第十二話 巨鬼
結局、私は泣きながらもう一度薬草を集め始めた。
今の場所でかなりの数を刈ってしまったので、もっと奥に行かないといけない。
森の奥に行けば行く程、野生動物や魔物が生息していて、それらの相手をしていると、さらに採取速度が遅くなってしまう。
けれど仕方なく、私は奥へと足を踏み入れる事にした。
それから一時間。
やっと三十本程度を集めたところで、空に赤みが差し始めた。
これから先は暗くなる一方で、森はもっと危険になる。
これは『赤の森』に限らず、どの森でもそうだ。
今日は真っ暗になる前に切り上げて、続きは明日にしようかな、と思った時……。
森の奥から、野太い男たちの悲鳴が聞こえてきた。
確かこっちの方角はブルーンたち、Cランク冒険者が向かった方角だ。
私にあんな仕打ちをしたあいつらは許せないけど、私の戦隊魂は悲鳴が聞こえて駆けつけない私をもっと許さない。
私は、彼らに対する感情を心の隅に投げやって、悲鳴の聞こえた方へと走った。
§ § § §
急いで駆けつけると、そこは木々の少ない開けた場所――ギャップで、ブルーンたちが巨大な魔物に遭遇して腰を抜かしていた。
ジャイアントオーガ――。
オーガは『人喰い鬼』と呼ばれる、その名の通り人を喰らう巨人型の魔物。三メートル前後の巨体を持ち、熟練した冒険者が束になっても命がけの戦いになる相手だと言われている。
ジャイアントオーガは、そのオーガの上位種。その体躯はオーガの倍近くもある。手に持っている棍棒だけでも二メートル、人よりも大きいそれで殴られてしまったら、誰だって一発であの世行きだ。
Cランク冒険者が腰を抜かしてしまっても、誰も責める事は出来ない。
「で、でけえ……」
「……ジャイアントオーガ、……Bランクの魔物じゃねえか……」
「あんなのどうやったって、俺たちじゃ敵わないだろ……」
「なんだってこんな魔物がこんな所に……」
熟練の冒険者のはずが、完全に戦意を喪失してしまっている。
ジャイアントオーガはそんな四人を、どいつから食ってやろうかといった表情で、胴体を左右に振りながら品定めしている。
そこに私が駆けつけて、後ろから声をかけた。
「あんたたち――」
「「「ヒッ……ヒィィッ!!」」」
四人が一斉に悲鳴を上げる。
同じ冒険者の私を見たにもかかわらず、更に腰が砕けて鎧の隙間から温かい液体が漏れ、水溜りを作ってしまっていた。
あれだけの事をした後だから、私が恨んで追いかけてきた……とでも思っているのだろう。大の男がみっともなく漏らして、恐ろしさのあまりに泣き喚いてしまっている。
むしろ助けに来たのに、失礼な話だ。
「ご……ごめん」
謝って目をそらしたけど、彼らは失禁している事にすら気付いていない。
「ここは私が食い止めるから、さっさと逃げて!」
私はそう言い放つと、魔物と彼らの間に立ちはだかり、魔法剣を出してそれを構えた。ただの長剣に見えるこの剣では、かなり分が悪そうに見えるけど。
「なんで、お前が……俺たちを……」
「どうして……」
四人は腰を抜かしたまま、私が助けに来た事をしきりに不思議がっている。
私は剣を一振りし、答えた。
「困っている人がいたら助ける! ……それが『冒険者』でしょ!」
それでも中々逃げずにいる四人。
それとも、本当に歩けない程に腰が抜けているのか。
「で……でも、いくら強いったって……お前みたいな女があんなデケエ奴に勝てんのかよ……」
「あんなの……絶対無理だ……」
「……相手はBランクだぞ……?」
「Fランクじゃ無理だ……俺たちはもう終わりだ……」
震えながら絶望する四人。
四人の弱気な言葉に、私は頭をかきむしって怒声を上げた。
「あー、もう!」
懐から『S』と彫られたプレートを取り出して、四人に投げつける。
「『S』ランク冒険者、『剣聖』アリサ・レッドヴァルト。それが私よ!」
四人はそのプレートを拾って、刻まれた文字を目で追って確認した。
信じられないものを見たという表情になり、先程とは別の叫び声を上げる。
「ええええっ!? け……剣聖ぇぇぇっ!?」
「エ……Sランクだと……ぉ……?」
「Sなんて初めて見た……」
「馬鹿な……そんな馬鹿な……馬鹿な……」
驚きから一転、私の本当のクラスやランクを知って安堵する四人。
緊張の糸が解けて、自らの股を濡らすものに気付いて慌てて股を隠そうとした。
「だから、早く逃げて!」
そう言って切っ先を森の外へと向けると、もう一度ひぃと声を上げ、彼らは四つん這いで逃げていった。
さて……これで心置きなく戦える。
餌を逃してしまった私を睨んで、ジャイアントオーガが咆哮を上げた。
「ここからは、私のヒーロータイムの始まりよ……。かかって来なさい!」
私の言葉を理解したのか、全力で棍棒を振りかぶって殴りつけてきた。
私は熊を倒した時と同じ要領で、剣で受けると同時に、力の流れに逆らわず跳んだ。数メートル吹き飛ばされたけど、私にも剣にもダメージはほとんどない。
一撃で仕留めきれなかった事に驚いた巨鬼。もう一度吼えてから、私を追いかけ、上から力の限りに棍棒を叩きつけてきた。
最初から見えている攻撃が当たるはずもなく、私はそれを横に跳んで避け、地面に刺さった棍棒に飛び乗る。そのまま、棍棒を腕を一気に駆け上がって、魔法剣を後ろへ大きく振りかぶると渾身の力で突き込んだ。
巨鬼の目に深々と剣が刺さり、眼球から上がった血しぶきが私の体を濡らす。
その痛みから、巨鬼も思わず空いている手で目を押さえようとする。
私は迫りくる手を避けて飛び降り、ランディング・アンド・PKロール――ランディングは両手両足で衝撃を受け止める着地法、PKロールは着地後の衝撃を逃がすための前転――で、着地した。
急所を突かれた痛みでがむしゃらに振られた棍棒を、側転で避けきって……。
「《剣創世・大斬刀》おおっ!!」
大きく叫び、巨大な斬刀を創り出す。
それと同時に垂直に飛び上がって、低くなった巨鬼の頭へと叩きつける!
巨鬼は大斬刀と地面に頭を挟まれて、首があらぬ方向に折れ曲がってその場に轟沈した。
その体はびくびくと痙攣した後、完全に動きを止める。
「ふう……」
なんとか巨鬼を討伐し終わって空を見ると、空の色は夕焼けの赤から、夜の到来を告げる紫へと変わっていた。早く帰らないと。
薬草採取は明日にしよう。
四人組が逃げる時に投げ捨てた私の冒険者プレートと、ぼろぼろになってしまったローブを掴んで、私は村へと戻る事にした。