第十三話 戦いおわって
ギルドに着いたのは日が落ちてからだった。
ギルドから見える温かな明かりは、疲れた私に安心感を与えてくれた。
両開きの扉を押し開くと、夜の酒宴で賑わっていたホールが途端に静まり返る。
急に返り血だらけの女が入ってきたら、誰でも驚いて見てしまう。
それが、昨日大立ち回りを演じた新人なら、尚更。
逆の立場なら、多分私だって絶句してそちらに目が向いてしまう。
受付のお姉さんが、大きなタオルを持ってきて私にかぶせた。
彼女は私の体を拭きながら、悲痛な声で聞いてきた。
「アリサさんっ、一体どうしたんですかっ!?」
「あ……うん。薬草採取」
「ただの薬草採取で、こんな血だらけになるはず無いでしょうっ……!」
全部返り血だから大丈夫と返事をすると、お姉さんは少しだけ安心してくれた。
§ § § §
お姉さんは付着した血を丁寧に拭いた後、タオルから毛布に換えて私にかけて、温めたミルクをごちそうしてくれた。まだ少し肌寒い春先の夜に、それはとても嬉しかった。
森で起きた出来事の顛末と事情を聞かれる。
私は、四人に邪魔された事や、助けるために割って入った事は伏せて、簡潔に説明した。
「薬草採取中にジャイアントオーガなんて、新人さんには大変でしたよね。……それで、そのオーガはどうなったんですか? 野放しでは危ないですから、他の街からBランク以上の高ランク冒険者を雇わないと……」
「倒しました」
「えっ……?」
「だから、倒しました」
何を言われたのか理解出来ず、目をぱちくりさせるお姉さん。
聞き耳を立てていた他の冒険者たちも、一瞬ざわつく。
「ビ……Bランクの魔物、ですよ?」
「らしいですね」
「いくらCランクのゴロツ……いえ、冒険者と対等に渡りあったからといっても、昨日今日、冒険者になったばかりのアリサさんが、そんな化け物を倒せるわけないじゃないですか」
どうやら冗談だと思ったらしく、お姉さんは笑い出した。
他の皆もそれにつられて笑う。
「じゃあ明日、連れてってあげます」
「……え、本当……だったんですか?」
「はい」
真実だと知ると、お姉さんは真っ青になって私を抱きしめた。
お姉さんの瞳から零れた温かい雫が私の頬に当たる。
抱き締めながらお姉さんは、心配した母親が子供に諭すような声で囁いた。
「冒険者はただでさえ死にやすいんですから……。お願いだから、無茶だけはしないで下さい……」
お姉さんは泣きながら、ずっと私を抱きしめてくれていた。
……その頃、冒険者たちは心配とは別の感情で真っ青になりながら、背をクエストボードに貼りつけるようにして一か所で固まり、化けものでも見たかのように慄いていた。
§ § § §
翌朝――。
ギルド側のご厚意で、ここの宿泊部屋を貸して貰えた。
二階にある部屋から出て階段を降りる途中、あの四人組がカウンターで何かの報告をしていた。
四人共、村内レベルの依頼の出発か帰りにしては、かなりの大荷物を背負っている。そして、四人組は階段の私を見つけるなり、一目散に外へと逃げ出した。
「ヒイイイッ、許してえ!」
「もう、悪い事はしませーんっ!!」
「『剣聖』様には逆らいませーん!」
「逃げろーっ!!」
その逃げ足はとても早く、あっという間に四人の姿は見えなくなった。
私は階段を降りて、今空いたばかりのカウンターでお姉さんに尋ねる。
「あいつら、どうしちゃったんですか?」
「なんでも、恥ずかしくてこの村には居られないから、拠点を変えるとかで……。それで、転居手続きをしていたんですよ」
「転居手続きなんて必要なんですか?」
「村付きの高ランク冒険者は、その村の主戦力ですからね。義務ではありませんけど、手続きをされる方は多いですね」
「へー……」
四人が消え去った後の出口を眺めて、そんな制度があったんだと感心する。
あれ? 私……王都からここへ来た時、転居手続きなんてやったかな?
そんな事を考えいていると、お姉さんが顔をぐっと近付けてきた。
「と・こ・ろ・で……、『剣聖』様って……なんですか?」
貼りつけたような笑顔で、私に質問を投げかけるお姉さん。
お姉さん……鋭い。
私は、隠していた事を全部、話す羽目になった。
――数十分後。
「えーっ!? アリサさん、Sランクなのを隠して二重登録していたんですか?」
あまりの驚きに、大声で叫んでしまうお姉さん。
大声は駄目! 他の人にまでばれちゃう。
……なんて思っても、時既に遅し。その場にいた全員に聞かれてしまった。
皆、またクエストボードへと、まるで追いつめられた鼠のように貼りついた。最早、ここの冒険者の定位置がそこであるかのようになってしまっている。
「確かにSランクなら、ジャイアントオーガを単騎で倒せるのも納得です……」
「黙ってて本っ当ーに、ごめんなさい……っ!」
思わず目を閉じ、両手を合わせて日本式のごめんなさいをしてしまう私。
だって、Sランクでは食べていけないから、どうしようもなかったし。
「まあ、あの四人の傍若無人さには皆困っていたところでしたので……私共職員を含め、ここの皆さんは追い出して戴いて、結構感謝していますよ」
「そうなんですか……」
「ええ。下位のランク相手や村人には恐喝をする、他人の依頼は邪魔をする、報酬を上乗せしろと無茶を言ってくる……と、それは迷惑だったんです。感謝しかありません」
私の両手を包み込むように握って、嬉しそうに話すお姉さん。
他人の依頼は邪魔をする……うん、そういえば私も邪魔をされたよ。
依頼といえば、薬草採取。あれは失敗にされちゃうのかな?
「ところで、薬草採取……昨日は取ってこれなかったんですけど」
「ええ、あれはいつでも受け付けている『常設依頼』ですので、提出はいつでも構いませんよ。……それよりもSランクの『剣聖』様が、Fランクの仕事を取るなんて、感心出来ないですね」
「やっぱり……だめ?」
出来るだけ可愛く無邪気そうに、首をかしげてお姉さんに聞いてみる。
少しの沈黙の後――。
「……今回だけですよ」
「やったあ!」
薬草は今日取りにいこう。
これで宿代はなんとかなる……かな?
これからの生活費はお姉さんとの交渉次第、という事になるだろう。
そう考えると、たった半日で無駄になった銀貨五枚のローブが悔やまれる。
……あの四人組、せめて私のローブ代を弁償してから出ていきなさいよ!




