第十六話 包囲
「うおおおおっ!!! 剣聖えぇーっ、覚悟おおっ!!! ――お前を殺せば俺が最強、俺が次の剣聖だあああぁっ!!!」
護衛だったはずの兵士が私に剣を向ける。
味方からの攻撃に驚きはしたものの、叫びながら斬りかかってくる攻撃をわざわざ受ける程間抜けでもないので、軽く躱した。
更に彼は、剣の革カバーを外して、もう一度斬りかかってくる。
間違いなく、本気だ。
模擬戦でやる気満々なのはいいけど、私に対して殺る気満々なのは困る。
何度か彼の攻撃を躱していると、今度は他の兵士たちまでカバーを外し始めた。
「そうだよな……剣聖を倒せば、次の剣聖は俺……なんだよな」
「こんな女なら、俺にだって倒せるかも……」
「そうすれば、最高の地位や贅沢な暮らしが待ってるんだ……」
「こんな模擬戦なんか、やってる場合じゃないな……」
私の周りにいる全員が生唾を飲む。
護衛だった彼を含め、私にじりじりと近寄ってくる兵士たち。
その圧に押されて私が一歩退くと、彼らは一斉に斬りかかってきた――!
「剣聖、覚悟おおおっ!!!」
「死ねええいっ!!!」
「俺が『剣聖』になるんだああああっ!!!」
「いや、俺が!」
「いやいや、俺が!」
「隙ありいいいっ!!」
皆、好き勝手に叫んで、前から後ろから、横から、そして飛び上がって上空から、私を斬りつけようとしてくる。避けるだけではもう対処しきれない。
「あー、もう! ここからは、私のヒーロータイムの始まりよ!」
そう叫んで、私は構え直す。
「皆、覚悟しなさい!」
迫る剣を刃引きの剣で受け、受けた相手の胴や後頭部を叩く。避けては打ち返し、受けては叩き返すを繰り返した。
ばたばたと倒れていく味方兵士たち。
最初の護衛を含めて十人も倒すと、今度は『おかわり』のように、その周囲の兵士たちが剣のカバーを外し、襲いかかってくる。
――この場にいる全員が、戦場独特の高揚感に酔いしれてしまっている!
誰一人、正常な判断が出来なくなっていた。
たった一人の小娘を倒せば、剣聖になれる。伸ばせば手の届きそうな甘い誘惑が、皆の自制心を吹き飛ばして、出世欲を引きずり出していた。
皆、戦の興奮と集団心理に突き動かされ、剣聖死ね、剣聖は俺だ、剣聖になるんだ、と叫びながら次から次へと斬り込んできた。
たまらず私は飛び上がり、彼らの頭上を越えて、バックフリップ――後方宙返りで剣が集中する場所から退避した。
「どこだ? どこへ消えた!」
「いなくなったぞ……剣聖は化けものか……?」
「……いたぞ、あっちだ!!」
後方、私のいる場所を誰かが指差し、斬りかかる。
この位置からなら今、私に敵対している分は一人一人対処出来る。
大上段に振り上げた相手の胴を凪ぎ、袈裟がけで振り下ろしてきた相手の剣を受け止め、弾き飛ばして面打ちで一撃。後ろから胴を狙ってくる相手にはサイドフリップ――空中側転で避けながら空中からの逆胴打ちを当てる。
左右から襲ってきた相手には、体を落として下に避け相打ちをさせて、そこに追撃。
全員を倒すと、また『おかわり』がやってくる。
しばらくの間、私対味方兵一千との戦いとなっていた。
「すげえ……これが『剣聖』……」
「そりゃ、『剣聖』なんて呼ばれる訳だよ……」
「だが、これだけの人数がいるんだ! 絶対殺れる……!」
「全員で囲むぞ!」
「誰が剣聖になったって恨みっこなしだ! いいな?」
なんて言いながら、また私を取り囲む。
それを、受け、躱し、流して、叩き、薙ぎ、突いて返す。
百人も倒すと、私の息も上がってきた。
百人組手を、命がけの実戦でやっているようなものだから、疲れて当然。
私は次第に無駄な動きを避けるようになって、少ない振りで急所を狙ったり、重そうな全身鎧の相手には軽く小突いて転ばせるだけに留めるようにした。
途中、魔法が切れて剣が消えてしまう。
そんな時は両腕を組んで力を込め、相手の剣ではなく腕を受け止めながら、同時集中で魔法剣を創り出した。当然、刃引きの詠唱をしている暇はない。
そして、組んだ腕で相手の腕を払い、新しく出来た剣で胴を薙ぐ。
更に攻めてきた元味方には、左右の足さばきで避けながら駆け抜け、流れに合わせて右へ左へ次々に胴、逆胴を斬りつけていった。全員が鎧を着込んでいるため、致命傷には至らないのが幸いだ。
剣兵と戦っていると、やがて槍兵までもが私を狙うようになった。
――剣道三倍段。
よく、剣道に対して空手や柔道が他流試合をする際に、素手では剣の間合いに勝てないから、空手、柔道側は剣道の三倍の段位を持っていないと互角にならない……と言われている。
実はそれは誤りで、剣道と薙刀――つまり槍、が戦った際は、その間合いの差に剣道側が三倍の段位でないと敵わない、という意味だったらしい。
つまり、槍対剣では、剣が圧倒的不利。
しかも槍兵は総勢四百。
両手を上げて降参しようかな……なんて思っていると、槍兵たちの外から大声で話しあっている声が聞こえてきた。
「おい、敵さん何やってるんだあ? 味方同士で、仲間割れかあ?」
「なんだ、なんだあ? ありゃ、同士討ちかあ?」
「何かあったらしいな!」
敵軍、カットマン陣営の声だ。
足音が、武器同士の打ちあう音が、兵士の怒号が煩い中、戦争中に小声で喋る事は出来ない。それが私に幸い……災いして、敵軍の会話が聞こえてしまった。
「『剣聖、覚悟ー』とか言ってるぜ?」
「じゃあ、あの女が噂の『剣聖』か!」
「あいつを倒せば、報奨金だ!!」
「あの女を狙え!!」
私は千の味方だけでなく、川を越えてやって来た二千の敵兵にまで包囲されてしまっていた。