第六話 友達
オヤジさんが腰を抜かして、尻餅をつく。
がたがたと震えた後、海老が跳ねるようなダイナミックな動きであっという間に土下座の姿勢になって、ひたすらに平伏した。
「あ……あの、オヤジさん」
「と……とんだご無礼を! 申し訳ありやせん!!」
オヤジさんは完全に萎縮してしまっている。
少なくともこの大陸の人に土下座をする文化はないから、相当気が動転しているんだと思う。六歳の小娘相手にそんなに畏まられても困るんだけど……。
私は、貴族に生まれ変わらせた女神様をちょっとだけ恨んだ。
このやり取りを聞いていた冒険者たちも、固唾を飲んで見守っている。
この場の全員が、私の次の言葉を待っているようだ。
「あのね、オヤジさん。偉いのは私の父上で、私自身はほんの少しも偉くないから。だから……頭を上げて、ね?」
「ですが……」
「今の私は貴族のレッドヴァルト様、じゃなくてカナリアの友達の……ただのアリサよ?」
オヤジさんの肩に手を掛けた。
「だから、ね? カナリアと同じに扱って?」
「わ……分かりやした……」
「ありがとう、オヤジさん」
ようやく頭を上げたオヤジさん。
ぎこちない笑顔を交わし合うと、彼は力強く立ち上がった。
今までの姿が嘘のように大きく頼もしい姿を見せて、自信に満ちあふれた笑顔で高らかに宣言した。
「てめえら、今日はカナリアちゃんとお仲間のアリサちゃんが、でっけえ熊を退治した記念だ。俺の奢りだ、さあ、飲め飲め!」
§ § § §
オヤジさんの声を皮切りに、ギルドで宴会が始まった。
誰もがお酒を酌み交わして、陽気に騒ぐ。
私もカナリアも、ジョッキでミルクをごちそうになった。
生まれて初めて……前の人生も含めてだけど、初めて触った木のジョッキ。
不思議そうに眺める私に、オヤジさんが笑いながら言う。
「ジョッキ、見んの初めてかい?」
「えっ……?」
「やっぱりアリサちゃんは、お姫さんだな」
「もう!」
私が膨れっ面になると、お上品だなとカナリアも笑った。
騒ぎは夜更けまでに及び、最後には私とカナリア以外の全員が酔いつぶれて、眠ってしまった。
§ § § §
熊退治祝いの後、ギルドを出て、森へと再び戻って来たカナリアと私。
二人で大岩に腰掛けると、カナリアが感心したような、珍しいものを見るような目で私を見つめた。
「しっかし、アンタがここのお姫様だったなんてな!」
「お姫様なんて大げさなものじゃないよ。ただの辺境貴族の娘」
「いや、それって立派なお姫様じゃん」
「オヤジさんにも言ったけど、私はただのアリサだから。お姫様、じゃなくてアリサって呼んで」
カナリアを見つめ返して、私は言った。
「大体、そんな事言ったら、私だって人間の分際で、四本角のえらーい魔族様をさっき勝手に友達なんて呼んじゃったし」
「ばっ……ばか! それはいいんだよ! 友達って言ってくれて……」
カナリアは私の言葉に憤慨し、声を荒げた。
怒っていてもカナリアの声は小鳥のように可憐で、透き通っている。
怒鳴った後ではっとした表情になり、それから真っ赤になってうつむく。
「……嬉しかったし……」
とても照れ臭そうに呟いて、顔を背けてしまった。
髪の隙間から、耳まで真っ赤になっているのが分かる。
私の初めての友達は、声だけじゃなくて性格まで可愛らしい。
「私も嬉しい。だから、私はカナリアの友達のアリサ」
両手でカナリアの角を掴んで、無理矢理に顔を向けさせた。
「……いいよね?」
「あ……ああ」
見つめながら尋ねると、曖昧な返事をしてカナリアの目が泳ぐ。
「じゃあさ、私もカナリアの事『カナ』って呼んでいい?」
「カ……カナァ?」
顔の火照りも醒めないまま、今度は酷く困惑した顔になる。
あだ名、嫌だったかな?
「うん。嫌?」
「い……いや、カナでいい。……カナって呼んでくれ!」
嬉しそうな顔をして、既に角から離れている私の両手を強く握って、ぶんぶんと振る。目まぐるしく、ころころと表情が変わる子だ。
これが、本当なら人間から怖れられ、忌み嫌われる存在――魔族だなんて信じられない。
「そ、そーだ。アタシさっき『魔法を教えてやる』って言ったよな。どうだ、魔法……知りたくねーか?」
照れ隠しに話題を変えようとするカナ。
口調以外は何をしても可愛い。
「えっ……いいの!?」
どこからともなく剣を出す、あの魔法。
格好いい!
……どこからともなく現れる剣なんて、戦隊定番のアイテムだよね?
この世界に来て初めて、テレビで見てからずっと……ずっとずっと憧れていた『戦隊』らしい武器が使える!
私は思わぬカナの申し出に、飛び跳ねながら大はしゃぎで喜んだ。