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第五話 カナリア

「私はアリサ。アリサ・レッドヴァルト――あなたは?」


 私は、その女の子に向かって手を差しのべた。

 握り返しながら、女の子は答える。


「カナリアだ……」


 力が抜けて立ち上がれないのか、引き起こす手が少し重かった。


「す……すまねえ……あんなバカでけえ奴見んの初めてで、腰が抜けちまったんだ……」


 可愛らしい顔や声に似合わない、乱暴な喋り方をする子だった。

 ちょっと残念な感じがする。可愛いのに。


「腰が抜けただけ……じゃないよね。ほら、涙」


 そっと涙を拭ってあげると、彼女は照れくさそうにはにかんだ。

 本当に喋り方と見た目にギャップがあるな、この子。


「助かった」


「助かったのはこっちの方よ。これ、投げてくれたでしょ?」


 私は長剣を持ち上げて彼女に見せながら、片目を閉じた。


「それでカナリアさんは、なんでこんな森に?」


「呼び捨てでいーぜ。……アタシは『狩猟者(ハンター)』って奴でさ、森の魔物を狩って人間を守ってんだ」


「人間を……守る?」


 魔族といえば、人間は敵のはず。


 どうして?


 不思議そうな顔をする私に気付いたカナリアは、『狩猟者』が何なのか、何故人間を守るのかを簡単に説明してくれた。

 

 数十年前、この領で人間と魔族の和平が成立した時、和平の証として魔族側から『森の魔物から人間を守る魔族』が派遣される事になった。


 それが『狩猟者』


 彼らは何十年もの間、人の代わりに危険な魔物を狩っていたらしい。こうして『狩猟者』たちが頑張ったおかげで、今では魔族と人間が『よき隣人』という関係になっているのだとか。


 そして先日、前任者の『狩猟者』が亡くなり、その代わりとして幼いながら強い魔力を持つカナリアが『狩猟者』に任じられたと言う。


 知らなかった。そんな事になっていたんだ。


「今日はツイてねー事に、こんなのに当たっちまったんだ」


 ひょいと飛び上がり、さっきまで怯えていた熊の上に座ると、カナリアは視線を下に移しながら親指を下に向けて、熊本体を指差した。


「実力では負けてねーハズだったんだけどな……でも、こんなでけえだろ?」


「うん」


「……つい怖くなっちまったんだ」


 自分の両肩を抱きしめて、震えるカナリア。

 強がって上に乗っているけど、まだ少し怖いみたい。


「あー、だからあんな可愛い悲鳴を……」


「言うな!」


 真っ赤になって顔をそらした。

 可愛い。



    §  §  §  §



 それから、カナリアに色々と話を聞いた。

 私もいつの間にか熊を椅子にしてカナリアの隣に座っていた。


「カナリアって()っちゃいけど、いくつ?」


「アンタだって小っちゃいだろ」


「そうだね」


「六つだ。魔族ってゆーのは歳なんてあまり意味が無いからな……ソイツの魔力で『格』が決まるんだ」


 淡い光を発する角を指差しながら、彼女は言う。 

 

「角が多い程、魔力も多い。つまり……角の本数が多いと、そんだけ偉いんだ」


「へー」


「こう見えても、アタシは結構偉いんだぞ?」


 左右に二本ずつ、合わせて四本。山羊のように波打つ形の角が複雑に絡み合っている。確かに仰々しくて、立派そうな角に見える。


 私と同じ六歳で、森を守るなんて重要な仕事をしている子だから、きっと色々と特別なんだろう。

 

「そういえば、さっきはこの剣持ってなかったよね。どこから出したの?」


 私はもう一度、カナから貰った剣を見せる。

 本当に不思議だ。


「ああ、それか。それは魔法で作ったんだ」


「魔法?」


「《剣創造(クリエイト・ソード)》って魔法だ。さっきはそれを出すので精一杯だった」


「十分助かったよ、ありがとう」


 感謝の気持ちが押さえきれなくて、思わずカナリアを抱きしめる。


 抱き締めた後で、小さいとはいえ四本角のお偉い魔族様相手になれなれし過ぎたかな……と反省した。それでも、カナリアは文句を言うでもなく目を閉じ、受け止めてくれた。


「……しかし、アンタもすげーな。こんなでっかい奴を一発でブッ倒すなんて」


 カナリアが笑顔で私を讃えてくれた。


「こう、ズバーッ! だもんな!」


 座りながらも、腕をぶんぶんと振り回して剣を振るまねごとをするカナリア。

 派手に体を振ったせいで熊から落ちそうになって、私が彼女を支えた。

 すまねえな、と笑いながら照れている。

 

