第十七話 殲滅
敵兵二千までもが私に向かってやって来た。
武器には間合いというものがあり、どんなに一度に人を並べてもその数に限界があるため、同時に数千を相手にする事はない……とはいっても、次々と襲いかかってくる敵の数は総勢三千。
それだけでも無茶な話なのに、その上――。
「なんだなんだ、ゴレンジの奴らカバー外して戦ってやがる!」
「模擬戦じゃなかったのかよ?」
「あっちがその気なら、俺たちだって本気で行かないと!」
カットマン軍までこんな事を言い出して次々と革カバーを外し、抜身の真剣を使いだした。
こっちは一人でも殺したら大問題……というか、流石に人を殺したくはないのに、相手は全員本気で私を『仕留め』にかかってきている。
既に息が切れはじめている私には、本当に辛い戦いだった。
あまり体力は消耗したくないけど、もう一度大きく跳び、今度は適当な剣兵の肩へと降りる。それと同時に肩を蹴り上げ、もう一度跳躍。
これを数度繰り返し、何人かの剣兵を踏み台にしながら蹴り倒しつつ、少しでも空間に余裕がある場所へと着地した。そして……。
「《剣創世・とにかく沢山の剣》っ!」
強く叫んで、剣を創造する。
魔法は魔力――私の場合は、魔力というより精神力とか気力で出している感覚なので、気力……の続く限り、何度でも行使する事が出来る。
この魔法陣を空中に出す技法は、普通は人間が使わない魔族の方法で、頭の中で魔法陣を描き、更に魔力を巡らせいつでも発動できる状態にした上で、頭から瞳、瞳から空中へと、この魔力を帯びた状態の陣を投射して完成する。
つまり、二十の魔法陣を同時に頭の中で描く事が出来れば……。
私の眼前に二十の魔法陣がずらりと並び、そこから剣が次々と落ちていく。
落ちた大量の剣はその質量で地面へと突き刺さって、剣で出来た結界――バリケードが完成する。
兵士たちはわざわざこの結界を避けて通るか、飛び越えるか、それとも結界越しに無理な姿勢で攻撃するかをしなければならない。この乱戦状態の中、すべての兵士が鎧を来ているとなると、選択肢は一つ。避けて通るしかない。
一度に相手をする数が減って、この結界の効果時間が切れるまでは戦闘……ではなく、作業。迂回して近付いてくる敵を撃破すればいいだけの作業になる。
さらに撃破された兵士はその倒れた体が側面の壁になってくれる。
そのようにして、しばらく戦ったものの、叩いても叩いても涌いてくる。
何しろ千単位の相手がいる訳だから、多少の結界や人の壁程度ではどうにもならない。
どころか、剣の結界の効果が切れて消えてしまうし、倒れた人壁を乗り越えてやってきた兵を更に生きた盾にして、人の後ろから襲ってくる敵まで現れた。
私は、もう何度目に創ったのか分からない右手の魔法剣で、誰のものかすら分からない攻撃を受けながら、受け終わった剣で突き返し、それを投げ捨てて追加詠唱する。
「《剣創世・大斬刀》……それと、刃引き!」
とても重く沢山は振り回せないけど、この剣なら届く範囲の相手を一振りで薙ぎ払える。
試しに思いきり一振りしてみたら、効果は絶大。
この剣を使っていた戦隊レッドがそうしたように、十人程度の剣兵を一撃で吹き飛ばせた。
右へ左へ何度も振り回し、そのたびにまとまった人数が飛ばされて倒れていく。
「なんだ……あれは……?」
「どこからあんな剣を出したんだ」
「あんなでかい剣を軽々と振り回すなんて、本当に人間か?」
軽々と、ではない。とても重いし、一振りごとに激しく体力を消耗している。
「あんなのに当てられたら敵わん! 剣聖の体力切れを待つぞ!」
待たれてたまるか!
思いきり飛び上がって、叫んだ男の兜にきつい一撃をお見舞いする。そのまま大斬刀を水平に構えなおし、周囲の剣兵たちを睨みつけると、彼らは私の闘気に気圧されて固まる。そこを横一文字に振り払った。
こうして、体力切れを待とうとしていた一団を一掃。
それを見た奥の陣はすくみ上がって、しばらくは襲って来なくなった。
今のうちに、戦意……殺意が高い集団の中へと駆け込み、この剣を振るう体力が残っている内に、倒せるだけ倒そう。
「……しかし、きりがないわね」
かなりの数を叩いて伸ばしたのに、まだまだ襲ってくる。
よく見ると、一度倒したはずの相手が起き上がってまたやって来たのだ。
仰向けに倒した相手は起き上がる事が出来ないものの、うつ伏せや横向きに倒れた兵士たちは、再び起き上がって私に攻撃を繰り出していた。これが試合なら、完全な泥仕合だ。
デパート屋上の戦隊ショーで演者の人数に限りがあるため、何度も倒さないといけない戦闘員のように、何度もやってくる。
一対三千どころか、ゾンビのように起き上がる相手も入れたら、四千、五千……下手をするともっと、と戦っている事になっていた。
仰向けに倒すか、完全に気絶させるかの二択しかないけど、そんな事を考えている余裕はなく、ただ迫り来る相手を何度も叩いては捨てるだけしか出来なかった。
途中、疲れが足に出た私の体に、敵か味方か分からない誰かの攻撃が当たる。
鈍い金属音が鳴って、相手の剣が弾かれた。さすが王子特製の剣聖衣装。ミスリルのそれは弱い斬撃など簡単に弾いてくれた。
兵士の両手剣の斬撃が、打撲程度で済んでいる。
これ以降も、何度か王子の衣装が防いでくれていた。
王子に感謝。税金の無駄遣いなんて言ってごめんなさい!
そして、この頃にはもう腕が上がらなくなってしまっていて、仕方なく何度目かの大斬刀を捨て、普通の長剣――刃引きすら創る余裕がないから、急所を外した攻撃か、剣の腹で応戦している。
§ § § §
もう、何時間戦ったのか。それすら考える事も出来ず、ひたすら倒し続けた。
肩は激しく上下し、息は完全に切れて、ぜえぜえと喉を焼くような音が私の口から紡がれていた。心臓は飛び出てしまうかと思う程に激しく、早鐘を打っていた。
目も霞み、足もふらついてしまっている。
一体、いつまでこの戦いは続くのだろう――。