第十八話 報告
結論から言うと――昼から始まった模擬戦は、次の昼まで夜を徹して続いた。
最後の一人になったカットマン兵を叩きのめし、山と積まれた気絶兵……百人隊長や総指揮官、観戦武官まで積まれている……を背もたれにしてに座り込んで、大きく息を吐く。
一息二息程度で呼吸が整うはずもないけど、とにかく少しでも体を休めたい、それだけだった。
早くここから遠ざかって、目を醒まして襲ってくる兵から逃げないと。
動けない、動くのも辛い、そんな体に鞭打って、足元に転がっている敵のものか味方のものかも分からない長剣を拾うと、それを支えに起き上がる。
もう、魔法剣を出す気力すら残っていない。朦朧としてろくに前も見えない。
そんな状態の私の目の前に、一人の男が立ちはだかる。
最初に私に斬りつけてきた護衛の兵士。
彼をもう何度打ち据え、何度地を舐めさせただろう。
それでも、まだ立ち上がってきた。
「俺は……俺は! ……早く立派な騎士になって、お袋を楽させてやらないといけないんだ! お前を殺せば……それが、それが手に入るんだ! 死んでくれ!!」
彼にもそれまでの苦難や人生があって、今があるのだろう。
しかし、一人の女の子を殺して得る地位で、母親に楽をさせる。そんな勝手な事を叫ぶ彼に向かって、私は告げた。
「私が……何の……苦労もしないで、ここまで来た、とでも……思ってる?」
そう言われて、怯む兵士。
「そう思うなら、本気を……出して、あげる……命が惜しかったら、そこで、寝てなさい……」
本当は、剣で支えていないと倒れてしまう程に、全身が疲弊しきっていた。
それでも、無理矢理入らないはずの力を足に入れて立ち上がり、剣を腹から刃へと回し、本気で斬るという脅しの仕草をしてみせた。
最後は声がかすれて私自身、何を言っているのかすら聞こえなかったのだけれど、彼には通じていたようだ。
彼は腰をついてその場にへたり込むと、両手で後ずさりをして逃げ去った。
もう、挑んでは来ないだろう。
早くここから抜け出して、男爵様の下へと行って、報告をしないと――。
模擬戦は失敗。
三千の兵は敵味方関係なく、すべて私が倒してしまいました……と。
§ § § §
「男爵様……ご依頼は、失敗……しました……」
どうやって帰ったのかは分からない。ただひたすら歩き続けた。
男爵様の……依頼者の顔を見るなり、一言だけ告げて私は倒れていた。
――それから、どれだけの時間気を失っていたのかは分からない。
再び目を醒ますと、ベッドの上。
それまで何日かお世話になっていた男爵家の客室、そこで私は寝かされていた。
「おお、お気付きになられましたか!」
確か彼は、男爵家の執事さん。
「心配しましたよ。三日三晩も目を醒まされないのですから」
三日三晩……そんなに寝ていたんだ。
あれだけの事があった後だから、それは仕方がないと思った。
「あの……それより、男爵様にご報告を……」
「それでしたら、もう既に兵たちから聞いております。まだ、お休みになられていて下さい」
それならお言葉に甘えて、もう少しだけ休もう。
しばらくベッドの上で体を休めていたら、私が目醒めたという知らせを受けた男爵が、すごい勢いで部屋に飛び込んできた。
「おお、剣聖様! このたびは誠に申し訳御座いません!!」
入るなり、神……この世界では女神だけど、女神様への最敬礼と同じ姿勢、両手を組んで頭を下げ、両膝を突いた姿勢で私に謝ってきた。
彼の言葉は、私こそが言うべき事。まだ弱々しい声で、私は言い返す。
「男爵様……申し訳……は、私の台詞ですよ……。大事な模擬戦をめちゃくちゃにしてしまって……本当にすみません」
「なんと、勿体なきお言葉! このような事態になってしまい、このゴレンジ、兵千人と共に命を絶ってお詫びを……」
「それじゃ、頑張って全員気絶させた意味が、全然なくなっちゃいます……」
「おお、何という御慈悲……」
慈悲じゃなくて私の身勝手なのに、男爵様は感激に涙してしまっている。
後日聞いた話、領の兵たちは皆三ヶ月の謹慎処分と減給。男爵様も報告を受けた王子からきついお叱りを受けて、年金を減額されたとか。特に、最初に斬りかかってきた護衛の兵は、数年間ただ働きをさせられるらしい。
……そういえば、今回の依頼はどう見ても失敗だけど、報酬はどうなるんだろう。私は呑気な事に、明日の宿代や食費が気になっていた。
「あの、それで報酬は……失敗、しちゃったんですけど」
「いいえ、お支払い致しましょう! 剣聖様の御身を危機に晒したお詫びでもありますので、お約束の二倍……いや、三倍を!」
貰えないかもと思っていたはずの報酬が、三倍! 金貨三十枚……!
これなら、命がけで戦った甲斐もあったかな。
「ありがとうございます」
「いえいえ。御礼を申し上げるべきは、このゴレンジめに御座います!」
当座の生活費どころか、ヒーローを目指すための準備金にすら使えそうな程の金貨を手に入れてしまった。準備金とはいっても、何にお金を使えばいいかなんて、全然見当もつかないのだけれど。
§ § § §
それから二日程、療養のために男爵家にお世話になって、中央街ゴレンを出た。
そして、久しぶりのナックゴン。
ギルドに帰り着いて早々、心配した受付のお姉さんに飛び付かれ、きつく抱きしめられた。
何があったのかを根掘り葉掘り聞かれ、私が依頼の顛末を話すと、三千人もの相手を倒した事に驚きながらも、お姉さんは呆れ顔でこう言った。
「……なんですか、それ。全然割に合ってないじゃないですか。三千もの兵と戦わされて、一人あたりたったの銅貨一枚なんて……私ならそんな依頼、絶対に受けませんよ?」