第十五話 待遇
それから三日間、私は貴賓としてゴレンジ男爵邸にお世話になった。
「模擬戦までの間、この二人を護衛につけましょう」
そのように言われ、兵士が二人もつく事になった。
自分の身は自分で守れるから大丈夫と言っても、それでは家名に傷がつくと言い返されて、仕方なく二人に護衛をお願いする事になった。
いずれも若手の騎士見習いで、一人は瞳に闘志と野心が燃える熱血型の青年、もう一人は対極的で極端におどおどした自信なげな青年だった。
滞在中の食事は、レッドヴァルト家のそれとは違ってかなり豪華で、こんな食事を三日も続けてしまったら、元の生活に戻れるか不安になる程の内容。当然、パンは白パンで、肉料理やスープにも高価な塩と胡椒がふんだんに使われていた。
私に用意された寝室も貴族のそれで、広い室内、やわらかく大きなベッド。木造の温かみがある分、故郷の寝室よりも落ち着いて眠る事が出来た。
全てがいたれりつくせりで、時には『冒険者』としての依頼として来ている事さえ、忘れてしまいそうになっていた。
その感覚から引き戻してくれたのが、護衛の騎士見習いの言葉だ。
「『剣聖』だか何だか知らねえけど、領主様の命令じゃなかったら、こんな女のケツの後にくっついて歩く仕事なんてしなくて済んだのにな……」
「お……おい、やめろよ。そういう事は言うもんじゃないぞ……」
「俺だっていつかは名を上げて、あの女みたいに贅沢な暮らしをしてやるんだ……」
「羨ましいよな……俺も、『剣聖』とか呼ばれてみたいよ……」
護衛の二人が小声で言い合うのが日に何度か聞こえ、食客としてではなく戦力として雇われて来ている事を思い出させてくれた。私に聞こえないように声を抑えているつもりらしいけど、広く静かな男爵邸ではよく声が通ってしまっていた。
慣れない屋敷で私がもたつくと、時には舌打ちまでされていた。
勿論、舌打ちも丸聞こえだ。
「チッ……。これだから女は……」
「だから、やめろってば……」
§ § § §
模擬戦が行われる前日、作戦会議に呼ばれた。
執務室に男爵様、執事さん、召使い数名。百人隊長と呼ばれる部隊をまとめる人たちが十名に、それに私と護衛二名。
これだけの人数が一度に揃うと、広い貴族の執務室もやや手狭に感じる。
「ではまず、剣聖様が全軍の最前列中央にこう……」
「ちょっと、待って下さい」
「はい?」
「なんで最前列中央なんですか!」
陣形図のど真ん中に私が配置されている。
男爵様は文字通り、私を『矢面』に立たせようとしていた。
それこそ、家名に傷がつくのでは?
「それは、剣聖様ですから。最前列に立って下さるだけでも、威圧になります」
「『威圧になります』って……相手も私が剣聖だって知ってるの!?」
「はい、勿論にございます。カットマンめも剣聖様の参戦に驚いておりましたぞ」
勿論にございます、じゃないでしょ。
完全に私が標的になっちゃうじゃない。
「それから、右左翼二百ずつの槍兵を前に出して相手の進軍を止め、残った兵を前進させて撃破していく作戦となっております。剣聖様には千人とは言わないまでも百人も斬り伏せて戴ければ……」
最前列はぽつんと私が一人。
私の後方にオーソドックスな剣と鎧の兵隊が六百名、横長の長方形で並び、剣部隊の左右に、片側二百名ずつの槍兵部隊で縦長の陣形。
うん、無理だ。絶対に勝てない。
どう考えても、私に責任はないよね……これ。『勝敗にかかわらず報酬』という約束にしておいてよかった。
偶然手に入れた『剣聖』の称号に未練はないから、負けても問題はないし。
この模擬戦のどの辺りで撤退すれば、一応戦ったという体裁が整うかを私は考え始めていた。
実際はそんなに甘いものではなかった、とは全く知らずに。
§ § § §
模擬戦当日。
平原に一人ぽつんと立たされる。
私は、《剣創世》で作った刃引きの剣を、地面に突き立てるような姿勢で立たされていた。
最前列でなければ、大将の風格を持った威厳のある姿だと思う。
その後ろには沢山の兵隊たち。
昨日説明を受けた通りの隊列で、しっかりと揃って整列している。
模擬戦なので、全ての剣、全ての槍に革製のカバーが付けられている。このカバーは私に、騎士学校時代の訓練を思い出させた。
対するカットマン軍は領境の細い川をへだてて、左右端を手前、中央を奥とした弧を描くような陣形で、これも綺麗に整列している。
遠目では見えにくいけれど、きちんと第一陣の奥には、二陣三陣と部隊が分けられ、さらに後詰まであるという本格的な陣形を取っている。もう、陣形からして戦力差が出てしまっていた。
これは、多分……どころか絶対に負ける。
昔の戦隊が『勝利のフラグ』なんて言っていたけど、これは完全に『敗北フラグ』だ。
それに私は常々『戦隊』になりたいと思っていたけど、戦隊は戦隊でも、これは『戦隊』違いだよ……。本物の軍隊なんて。
そうこうしている内に、特に合図もなく進軍が始まって開戦となった。
こういった中世文化では、宣戦布告をした後はいつ攻撃を始めてもいいらしい。
この世界では、法螺貝を吹いたり、銅鑼を鳴らしたりといった開戦の合図はないみたい。元日本人の私には、ちょっと違和感がある。
槍兵たちが左右に広がった状態から、壁になるような形で円弧を描いて突進、その後ろから剣兵たちが追撃する。
これは、私の出番がないまま終わるかな……と思ったその時――。
護衛だった青年が、私のすぐ傍でぶつぶつと何かを呟き出した。
「俺だって……俺だって……チャンスさえあれば大きくなれるんだ。俺だって最強になりさえすれば……この女みたいな贅沢な暮らしだって出来るし、僕を従えてふんぞり返る事だって出来るんだ……」
模擬戦とはいえ、これから始まる戦の雰囲気に飲まれて、目が座ってしまっている。何をしでかすか分からない雰囲気だ。彼は一通り呟き終わると、覚悟を決めた顔になって、私を睨んだ。
そして……。
「うおおおおっ!!! 剣聖えぇーっ、覚悟おおっ!!! ――お前を殺せば俺が最強、俺が次の剣聖だあああぁっ!!!」
彼は剣を大上段に構えると、私に向かって振り下ろしてきた――。