「運が良かっただけよ。それに、この剣の切れ味が凄かったから」


 鈍そうな西洋剣の見た目なのに、研ぎたての剃刀かメスのような切れ味だった。

 これのおかげで勝つ事が出来たのは間違いがない。

 私は手の中の剣をまじまじと見つめる。


「まあ、即興とはいえ、魔族が魔力を込めて作った魔法剣だからな」


 魔法の飛び交う世界とは聞いてたけど、そういうのもあるんだ。


「アンタだって作れると思うぜ。今度教えてやるよ」


「本当に? ありがとう!」


「それよりも……だ。コイツをギルドに持ってこーぜ。換金しねーとな」


 コイツと言いながら、お尻の下にある熊を親指で指すカナリア。

 それに、『ギルド』というのも聞き慣れない言葉だった。


「……換金って、熊がお金に変わるの?」


「売るんだよ。熊は毛皮も、肉も、骨も全部、使えねー所はねえだろ?」


 熊からぴょんと飛び降りて、値踏みをするような目でカナリアが熊を上から下まで眺めた。


「しっかし、でかすぎんな……どうやって持ってこーか?」


 確かに、これは大き過ぎる。


「いくら魔族の腕っ節が強いったって、こんなでけえのは一人じゃ無理だ。手伝ってくれねーか?」


 カナリアはちょっとだけ意地悪な微笑を浮かべた。



    §  §  §  §



 それから、四メートルもの巨体を六歳の女の子二人で引きずるという無茶をして、森の外へ出た。


 引っ張るカナリアに、後ろから押す私。

 人間の私は、ほとんど役に立てていなかったと思う。

 それでも二人がかりで、ひいひいと息を荒げて一生懸命運んだ。


 森を城とは別の方向に出ると、城下町。レッドヴァルト領で一番大きな町だった。夜になってしまっていて、家も店もみんな閉まっているけど、沢山の建物が並んでいる。


 かなり広い大通りを抜けて、他より少し大きな石造りの建物まで熊を運んだ。


「お疲れさん。到着だ」


 その建物からはランタンの明かりが漏れ、陽気な笑い声が聞こえてきた。 

 流石に四メートルの巨体は扉の中に入らないから、入り口の横に置きっぱなしにして、二人で門扉をくぐる。


 カナリアは入り慣れているのか堂々と、私は初めての城以外の建物におそるおそる入った。


 中に入ると、映画にでも出てきそうな、いわゆる酒場……といった風情の内装になっていて、何組かのお客さんがいくつもあるテーブルでお酒を飲み交わしていた。


 テーブルの縁にそれぞれの武器を立て掛け、全身に鉄の鎧をまとったいかにも剣士といった風情の人や、黒ずくめのローブに三角帽子の魔法使いと分かる人、平服ながら腰に護身用の武器を備えている人……。


 色々な人が木製のジョッキで乾杯をしたり、仕事の成果の話に花を咲かせたりしている。


 きょろきょろと店内を見渡す私に、カナリアが説明してくれた。


「ここがギルド……、冒険者ギルドだ」


 店内を顎で指す。


「冒険者ギルドってのは……冒険者が仕事の依頼を受けたり、報酬を受け取ったりする場所だ。大抵は酒場や宿なんかと一緒になってるから、ああやって酒盛りしたり、寝泊りする事もある」


 親指でテーブル席の人達を刺して言う。


「あいつらみたいのを冒険者っていうんだ」


 ――冒険者!


