第二十一話 道中
こうして、女二人の歩き旅が始まった。
「……そういえば聖女様って、なんてお名前なんですか?」
私の呼び名を訂正したついでに私が尋ねる。
すると、どうしてか顔色が曇って、少し悲しげな声で聖女様は答えた。
「名前……名前ですか……ジルヴァーナ……そう、ジルヴァーナですわ」
「ジルヴァーナ、『銀の』ですか」
この大陸の公用語は、文字こそは独特だけど英語とドイツ語を足したような言葉。だからこそ、私が比較的簡単に憶える事が出来たともいえる。
ジルヴァーナは、シルバー。つまり『銀、銀の』という意味になる。
白銀の髪に、白銀の瞳、透き通る肌と純白の法衣。
まさに体を表した、素敵な名前だと私は思った。
「聖女様にぴったりのきれいなお名前ですね」
「ええ……まあ……」
自分の名前が嫌いとか、聞いちゃいけない事だったとか?
聖女様は沈んだ表情だった。
「あ……それよりも、野宿の用意をしなくちゃですよね!」
そこで、とっさに話題を変えて、ごまかそうとする私。
「この辺りは、野ウサギが獲れるんですよ。聖女様はお肉は大丈夫ですか?」
宗教や思想の都合で、お肉がだめって人もいる。
日本で広く信じられている仏教でも、生臭といってお肉を忌避していた時代があったという話を思い出して、聖女様に聞いてみた。
「私共の教えでは、肉食は禁じていませんわ」
「……でしたら、安心しました。今日は美味しいウサギ料理を作りますね!」
私のお肉という言葉で、聖女様の表情が一変。
とても嬉しそうな表情になっていた。お肉、好きなのかな?
聖職者とお肉……なんだかイメージが合わない気もするけど、それは私の偏見なのかも知れない。
その日の夕食は、近くで狩った野ウサギの肉を丸めた、肉団子のスープ。
意外とハーブになる野草はどこにでも生えていて、臭み消しに香りの強い野草を採って使ってみた。それと、背嚢に用意していた保存食の黒パンとチーズ。
「これが、あの《剣創世》ですわね! 素晴らしいですわ!」
スープを作る時に、聖女様から《剣創世》で創ったナイフを褒められた。私にはこの魔法しか使えないから、褒められると照れてしまう。
そのナイフで肉を叩いて作ったスープは、聖女様には大好評。
明日の分も、と思って多めに狩ったはずの野ウサギ三匹分を、何度もおかわりをしてぺろりと全部平らげてくれた。
その一方、やはり黒パンは慣れませんわね、と聖女様が黒パンの固さに苦戦して、私がこんなふうに教える事も。
「これはこうやって薄く切って、チーズを乗せると少しだけ柔らかくなるんですよ。乳製品が黒パンを柔らかくするんです」
「そうなんですの? あら……確かに、これなら噛み切れますわ!」
先程暗くなっていた事も忘れて、笑顔を見せたくれた。
どうして名前を聞いちゃいけなかったんだろう。
それを聞くのも野暮かなと思って、名前の事はそっと私の胸の内にしまっておく事にした。
§ § § §
それから二日程で、たいした危険もなく隣街に到着。
ゴレンジ領は比較的安全な領で、険しい山や森でもない限り魔物も出てこない。そのため、拍子抜けするくらい簡単に村から街へと移動出来た。
聖女様はここでも、怪我人や病人の救済と布教活動をするという事で、数日間滞在した。着いた初日から、何人もの人を《治癒》の奇跡で助け、銅貨一枚の対価すら受け取らなかった。
お金を持たない彼女が、どうやって空腹や雨風を凌ぐかというと、これも布教。
奇跡によって『竜神教』を信じるようになった人々の家にお邪魔させて貰って、そこに宿泊する。仏教やキリスト教の托鉢に近い。
何もしていないのに申し訳ないけれど、私も護衛という事で一緒に泊めて貰えた。……一応、泊めてくれた家の家事や雑用のお手伝いはしたけど、王都の人たちが見たら、剣聖様がそんな事をするなんて、と卒倒するかも。
翌日は、聖女様が用事があるという事で別行動。
空いた時間でこの街のギルドに向かった。
念のために受付でFランクの冒険者プレートを見せて、登録済みの冒険者である事を明かす。
プレートを見せるだけで、特に詳しい照会のような事はなく、不審がられる事もない。私の顔がこの街にまで広がっていないみたいで、少し安心した。もしかしたら、ここの受付のお姉さんも、例に漏れず少し抜けている人なのかも知れない。
そして、クエストボードへと向かう。
いくらゴレンジ男爵から貰った金貨があるといっても、それにだけ頼っていては、いつかは底をつく。特に今回は歩いての長旅。聖女様が意外に食べる人な事もあって、食費が多めに必要になり、お金はいくらあっても困らない。
都合よく常設依頼がいくつかあって、その中から一枚の依頼書をボードから剥がした時……。
「嫌ああぁっ!!」
ギルドには似つかわしくない悲鳴が広めのホールに響き渡る。
その方向を見ると、ローブを着た女の子が大男に腕を捻り上げられていた。その周りには二人の大男もいて、虐めるのを楽しんでいるような顔をしている。
以前の私が受けたのと同じで、新人冒険者の『洗礼』なのかな?
新人にちょっと絡むだけで腕を捻るなんて、どう見てもやり過ぎ。……私がナックゴンでやった事は、とりあえず棚に上げておく。
――助けに入らないと!
私はその四人の場所へ駆け寄った。