第四話 登録
「登録を開始します」
冷静な声で、受付のお姉さんが私に告げた。
彼女はカウンターの下から、何やら金属プレートのようなものを取り出す。
それは、ドッグタグ――戦争映画に出てくる、識別用のプレートに形も大きさもよく似ていた。
さらに続けて小さな金槌と、沢山の金属棒を取り出す。
棒の先端をよく見ると、それぞれに違った文字が凸状に彫り込まれている。これを金槌で叩きつけて文字を彫るのだろう。
活版印刷の手作業版、みたいなものかな?
「まず、お名前ですが――『剣聖の姫君』ですよね?」
鋼の棒を打ちつけながら、お姉さんが聞いてくる。
私はそれを全力で否定した。
「違います! アリサ・レッドヴァルトです! 『剣聖の姫君』は皆が勝手に呼んでるだけです!」
「あ……もう、『剣聖』まで打っちゃいました……」
「えー……」
まさに、えー……だった。そういう事は、聞いてから彫って欲しかった。
じっと見つめると、彼女は咳払いをしてごまかす。
「ま、まあ……ほら、職業欄、職業欄ですよ。ちょっとずれちゃいましたけど」
「あの、『剣聖』が職業って訳でもないんですけど」
「えー……」
今度はお姉さんが渋い顔をした。
えー……と言いたいのは私の方だからね。
「ま、まあ……『剣聖』でもいいです。その替わり、名前はアリサ・レッドヴァルトで」
「かしこまりました」
慣れた手つきで、次々と文字が刻印される。
少しの手違いはあったものの、寸分の狂いもなく文字が一直線に揃っている。
やはりプロ、優秀だ。
「ところで、職業っていうのは?」
「あ、職業についてですね。単に『冒険者』だけでは何を得意とするか分からないため、便宜的に細かい職業を決めるんですよ。……ちなみにギルドでは、それを『クラス』と呼んでいます」
説明をしながら、名前がすべて打ち終わっている。
「魔法使いですとか、戦士ですとか、治療師ですとか。本来は登録時に自由に決める事が出来るのですが……申し訳ありません」
てへぺろといった感じで、舌を出して謝るお姉さん。
私、何かやっちゃいました? ……と、言いたげな表情だ。
打っちゃったものは、しょうがないよね。
「この刻印は非常に精巧に出来ていまして、偽造が出来ない仕様となっております。ですから、このプレートが身分証明書にもなるんですよ」
「へー」
「下の空いているスペース……ここですね。ここに星型の刻印を打ち込む事で、依頼の達成を示します。失敗でしたら、バツが付いた星を刻印する事になります」
お姉さんは適当なプレートを取り出すと、実際に打って見れてくれた。カアンという小気味よい音を立てると、プレートには星が刻印されていた。
「この星型は特に精巧な形状となっておりまして、似たような跡をつけて依頼達成数を水増しする……といった事は出来なくなっております」
咳払いをして、私をちらりと見た後、彼女は言い直す。
「流石に、『剣聖』様が不正をする……などとは微塵も考えておりませんが、規則ですのでご説明させて戴きました」
「はい、大丈夫です」
「この星が十個貯まれば、ランクアップ試験が受けられるという仕組みです。……最後にランクを刻印しますね」
今まで出していた沢山の小さな棒を片付けて、今度は大きめの棒を取り出した。
金槌を高く振り上げて、力強く叩きつける。
そう……この瞬間から、Fランク冒険者になった私は少しずつ実績を積み上げて、ヒーローであるAランクへと登りつめるんだ。
「はい、出来上がりました。これで『剣聖の姫君』も、今日から冒険者です!」
冒険者の証であるプレートを渡され、晴れて冒険者に……って……えっ?
そのプレートを見た時、私は目が点になっていた。
「あの……」
「はい?」
「これ……ランクの所に『S』って彫られてるんですけど」
「はい、Sランクですよ? 『剣聖』様がFランクのはず、ないじゃないですか」
「ええええーっ!?」
思わず立ち上がって、力の限り叫んでしまった。
何事かと近くにいた他の受付や、冒険者たちがこちらを覗き見る。
そう、私のプレートにはこの世界の文字で、大きく『S』と刻印されていた――。
「先程、きちんと申し上げましたよね? Sランクは伝説の勇者や、武王、大賢者がなるものですと。『剣聖』ともなると、当然、ランクは『S』しかありえません!」
「あのー……皆、『F』からこつこつとやっていくんじゃ……」
「まあ、一般の冒険者でしたらそうですよね。ですが、『剣聖』様は特別ですから」
「特別扱いされても……」
「王都を救った英雄が何を仰います」
いや、あれは突っかかってきた相手をやっつけただけで、王都を救った訳じゃないから。
「まさに、Sランクに相応しい大活躍でしたよ!」
う、うん。仕方ないか……。
Sランク……がんばって理想のランクを目指す楽しみが……。
「これで登録は完了となります。早速、依頼をお受けになられますか?」
「あっ……はい。じゃあ、簡単な魔物の討伐とか、雑用とかありませんか?」
「ありません」
今、なんて?
ありませんって、クエストボードには沢山依頼が貼ってあったよね。
私はボードのある壁と、お姉さんを何度も見返した。
「仮にも『剣聖』様に雑務や雑魚討伐など、やらせる訳には参りませんから」
「えっ……」
「それに、Sランクの最上位冒険者が、Fランクの新人冒険者の仕事を取るのは、あまりよろしい事とは言えませんね」
「私も新人なんですけど……!」
「新人以前に『S』ランクですよ。ランクに相応しい仕事をして下さい。例えば、私も見た事はありませんけどドラゴン退治ですとか、今は平和ですけど魔王討伐ですとか」
「竜退治や魔王討伐の依頼は……?」
「今のところ、ありませんね」
きっぱりないと答える職員の鑑。
そこにはプロ根性を出して貰わなくてもいいんですけど!
冒険者になれたものの、初日から仕事が一つもない――!
……プレートだけ受け取った私は、とぼとぼと宿へと帰る事にした。