第九話 剣士
中に入ると、ギルドはどこも一階は一緒らしく、冒険者たちが情報交換や酒宴をするスペースになっていて、奥には大きなクエストボードが掲げられている。
こちらのカウンターは王都と同じ役所風のカウンターで、窓口は三つ。
早速、空いているカウンターまで足早に歩き、美人の受付嬢に話しかける。
ここでも受付のお姉さんは王都同様で、大人の色気がある美人さんだ。
決して禿げ上がったおじさんではない。
九年間、ほぼ毎日オヤジさんと顔を合わせていた私としては、美人のお姉さんがカウンターにいる方が違和感なんだけど。
最初に冒険者の証、プレートを提示……って、『剣聖』とか『S』とか彫られたプレートなんか見せたら、また王都と同じ事になっちゃう。
プレートは隠して、ここはもう一度登録をし直そう。
「あの、冒険者登録をしたいんですけど」
「冒険者登録ですね。かしこまりました。では、まずはランクのご説明から……」
「Fが野犬で、Eがオオカミ……Sがフェンリルって奴ですか?」
「よくご存知で。予備知識を勉強なさっていたんですね。新人の方では珍しいですよ。……それでは早速、登録を開始致しましょう」
カウンターの下から刻印棒と金槌、無地のプレートが取り出される。
「まず、お名前をお願い致します」
「アリサ・レッ……」
いけない。フルネームを言ったら二重登録だってばれちゃう。
以前、オヤジさんから雑談の一つとして聞いた事があるけど、この大陸ではすべてのギルドに特殊な情報網があって、冒険者や依頼の情報が共有されているとか。
一度登録した冒険者は、どのギルドに行ってもそのランクや依頼達成率、稼いだ報酬の総額まで分かるようになっているらしい。
「『アリサレ』さんですね! では、早速……」
私は慌てて、金槌を振り下ろそうとするお姉さんを止める。
「ただのアリサよ、ただのアリサ」
「はい。『タダノアリサ』さんですね! では……」
「違ーがーうー! アリサ、ア・リ・サ、だけです!」
「ああ、『アリサ』さんですね。……アーリーサーっと」
カンカンカンと小気味良い音を立てて、プレートに名が刻み込まれていく。
思わぬ勘違いがあったけど、名前はちゃんと彫られたようだった。
一安心して胸をなでおろす私に、お姉さんは次の質問をしてくる。
「では、『クラス』をお願いします」
「クラス……?」
クラスってなんだっけ。確か最初の登録でも聞いたような気がする。
でも、さらっと流されて終わったような。
「はい、『クラス』です。ご説明致しますか?」
「お願いします……」
ランクの説明を飛ばしたのに、これは恥ずかしい。
赤くなりながら、お姉さんの説明を聞いた。
「『クラス』……冒険者同士でパーティを組む際に、どの役割を担うかを明示したものです。前衛であったり後衛であったり、剣が得意だったり、魔法が得意だったり、鍵開けや罠外しが出来たり」
軽い身振り手振りを踏まえて、お姉さんは分かりやすく教えてくれた。
「そういった役割を、戦士、魔法使い、鍵開け師などと呼ぶ事で、お互いに何が出来るのか、何をすればいいのかはっきりさせる事が出来ます」
そしてお姉さんは、説明をこう締めくくる。
「……ありていに申し上げれば、冒険者内での『職業』とも言いかえれますね」
ああ、そうだった。職業。確か前回の時は、『剣聖』を強制されたんだっけ。
それで憶えていなかったんだ……。
「えーと……じゃあ、剣せ……」
「けんせ?」
危ない、危ない。剣聖で登録されたら、わざわざ再登録した意味なくなるじゃない。
訂正しないと。
「剣聖じゃなくて……そう、戦隊のレッド! 戦隊のレッドです!」
「センタイノレッド?」
私は騎士学校の入学式と同じ恥をかくことになって、真っ赤になってしまう。
そんな私の顔を、お姉さんが不思議そうに覗きこむ。
「……えーと、剣士。……剣士です……」
うつむいて呟く私に、はい剣士ですね、と言いながらお姉さんは『剣士』……と刻印した。
「それにしても、『剣聖』を目指してらっしゃるんですね。陰ながら応援させて戴きます。……そういえば、中央から流れてきた噂では、最近『剣聖』が代替わりしたとか。ご存知ですか?」
「ま、まあ……一応、知ってます……」
ご存知も何も、その『剣聖』が私です。
噂が広まるのって早い。もうここまで『剣聖』の噂が流れてきているんだ。
これからは、私が『剣聖』って事は秘密にしないと。
また『S』ランクにされてしまっては、たまったもんじゃない。
「では、これで登録を完了しますね」
お姉さんはランク用の大きな棒を取り出し、それを思いきり金槌で打ち付ける。
プレートには大きく『F』と刻印された。
完成したてのプレートを渡し、お姉さんは最後の説明をする。
「これが身分証明書となりますので、なくさないようにして下さいね。紛失された場合は、金貨一枚の再発行料がかかります。……また、ランクアップの際にも再発行を致しますが、こちらは無料となっております」
お姉さんは、ついでといった感じで一言付け加えてくれた。
「穴を開けて鎖を通して、首か腕に架けておくのがおすすめです」
「穴、開けちゃっていいんですか?」
「彫られた文字が読めなくならない程度でしたら。そういえば、アリサさんの首飾り、よくお似合いですね」
口に軽く手を添えて、くすりと微笑むお姉さん。
親友から貰った首飾り。私はこの三年間ずっと肌身離さず、これを着けていた。
他の人からこれを褒められるのは、少し……いや、凄く嬉しかった。
「鎖を通すのは、こちらの方でやっておきましょうか? ……本来なら鎖代込みで銅貨五枚ですが、可愛らしい首飾りを見せて戴いたお礼に、今回はサービスという事でいかがでしょうか」
「ありがとうございます……!」
私は親友の首飾りを褒めてくれた事と、サービスへのお礼を言った。