第二十四話 宵入
「聖女様っ! しゃがんで!」
私の叫びに、聖女様があわてて両手で頭を抱えて座り込む。
聖女様の後ろから迫ってきていた賊の胴体が露わになり、そこに刃引き剣の一撃。そのまま振り返って、私の後ろにいた賊の胴を叩く。
そして、やや遠間にいた最後の一人に一気に駆け寄って、脳天に飛び込み面。
当然、気絶程度に加減をして。
「ふう……」
あれからも二人旅は続き、安全だったナックゴン付近の道中とは、打って変わって一つの街につき一度は賊に襲われている。聖女様は、逆恨みなのか政治的な理由なのか、命を狙われやすい存在なのかも知れない。
賊を退けて半日で着いたのが、ゴレンジ領で一番東の村イグル。
ここは隣との領境に最も近い村で、ここを抜ければ目的のカットマン領。領境の街エーゴスに聖女様を送り届ければ、今回の依頼は無事完了となる。
イグルからエーゴスは、ゴレンジ領の街同士の距離と比べて倍近い距離だけど、しっかり整備された街道と開けた平野で、その道程は安全だという事を宿で聞いた。
流石に開けた平野の長い街道では、賊も襲って来ようがない。
これなら、安心して聖女様との最後の旅が出来る。
例によって、聖女様は街に着いた初日に用事があると出かけ、私はその暇な時間を使って、ギルドで簡単な依頼を受ける。
流石に初めてのギルドに入るたび、何度もトラブルに見舞われるなんて事はなく、依頼は順調にこなす事が出来た。
イグルでは三日間、聖女様は救済と布教。私は旅費稼ぎ。
あんなに何度も命を狙われてるのだから、街や村でも護衛した方がよさそうな気もするけど、不思議と街中で襲われるという事はなかった。
多分、今まで倒した賊は、聖女様の命だけを狙ってくる暗殺者だけではなく、ひょっとしたら、普通の強盗なんかも混ざっていたのかも知れない。
ここでの布教も終わって、やっと私たちの旅の最後を締めくくる街道へと出た。ナックゴンとカットマンを繋ぐ太い街道。この道を拓いた人の名にちなんで、フィーバジェイ大街道という名前の街道らしい。
……で、村を出たと同時に賊が登場。
「おっと、ここは通さねえよ!」
「大人しく命を差し出せば、痛い思いをしないで済むぞ!」
「そうだ、そうだ、そうだ!」
「フフフ……」
……あれ?
こいつら、よく見たらブルーン一味じゃない。
ナックゴンを出た後は、このイグルを拠点にしてたって訳ね。
「何やってんの? こんな所で」
私が尋ねると、脅し文句を言っていた四人組の顔が一気に青ざめた。
震え上がって怯えながらブルーンたちが言う。
「剣っ……『剣聖』様あああっ!?」
「ど……どうしてこんな所にっ!?」
「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿なっ!」
「これじゃ、いくら貰っても割に合わねえよ……」
三度も馬鹿とか言わないでよ、失礼な。
「「「に……逃げろぉーっ!!!」」」
四人は私に背を向けると、一目散に逃げ出した。
舌打ちの音まで聞こえてくる。
でも、今……舌打ちが聞こえた方向は、四人が逃げた方向とは逆。
振り向くとそこには聖女様がいた。
……聖女様が舌打ち? するわけないよね。
賊にまで成り下がったブルーンたちを撃退……と言っていいのかな? 撃退した後、気を取り直してエーゴスに向かって歩き始めた。
エーゴスまでは徒歩で六日。
終りが見えて、少し肩の荷が下りた気分を感じながらも、念のため周囲に気を配って進んでいく。
§ § § §
ある程度街道を歩いたら、他の旅人の邪魔にならないよう道の脇に退いて、二人で休憩。
今日は大体四、五時間も歩いたと思う。
私の体力ならまだまだ歩けるけど、聖女様はか弱い女性だから、彼女の体力に気を遣って一日あたりこの時間で終わらせている。
……いや、私がか弱い女性じゃないかと聞かれたら、一応か弱い女性なんだけど、普通の……って言ったら、今度は私が普通じゃないみたいだから……うーん。
背嚢にしまっていた簡易のテントを張って、二人で薄手の毛布に包まれ、起こした焚き火で食事。
これだけ何もない道端では賊や魔物だけではなく、野生動物も出ないし、食べる事が出来そうな木の実や果物も生えていない。だから、保存食の黒パンにチーズ、それと塩漬け肉が今日の夕食だ。
幸い、イグルはオレンジの産地だったから、オレンジを絞ったジュースを補給出来ていて、飲み物は水ではなくジュース。
この大陸は河川の下流が澄んでおらず、そのまま飲むと病気にかかる危険もあって、水は煮沸しないといけない。
そこで、イグルでは特産のオレンジを絞ったジュースを水の替わりに飲んでいるという話で、私たちのこれから数日分の飲みものもオレンジジュースとなっている。
オレンジの甘酸っぱさに二人で顔をほころばせ、夕食はおしまい。
日も少しずつ落ちかけてきたので、夜営の準備を始めたら、聖女様がこのように提案してきた。
「ここは平地で安全ですから、今夜の見張りには私が立ちますわ。……アリサさんは旅の間中、宿以外ではほとんど寝てらっしゃらなかったもの。今回は六日もありますから、交代で見張りをしません?」
「え……でも、私は護衛ですから」
「こんな平地では魔物も賊も現れませんわ。何か御座いましたら、すぐに起こしますから」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
私は身を包んでいた毛布を広げて、横になった。
§ § § §
――夜。
ぐっすりと眠っていたはずの私は、目を見開き、とっさに身を捻った。
鋭い殺気を感じて、目が醒めてしまったからだ。
私の頭があったはずの場所に、何か鋭い物が突き刺さり、金属と金属がこすれ合う、しゃらん……という、この世界では聞き慣れない、でも懐かしい響きのする音が聞こえた。
「ちっ……起きてしまいましたのね……」
聖女様が舌打ちをして、鋭い何かを地面から引き抜く。
「このまま死んでいれば、幸せなまま女神……いえ、女神の下へと旅立てたものを……」
理解が追いつかない。
聖女様が? 私を殺そうとしている?
どうして――?
大きな満月の光で、女神のように美しいシルエットと共に照らされた得物は、その身長よりも長い錫杖。
まっすぐで長い杖の穂先は槍のように鋭く尖っており、穂のすぐ下には金環。その金環にいくつもの輪が装着され、輪同士がぶつかり合って独特のしゃらん、しゃらん、という金属を発していた。
こんな大きなものを今までどこに隠していたのか、どこから出したのか。
聖女様の言動が、今の状況が、目前の得物が、その全てが私を混乱させた。
月明かりに映えてぞっとするような笑顔を見せつけ、殺気とも怒気ともつかない激しい憎悪を私に向け、彼女はもう一度私に錫杖を突き立てようとしてきた――!