第六話 道程
馬車はその実用性皆無の見た目に反して、私たちを乗せて軽快に走った。
馬は、王家の馬車用に特別に訓練された馬で走りも安定しており、車体も貫革と板ばねが何重にも張られて揺れも少なく、座席も柔らかい素材で出来ていたので、疲れる事なく快適な旅となっていた。
馬車は二台。王子用の……私も同乗している白い馬車と、護衛の近衛騎士たち用の馬車。途中の街々で宿を取りながら、旅は続く。
王都を出て四日経った頃、不意に王子が独りごとを漏らした。
「ふむ……そろそろだな」
「何がですか?」
私が聞いた途端、刺突音と共に、車体を貫いて一本の矢が刺さった。
分厚い壁によってほとんど阻まれているものの、王子の脳天を目がけた一矢は、矢尻が頭を出して、先端は王子の頭に向けられていた。
「ここから先は、第二王子派の公爵領だ。……第一王子の俺がここを通るとなれば、当然……こうなるな?」
王子は矢尻を眺めながら、くっくっと底意地が悪そうに笑った。
「さあ、頼むぞ。『護衛の冒険者』殿」
「王子……最初からこうなる事、分かってたんですね?」
私が聞くと王子は当然だ、とわざとらしく足を崩し、座席にもたれた。
「王子は馬車の中で待ってて下さい」
「ふむ、分かった」
私は魔法剣を創リ出すと、馬車から躍り出て即座に扉を閉める。
これで、王子の安全は保てるかな? ……そう思った瞬間、王子が窓から顔を出した。
「王子……それじゃ、私だけ出た意味がないです……」
「特等席だな。また、お前の剣の冴えを見たいと思っていたのだ」
その間にも、矢が次々と飛んでくる。
三本に一本は当たりそうな矢があったけれど、私がそれを叩き落とす。
ほう……と息をつき、感心する王子。
「流石だ」
「だから、頭を引っこめて下さい……!」
さらに一本、二本と矢が迫る。
それらをすべて、王子に届く前に真っ二つにした。
「きちんと護りきれているではないか。あれ程の矢を、ことごとく剣で切って落とすとは……瞠目に値するな」
「もう、見てないで隠れて下さい!」
「しかし、このままではどうにもならん……剣だけでは本体に届くまい。さあ、どうする?」
王子が呟く。
その言葉を聞きながら、私は届かせる手段を考えた。
「なら……」
「ほう」
「《剣創世》! ……ここからは、私のヒーロータイムって事ね。不本意だけど」
魔法名を唱え、普段より頑丈で、普段より精度の高い剣を創り出す。
矢を払っていた剣を左に持ちかえ、右手で新しい剣を掴むと、私はその剣を思いきりぶん投げた。
以前戦ったワイバーン戦の要領だ。
精度の高い武器を創ったおかげで、狙った方向に正確に飛んでいった。
投げ飛ばされた剣が一直線に目指すのは、街道から離れた場所に生えている立ち木。王子を狙う刺客は、その木の奥に隠れながら矢を射っていた。
「ぎゃあっ!!」
叫び声が聞こえる。無事、手首に命中。
これでもう弓は使えないと思う。
「ほう……これは……」
王子も息を呑む。
そのまま馬車の周囲を警戒していると、並木の陰に隠れていた刺客たちが次々に現れた。その数、四人。全員、騎士のような姿をしている。
おそらく、この公爵領の騎士だろう。その中で、一人だけ体格が二回り大きい騎士がいて、大きな体に似合わない俊敏な動きをしている。彼だけは手強そうだ。
前を走る護衛馬車から、近衛騎士団が降りてきて応戦し始めた。
私はというと……。
「そこだっ! 《剣創世》っ!」
もう一方向、違う角度から狙いってたもう一人の弓師を、もう一度創り出した剣を投げて仕留める。
今度は上腕に当たっている。
弓師は二人共、体を隠しながら矢を射っていたため、当たるように剣を投げるだけで胴体以外に当たるので、無駄に殺してしまわないで済んだ。
「剣で弓をだと……この、化けものめ!!」
……なんて向こうで叫んでいる。
初対面の乙女を化けもの扱いだなんて、あとで捕まえてぶん殴ってやろう。そんな事を考えながら、左の剣を右に持ちかえ直して、騎士団の応援に向かう。
どうやら、三人は倒したものの、最後の一人に苦戦しているらしい。
「くっ……こいつ、賊の癖に……強いぞ!」
「こちらは四人、あちらは一人。四体一だ、囲んで戦うぞ!」
「では、私が後ろから!」
私は馬車の手前で戦っている騎士団を横切って、駆けた勢いも足して、本気の胴突きを叩き込んだ。
刺客の分厚い胴鎧と私の魔法剣が当たると、剣もろとも胴鎧が砕け散り、突きの勢いで刺客は後ろへと吹っ飛んだ。
更に、後ろから斬りかかろうとした味方の近衛騎士まで巻き込んで、まとめて吹き飛んでいき、数メートル先で二人共伸びてしまった。
あとは四人の敵騎士と、うずくまっている弓師二人を縄で縛って、討伐完了。
……化けものって言ってた奴には、平手打ちをお見舞いしてやった。
「王子、こうなる事が分かってたら、最初から迂回して下さいよ……」
「そこを護ってこその『護衛』だろう」
「そうですけど……」
ぼやく私の頭を、くしゃくしゃとなでる王子。
そのまま呵々と笑って、満足そうに私を見つめて言った。
「なら、よいではないか。久々に素晴らしき戦いも見れたしな」
「そんなあ……」
次からは戦いを見たいってだけで、こんな事をしないで下さい。
私だって命がけなんですから。
あとでそんな文句を言ってみたら……俺は『剣聖』殿を信頼しているからな、なんて軽くあしらわれてしまった。
そして、北への旅は尚も続く。




