第十話 新米
登録が終わって、プレートを首にかけて振り向くと、そこには大男がいた。
ブルドッグに似た垂れ下がった頬で、目つきだけは鋭く、赤いファイヤーパターンの入った鎧を着た、熊のような大男。
そんな、いかにもな冒険者が私の後ろに立っていた。
「おいおい、お嬢ちゃんよぉ……そんな細え腕で冒険者なんか出来んのかよぉ?」
……来た!
あれだ……オヤジさんに言われていた、新米冒険者が先輩冒険者に絡まれる奴。とうとう私にも、その出番が回ってきた。
王都では、まるで化けものを見るような目で避けられていたから、この感覚は新鮮かも知れない……なんて物思いに耽っていると、大男は自己紹介を始めた。
「このナックゴン・ギルドで最強のCランク冒険者ブルーン様が、お嬢ちゃんの実力を見てやるぜぇ……」
別に実力とか、見て貰わなくても結構なんですけど……。
一階の酒場スペースにいる他の冒険者たちは皆、私と大男を肴に好き勝手騒ぎ始めている。
「おい……ブルーンの奴、あんな小娘を苛めるつもりだぜ」
「どっちに賭ける? 俺は、ブルーンに銀貨五枚だ!」
「あの嬢ちゃん、あんな怖いお兄さんに絡まれちゃって可哀想ぉ」
「いいぞ、もっとやれ!」
これがオヤジさんの言っていた『新米冒険者が受ける洗礼』ね。
前回が前回だったから、今度こそやっと『冒険者』らしい扱いをされた気がした。……ええと、こういう時はどうすればいいんだっけ?
『こう言う時は、相手の腕をガッと掴んで、こう捻ってやればイチコロですぜ!』
そんな事を言いながら、自分で自分の腕を捻る仕草をしていたな……オヤジさんのアドバイスを思い出しながら、それを実行に移してみる。
大男の手首をガッと掴み、一気に捻り上げる!
……ボキッと、なんだか嫌な音がした。
これって鳴ってはいけない音のような……。
「痛でえええ、痛でえよぉ……!!」
軽く捻っただけなのに、まるで骨でも折れたかのように手首を押さえて、大男はうずくまってしまった。その手首があらぬ方向に曲がってしまっているのは、おそらく、私の見間違いだろう。
「よくも俺たちのリーダーをやってくれたな! この槍術士ドリーン様が仇を取ってやる!」
テーブル席から躍り出てきたのは、細い体にまるで猛禽類のような目つきの男。それぞれの手に一本ずつ計二本の槍を持ち、やはりファイヤーパターンの鎧を着ている。
おそらく、私の下でうずくまっているブルーンという大男の仲間だろう。
「喰らえ! 大回転槍術っ!!」
そう叫ぶと、その男は二本の槍をぐるぐると回し始めた。
「どうだ、この槍の回転は! 簡単には近付けまい!」
私は平然と歩いていき、無言で出した魔法剣を二回振るって、槍を二本とも弾き飛ばした。かなり高速だけど間に棒を突っ込めば、この手の回転は簡単に止まる。
私はもう一歩近付いて、頬に切っ先を突きつける。
「……で?」
作り笑いでドリーンに聞く。
彼だけではなく、このホール全体の時がぴたりと止まる。
敗北を確信した彼は、その場に膝から崩れ落ちた。
「くそっ、ブルーン! ドリーン!! ……次は、この防衛職のタンクが相手だ!」
二人の仲間なのだろう、太った男が、どたどたと大きな音を立てて走ってくる。分厚い板金鎧を着込み、両手には赤い盾を備えた、その名通りの防衛型。その歩みは鎧の重さに負けて、亀のように遅かった。
私は剣の柄で軽く小突く。
それだけで、彼はひっくり返って起き上がれなくなってしまった。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
倒れたまま、悔しそうに喚いている。
「……フフフ、この暗殺者キキューンが貴様の後ろを取っているとは、全く気付かなかっただろう……?」
丁度、私の真後ろにもう一人の冒険者が忍び寄っていた。
別に気付かなかった訳ではなく、殺気が垂れ流しだったから放っておいただけ。
少しだけ体をずらして後ろから迫るナイフを避け、その方向に向かって思いきり後ろ蹴りを放つ。
勢いよく、後ろに吹き飛んでいく暗殺者キキューン。
派手な衝突音が鳴ったかと思うと、壁に激突して伸びてしまった。
私は魔法剣を消し、ぱんぱんっと手を叩いて埃を払う。
「なんだ今のは……」
「一瞬だったぞ」
「つ……強えぇ……」
「何者なんだ、あの女は……」
奥にいる冒険者たちが、口を揃えて驚きの声を上げた。
「次は、誰?」
私が聞くと、全員、慌ててクエストボードまで退いた。
……ひょっとして、やりすぎちゃったかな?
辺りを見渡すと、間違いなくやりすぎだったのが分かった。
二人は泣きわめいているし、壁が壊れたその下で一人が気絶、残る一人は敗北感に打ちひしがれて、膝を突いたままブツブツと独りごとを言っている。
私は冒険者たちがこの惨状を見つめる中、ごまかすようにして格好をつけ、貴族令嬢のように……実際、貴族令嬢なんだけど。見た目だけは颯爽とギルドを出た。
――心は、そそくさと逃げ帰る気持ちで一杯になって。
一体、明日からどんな顔をしてギルドに行けばいいの?
オヤジさん、教えて……!