第十一話 屈辱
翌日、私は意気揚々と新たな冒険者生活を始めていた。
……はずだった。
というのも昨日、冒険者登録の時にちょっとやりすぎてしまったのだ。
新米いびりを受けた私は、軽くやり返しただけのつもりが大惨事に。
その場に居合わせた冒険者全員から怖れられるようになってしまった。
肩身が狭い私は、近くの服屋でローブを買って顔を隠し、こそこそとギルドに入る。
出来るだけ目立たないようにクエストボードを確認して、最下級、Fランクの依頼から一つ、適当な依頼を選んで受付に渡した。
ギルドでは、クエストボードに貼り出されてる羊皮紙を取って受付に提出し、依頼の受諾を報告をしないといけない。依頼が完了した時も報告する必要がある。それらの各報告によって報酬が受け取れる仕組みになっている。
私が受けた依頼には、このように書かれていた。
「『薬草採取』
傷薬に使う薬草を摘んできて欲しい。
報酬:二十本につき銅貨十枚
依頼者:薬師エンドボール」
簡単に処理をすませて、そそくさとギルドの建物を出る。
あんな事があったせいでアリサさんも大変ですね、なんて受付のお姉さんに言われてしまった……。
ギルドを出た後、私は財布袋の中身を確認した。
さっき買ったローブは銀貨五枚。私の袋にはもう銅貨しか残っておらず、今日の宿代にも困ってしまっている。
こんな事で王子から貰った金貨に手をつけるのは良くない。
沢山薬草を摘んで、今日の宿代にしよう!
地味な依頼だけど、傷薬は人々の役に立つし……私も以前、お世話になったからね。宿代は銀貨五枚だから……目指せ、百本。
§ § § §
ナックゴンの村から出て、一時間程歩いた所に薬草が生えている森があった。
この世界の識字率はあまり高くないため、依頼書には文章だけではなく、目的地までの簡単な地図や、探すべき薬草の絵が描かれている。
地図に従って歩くだけで、簡単に目的地である森に到着した。
「もう、ここまで来ればローブも必要ないわね」
森の中、やや開けた場所に来たところで、独りごとを言いながら目立つ木の下に、ローブを置く。
「《剣創世・短剣》」
短剣――簡単に言えば小さめのナイフを創って、依頼書に描かれた通りの薬草を探しては刈り取っていく。依頼書にバツと書かれている、依頼の草によく似た毒草や雑草を避けて、ひたすら薬草だけを摘む。
確か昔、前の世界で世界史の先生から、もし薬草を摘むような事があったら、根っこより少し上を残して刈るといい。そこから薬草がまた生えてくるからな。ま、薬草を摘む事なんて、普通はないだろうが……と教わった事がある。
君たちがトラックに轢かれて異世界に行くような事があった時は役に立つから、憶えておくといい、なんて冗談を言って生徒たちに笑われていたけど、この知識が本当に役に立つ日が来るなんて思ってもみなかった。
世界史の早川先生に感謝。
薬草を探しては切り取り、それをローブの上へと置いていく。
こうすれば、最後にローブを縛るだけで、簡単に沢山の薬草を持ち帰る事が出来る。
ローブは着るだけでなく、こういう事にも便えて便利だ。
銀貨五枚のお値段は馬鹿に出来ない。
二時間程かけて、やっと八十本集まった。あと少しで百本。
ここまで刈ってしまうと、目印の木からかなり離れた場所まで行かないと薬草は見つからなくなる。
追加で五本程見つけて、先生から教わった通りに切る。
それをローブの所まで運ぼうとすると……。
「ブルーンさん、これ、あの女が着てたローブですぜ!」
「あの女のせいで、金貨三十枚の高級ポーションを買う羽目になったじゃねえか」
「あの女、薬草採取なんてチャチな依頼受けやがって。これだからFランクは」
「くそっ、くそっ、くそっ! こうしてやる、こうしてやるっ!」
四人の冒険者が私の集めた薬草と、買ったばかりのローブをめちゃくちゃに踏み荒らしていた。
気付いた時にはもう遅く、ローブは足跡と薬草の汁でぐちゃぐちゃになっていた。やっと集めた八十本の薬草も、使いものにならない程に踏みにじられていた。
私は手に持っていた薬草を投げ捨てて、四人の下へと走っていく。
「やめてえええっ!!」
力いっぱい叫ぶも、まだ踏み続けているブルーンたちCランク冒険者。
駆けつけた時にはもう、薬草もローブもふた目と見られない姿になっていた。
私が彼らの目の前まで来た事で、やっとローブからどいて貰えた。
私はローブの前にしゃがみ込んで、その酷いありさまを確認した後、四人を強く睨んだ。
「なんて事をするの……!」
私は涙を零しながら、怒りを訴える。
私の泣き顔と震える拳を見て、彼らは下品に笑いながら答えた。
「この程度で泣くなんて、だから女は使えないんだ。冒険者なんてやめちまえ」
「もう一度、薬草を探してきたらどうだ? まあ……今から探し始めたら、夜中になっちまうがな!」
「昨日の恨みだ。自分の行いを悔やむがいい」
「先輩に逆らうからそうなるんだよ、いい勉強になったな!」
口々に私を罵ってくる四人。
私は怒りで、いつの間にか魔法剣を創造していた。
「お、やるのか? 依頼地での冒険者同士の争いはご法度だぞ?」
「俺たちを斬ったら資格を剥奪されちまうぞ、いいのか?」
「ほらほら、かかって来いよぉ」
「悔しいか? 悔しいか? 悔しいか?」
私を取り囲んで、回りながら踊って挑発している。
彼らの言う通りなら、この剣で斬りつけたら私は、『冒険者』としての人生を絶たれてしまう。
私は絶望で剣を落とし、がっくりとうなだれた。
「ざまあないな」
そう言うと四人は私の前から立ち去り、森の奥へと消えていった。