 あれが冒険者……。

 うーん、イメージしてた戦隊っぽいヒーローとは、ちょっと、いやかなり、違うかな……。


 確かに数人で仲間になってるぽいし、これから戦いますって格好もしてるけど。

 ……騙したな、女神様。


 カナリアにも聞こえない程度の小声で、私は愚痴をこぼした。


「まあ、アタシらはまだガキだから酒は飲めねーけど……狩った魔物を売って、金を貰う事は出来るってワケだ」


 カナリアが迷う事なく店の奥まで歩いて行くと、カウンターの椅子によじ登って、向こうにいるエプロン姿のおじさんを大声で呼んだ。


「おう、オヤジ! 今日は大物だ。()つけてくれよ!」


「おや、カナリアちゃんかい。獲物は?」


「店の外だ。何せ、スッゲー大物なんでな」


「そんなに()()()()のか?」


 オヤジと呼ばれた店主らしき人は、店の外に行く。

 門扉を抜けてすぐ、どひゃあと声を上げて激しく尻餅をついた後、慌てて店の中に舞い戻って来た。


 あー……驚くよね。四メートルのお化け熊だもん。


「な……なんだい、ありゃぁ」


「熊だ」


「そりゃぁ、分かるが……あんなでかいの初めて見た」


「アタシもだ」



    §  §  §  §



 オヤジさんが査定をし始めた。

 しきりに禿げ頭を叩いたり、上下に蓄えた髭をなでたりしながら、こりゃすげえ、こりゃすげえと驚いて、熊の周りを回りながらその巨体を調べていた。


「肉も皮も上等だ。こんぐらいのでかさになると、『魔石(ませき)』もでかそうだ」


 オヤジさんが感心し、カナリアは得意満面の笑顔。

 あれだけ大きい獲物をここまで運んだんだもんね、得意にもなるよ。


「だがなぁ……引きずっちまったせいで、下半分は使えねえな」


「しょーがねえだろ。ガキ二人で運んだだけでも、(すげ)ーって思ってくれよ」


「分かった! じゃあ、金貨二百枚だな」


「もう一声!」


「そんじゃあ……二百五十!」


 結局、カナリアが粘って最後は金貨三百枚になった。

 お金を受け取り、カナリアの顔が綻ぶ。


 この世界の貨幣価値は、金貨が一枚で大体一万円くらい。

 家庭教師から何が買えるかを教わった時「へー、大体一万円くらいだなー」と思ったのを憶えている。


 それで、金貨三百枚という事は……三百万円!?


 六歳の子供には多過ぎでは、と不安になるけど、あれだけの危険を冒した対価なんだから、妥当と言えば、妥当なのかもしれない。

 取れる肉や毛皮も凄い量になるしね。


「ほらよ」


 カナリアが受け取った金貨袋を右から左へと、そのまま私に渡す。

 ずっしりと重たい袋に思わず落としてしまいそうになった。


「え? ちょっと、何で!?」


 驚く私に、カナリアはこう告げた。


「やっつけたのはアンタだろ。アンタが受け取るのが筋ってもんだ」


「いや、運んだのは二人だし、剣をくれたのはカナリアじゃない!」


 こんなに受け取れないし、あんなに苦労して運んだのにカナリアの分がないなんて不公平だ。


「いやいや、アンタの手柄だろ!」


「カナリアの剣がなかったら、二人共死んでいましたー!」


「いいって。アタシは何もしてないんだから、受け取れって」


「嫌! これはカナリアのだよ。魔物退治がカナリアの仕事なんでしょ?」


「アンタのだって!」


「カナリアの!」


「アンタの!」


 二人で報酬の押し付け合いになる。

 そこに割って入ったのは、オヤジさん。


「だったら仲良く半分こでいいじゃねえか」


 そういって袋を取り上げ、丁寧に金貨の枚数を数えて二つの袋に分けてくれた。


「ありがとう。オヤジさん……」


「ところで、お嬢ちゃんは何者なんだい? カナリアちゃんと同じ背格好だったから、自然過ぎて気付かなかったけどよ」


 オヤジさんの疑問にカナリアが答える。

 こうするのがカナリアの癖なのか、親指で指して私を紹介した。


「アリサって言うらしいぜ。今日、初めて逢ったばかりなんだ」


「へぇ、アリサちゃんかい」


 髭面をなでながら、私を見つめるオヤジさん。

 私は握手をしようと右手を差し出しながら挨拶をする。


「アリサ・レッドヴァルトです。よろしくお願いしますね、オヤジさん」


 途端に、オヤジさんがまるで熊に遭遇した時のカナリアのように腰を抜かした。

 オヤジさんが腰を抜かした事に私まで驚く。


 そしてオヤジさんは、青ざめた顔でこう叫んだ。


「ア……アリサ・レッドヴァルトォ!? ご領主様んトコのお(ひい)さんの名前じゃねえか!!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔族のカナリアが特に説明もなく街に入っているのが気になる。 魔族が忌み嫌われているように書いてあったので、そのままの姿では入れないだろうし、魔法で姿を変えたりした? 後々そのような描…
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