の前に数百もの弓兵と魔法兵が居て、一斉射撃を仕掛けられた時には、私も驚いた。
それも、弓も魔法も対竜属用に特化して居ると言う念の入り用で。
そこから偶々助け出してくれたのが、その世界の竜。
兵共を蹴散らし、人間の眼の届かない安全な場所へと保護してくれた。
私は治癒魔法で人間から受けた怪我を治し、彼に礼の言葉を告げ、別の世界から来た事、竜が安心して棲める世界を捜している事を話した。
「ふむ……竜が狩られぬ世界か……もし見付けたのなら、俺も誘ってくれ」
「分かりましたわ。見付かったら、必ずご報告しますわ」
「また困り事が有ったなら、何時でも俺を呼ぶといい。次元も時空も全てを越えて、同胞であるお前を助けよう」
「それは、頼もしい限りですわね」
彼と、何時叶うか分からない約束をして、改めて礼を述べ別世界へと旅立つ。
その次に飛んだ先の世界も矢張り、人間は竜の敵だった。その世界でも味方になってくれる竜に逢いに行き、語り合って約束を交わし、また旅立った。
別の世界でも、竜と人が激しく争っている世界で、そこでも味方を作って戦い、約束をして、旅立つ。更に別の世界では、竜が素材として狩られる世界で、竜達と共に身を隠した後、約束し、旅立つ。そして、次の世界では――。
それを、幾度も幾度も、数え切れぬ程繰り返した。
幾度、と言うには些か多過ぎる数の世界を巡っている。
一万の世界を踏み越え、私の齢も一万五千を越えた辺りから数える事を止めた。
一万と幾度目かの世界を出た時、何者かの力の干渉に合い、次の世界では無い純白の空間へと投げ出されて居た。
「あなたが、私の創った世界を幾つも渡り歩いているという竜ですね?」
純白のドレスを纏った女。青い瞳に、髪は金。
姿は人間。しかし、知覚の能力を使って観たその力の大きさは、明らかに人間では無い。竜すらも軽く凌駕している。
神。
それが、この女の正体。
「私は、『創世の女神』と呼ばれる存在です」
「やはり、女神ですのね?」
「はい。あなたは白銀竜、それで合っていますね? それとも、ジルヴァーナ……と呼んだ方がいいかしら?」
ジルヴァーナ、一万年以上振りに聞いたその名。
胸がちくりと刺された気がした。
「嫌味な女ですわね……白銀竜で結構ですわ。……それで、その女神が私に何の御用かしら?」
「私があなたの望む世界に連れて行ってあげましょう」
「望む世界に? 一体……何の罠ですの?」
眉を顰める私に、女神と名乗った女は掌を掲げた。
掌の先に、小さな球体の映像が映る。
「罠などではありませんよ。……あなたが行くのは、この世界です。この世界では、竜はまだ、伝説の中にしか存在しません。……あなたを見ても、向けるのは畏怖か崇拝の眼差しでしょう」
「それは、本当ですの?」
ええ、と微笑む女神。
「何故?」
「あなたのような強大な存在に、あまり沢山の世界を飛び回られると世界同士の均衡が崩れてしまうんですよ。ですから、あなたには適切な世界へと行って貰って、これ以上均衡を崩さないようにして欲しいんです」
「……まあ、理屈は分かりましたわ」
「人間なら、ここで特典を授ける場面ですけど、あなたには必要ないですよね?」
「竜ですもの。この上で特典まで戴いてしまっては、それこそ均衡が崩れる……というものでしょう?」
「では、あなたをその世界に転移させますね……」
そして、私は女神の手で、彼女の言う『適切な世界』とやらに飛ばされた。