第十九話 聖女
ここナックゴンは、隣国サジェスとの国境沿いにある村。
国境沿いでは、色々な旅人や冒険者と一緒に、隣国のさまざまな文化や風習も入ってくる。
例えば『宗教』とか――。
§ § § §
私は、あの後もギルドの宿泊部屋でお世話になっている。
少しずつ冒険者生活にも慣れてきて、順調に依頼をこなしてる。
ある朝、部屋から出て階段を降りようとすると、一階のホールから酒宴とは雰囲気の違う声が聞こえてきた。酒宴の騒ぎ声というよりは、どよめきに近い。
ホール中央付近のテーブルに集まるように、山のような人だかりが出来ている。私はその横を素通りして、カウンターにいる受付のお姉さんに聞いてみた。
「あの人だかり……一体、何があったんですか?」
「隣国から来た聖女様が、護衛を募集されているそうなんです」
お姉さんはちらりとテープルを見て言った。
「もの凄い美人さんで、皆、ああやって見に来てるって訳です。私も長年ギルドの受付をやっていて、色んな人を見てきたんですけど、あんなに綺麗な人を見たのは初めてです……」
羨望を口から漏らすように、長い溜息をつくお姉さん。
長年ってどれくらい……と聞くのは、失礼だからやめておこう。
明日からここでご飯が食べれなくなるかも知れない。
溜息を終えたお姉さんは、頬杖を突いてまるで惚けたような顔で言った。
「息をするのも忘れる程の美しさでしたよ」
女同士でも見惚れる程に綺麗な人だという事が、その表情や声から想像出来た。しばらくお姉さんは、その『聖女様』の姿を心の中で反芻していた。
やがて、私と話していた事を思い出して、ようやく顔を私に向ける。
「あんなに綺麗だったら、人生勝ったも同然ですよね……羨ましい限りです。素敵な『お姉様』って感じで……」
「『お姉様』……?」
思わず『お姉様』の言葉に反応して、身構えてしまう私。
騎士学校時代を思い出してしまった。
「どうしました?」
「いえ、なんでも……ないです」
私の表情が強張ったのを見て心配したお姉さんに、作り笑いでごまかす。
……『お姉様』なんて言葉は、もう、実の妹からしか聞きたくない言葉だった。
前世の妹でも『お姉たん』だったから、『お姉様』呼びは今の妹だけかな。
前の妹も、今の妹も、今頃どうしてるんだろう……。
今度は私が惚けてしまって、お姉さんに謝った。
「いえ……先程は私もぼーっとしてましたし」
「でも、どうしてその聖女様は、こんな所にずっといるんですか?」
「依頼の条件が『Cランク以上の冒険者』なんですよ。Cランク以上が来るまで待つ……という事だそうです」
「Cランクねえ……」
「うちのギルド、ブルーンさんたちが出て行ってしまった後は、アリサさんを除くとDランク以下の方しかいらっしゃらないでしょう? ……って、あ……アリサさん後ろ、後ろ!」
私の背の向こうを驚いたような顔で見ながら、話を中断するお姉さん。
言われて、視線の先を見るとそこには――。
§ § § §
……本当に息を呑む程、美しい女性がいた。
その姿は正に聖女という言葉に恥じない出で立ち。
その聖女が、群がる冒険者たちをなだめながら私に近付いてきた。
腰まで届く長い白銀の髪。
毛先の端まで手入れが行き届いたその髪を、上品な貴族令嬢のように三つ編みハーフアップでゆるやかに束ねている。
切れ長で涼しげな瞳も、また白銀。
髪の銀と相まって、神秘的な雰囲気を醸し出している。
肌まで銀ではないかと錯覚する程に透明感があって、きめ細かな白い肌。
高く通った形のよい鼻筋に、優しい笑みの中にも物憂げな切なさを同居させた艶やかな唇。これ以上ない程に整った輪郭、そしてそれを支える細く華奢な首。
その美しい顔立ちの下は、清らかな純白の法衣に身を包み、華美になり過ぎず、しかし高位の聖職者である事を主張するように、金銀の装飾で彩られている。
全ての動作に気品があって優雅、その麗しい所作をいつまで見ても見飽きない、圧倒的な品格を携えていた。
そして、何より目を見張るのがその肢体。
女の私でも見返して、自分のそれと比べてしまう程の大きな胸。
私だってそれなりに……どころか、前世と比べると随分と立派なスタイルに生まれ変わったのだけれど、それすら霞んでしまう程の迫力があった。
それでいて、四肢やウェストはほっそりと痩せていて、全身にめりはりがある。戦隊以外に興味のない私でも、思わず羨ましいと感じてしまう程の美貌だった。
その姿は、ここにいる者、全員の目を釘付けにしていた。
こんなに綺麗な人は二つの人生を思い返しても、たった一人しか見た事がない。
「まるで女神様のよう……」
私の口から思わず、そんな賛美がついて出た。
彼女は何故か、私の言葉に軽く眉をつり上げた後、すぐに元の神秘的な微笑みに戻り、私の両手を握ってこう言った。
「貴女が『剣聖の姫君』アリサ・レッドヴァルト様ですわね。是非お逢いしたいと思っておりましたわ!」