第八話 最果て
王子と別れた私は、そのままナックゴンの中へと入った。
村……というにはかなり大きく、どちらかというと町といったところ。建物の間隔にも密度があり、農地よりも商店が多い印象だった。
レッドヴァルトの城下町……あっちの城下町の方が村みたいな規模なんだけど、それとほぼ同じ規模で、より拓けているように見える。
隣国との国境が近いため、人の出入りもあり、関所も賑わっている。
原則的に誰も出入りしない魔族領の領境のそれと、雲泥の差だ。
とは言っても、ここは最果ての辺境地域。
ここでなら、私も『剣聖の姫君』と呼ばれないで済むだろう。
この、仕立ての良過ぎる剣聖衣装や、新米冒険者が持つには立派過ぎる聖剣、『レガシードラゴンスレイヤー』は悪目立ちしそうだけど。
§ § § §
村の通りを見渡すと、王都程ではないにしても露店や路上芸人が、村民や旅人の目や腹を楽しませている。
冒険者風の大男が女性に向かって短剣を投げ、一本も彼女に当てずに、体の周りと頭上の林檎だけを刺すといった大道芸や、隣国サジェスの英雄や聖女を大げさに歌う吟遊詩人などがいた。
流石に、四十九もの大冒険をした冒険者の英雄や、死者以外はすべてどんな傷病者でも一瞬で治し、どんなに貧しい民にも癒やしの手を与える放浪の聖女……なんかは、ちょっと盛り過ぎな歌だなと思うけど。
露店もさまざまで、この辺りの特産品である葡萄や林檎をその場で絞った新鮮なジュースや、サジェス国で養畜されている牛や豚、鶏なんかの肉や卵を使った料理がいい香りをさせいる。
丁度お腹も空いてきたし、王都ではあまり見かけなかった鶏肉でも食べてみようと、鶏料理の屋台へと足を運ぶ。
手近にあった店では、食べやすい大きさにカットされた鶏肉を焼いたものと、葉野菜を木のボウルいっぱいに入れて濃いめのソースをかけた、今の私にはぴったりの料理を売っていた。
「おじさん、それ一人前頂戴」
「あいよ。食い終わったら、皿は店の横にでも置いとくれ」
代金を取り出そうとした時、手に持っていた袋――王子から貰った金貨袋に手を伸ばして、思わず手が止まった。これは王子が困らないようにとくれたお金だ。大切に使おう。
王子の金貨袋は懐にしまって、私が最初から持っていた財布袋を取り出す。
そこには少しの銀貨と、それより多めの銅貨が入っていた。
財布袋から銀貨を出して代金を支払い、おつりを受け取る。
銀貨一枚でおつりが銅貨五枚だから、銅貨五枚……つまり五百円か。
この世界では、家族の一食分をそれ一つでまかなえる程の大きな黒パンが銅貨五枚。大体それと同じと考えれば、妥当かそれより少々安いか……といったところ。
鶏肉と野菜がたっぷりと入ったボウルを受け取り、もりもりと食べる。
上にかかっているソースは、日本でも味わった事がある、ビーフシチューのような味のソースだ。デミグラスソースって言うんだっけ?
牛肉にワイン、それに沢山の野菜や香辛料が複雑に煮込まれている。
前の世界のソースと違って煮込みが足りないものの、この茶色いソースには懐かしさを感じた。
ボウルの中身を平らげると、先程まで感じていた寂しさは胃袋の中へと消えてしまった。
他の露店で軽く葡萄のジュースを飲んで、まずは宿探しをしよう。
§ § § §
国境だけあって宿も沢山あり、どの宿にするか悩んでしまう。
あまり立派過ぎない、しかしぼろ過ぎもしない宿に目星をつける。立派過ぎる宿は料金が高いし、ぼろな宿は食事がつかなくて割高になったり、隙間風が入ってきたり、ベッドに蚤が涌いて寝るどころではなかったりするからだ。
そういった中堅どころの宿を訪ねては料金を聞き、予算より高ければそこを出て、次の宿を探す。四、五軒程、入っては出てを繰り返し、やっと料金も質も丁度いい宿を見つけた。
早速、台帳に記帳をして一晩泊まり、旅の疲れを取った。
翌朝、私は宿を出てギルドへと向かう。
道中は誰からも話しかけられず、あっという間にギルドに到着する。
やっぱり王都でのあれは異常だったんだと、私はつくづく痛感した。だって、本来なら数分の距離のギルドに、二、三十分かけないとたどり着かないんだよ?
こちらのギルドは、建物こそはやや古びているけれど、かなり大きく、王都程ではないにしても立派な作りになっていた。石造りで陸屋根の頑丈そうな三階建て。
同じ辺境でも、森や隣国が危険過ぎて冒険者が少ないレッドヴァルトとは、やっぱり対象的だ。
――私は重い両開きのスイングドアを開けて、中に入った。