第二十八話 明渡る
目が醒めると、見憶えのある部屋だった。
……イグルの宿。
今度は何日、眠っていたんだろう。
丸一日かそれとも、もっと。
辺りを見渡すと、隣の椅子で聖女様が座っていた。
二人の勝敗を決めた指はもう治っている。おそらく魔法で癒やしたんだろう。
その手には単行本サイズの本を持っていて、私が起きたのを確認すると、畳んで顔をこちらに向けた。
「……あら、お目醒めですのね」
「気を失った時は、このまま殺されるかもって思った」
私をこんな目にあわせた彼女に、精一杯の嫌味を言う。
この宿まで私を運んでくれたのもまた彼女だから、あまり強くは言えないけど。
「私は誇り高き『真竜』ですもの。一度、白旗を揚げた相手に対して、寝首をかこうなんて考えたりはしませんわ」
「それなら安心ね」
「ふふ……どうかしら?」
聖女様は本をそっと胸元に入れ、からかうようにして私に言った。
優しげな微笑みを絶やさない口角はそのままで、目だけが意地悪そうに笑う。
「本当に聖女様は、嘘ばっかり」
「『嘘の上手い女』は、いい女の条件の一つですわ。憶えておいて損はありませんわよ?」
「いい女は、怪物なんかに変身しないと思うけど」
「さしずめ、その怪物を倒した貴女は『化けもの』ですわね」
「もうっ……」
夕べ命をかけて戦った相手同士だけど、何故かお互いの口からは笑みが零れた。
彼女はもう敵ではない。
このまま寝ていても仕方がないので、起き上がろうと体を起こす。
すると、私は違和感を感じた。
「あれ……痛く、ない……?」
私の体は、全身打撲と骨折だらけだったはず。
痛いどころか、体が軽い。
肩や腕、首を回して試したけれど、どこもかしこも痛みがなくなっている。
聖女様は、人差し指を私に見せてこう言った。
「怪我でしたら、私の指のついでに治しておきましたわ」
「ふーん……ついで、ね?」
「ついでですわ……!」
語尾が少し上ずって、顔が赤くなっている。
ついでではなく、善意なのだろう。
むしろ、彼女の指の方がついでにすら見える。
「あ、それと……体中、古傷や火傷だらけでしたから、それも治しておきましたわ」
「えっ……嘘? ……消えてる!」
私は、剣聖衣装を脱がされ、アンダーウェアで寝かされていた訳だけれど、そこから露出した腕や足を見ると、傷一つない綺麗な手足に。服をめくってお腹や胸も見たけれど、そこもつるつるになっていた。
三年前、シュナイデンに散々斬られ、焦がされた痕や、先日の三千人戦で出来てしまって中々消えなかった打撲痕が、きれいさっぱり消えていた。
「貴女が『古傷は勲章』と考えてらっしゃるのでしたら、余計お世話かも知れませんけど」
「そんな事ないよ。ありがとう……」
いくら戦いで怪我をするのは仕方がないといっても、私だって女の子。その傷跡が少しは気になっていた。特にシュナイデンとの模擬戦での傷と火傷は。
今までの古傷が全部消えているなんて、感謝しかない。
「それよりも、私とおと、おと……おと……」
少し顔を背けて、もじもじとしながら口ごもる聖女様。
思わず私も聞き返す。
「おと?」
「『お友達』になって下さるって話……あれは、本当ですの?」
顔をさらに真っ赤にして、私に向き直って尋ねてきた。
私は平然と一言で返す。
「うん」
「でも……私、貴女の命を狙いましたのよ? それに、『真竜』……魔物ですのよ?」
「だって、もう私に手出ししないんでしょ? それに、私の親友なんか魔族だし」
「アリサさん……貴女って人は、本当にお人好しが過ぎますわ……」
「じゃあ、友達。いいでしょ?」
手を聖女様に向かって差し出すと、彼女は弱々しく握り返した。
「ね? ジル」
「ジル……」
「ジルヴァーナだから、ジル。……あだ名、嫌だった?」
「……いいえ、いいえ。……とても……嬉しいですわ!」
聖女様は照れてうつむいてしまう。握手をしたその手から、その熱が伝わる。
そして私の手を両手で強く握り返し、額をその手に当て、静かに嗚咽していた。
§ § § §
私たちは再び、イグルの村から出発する。
今度は二人組の冒険者として。
「さあ、行きますわよ! 『剣聖の姫君』!」
「もうっ! それやめてよ……」
「ですけど、おっしゃいましたわよね? 『竜神教の広告塔にもなる』……って」
「言った……けど……」
「では、行きますわよ! 『剣聖の姫君』!」
「あー……もう! 名前で呼んでよ!」
私とジルはふざけあいながら、笑顔で領境の街へと向かった。
私たちの新しい旅が始まる――。
……でも、シルバーっていったら、追加戦士の定番カラーだよね?
一番最初の仲間が『銀色の追加戦士』なんて、私の『戦隊』……いや、『冒険者』人生、一体どうなってしまうのかな……。




