第二十九話 異世界に転生したら、『剣聖の姫君』と呼ばれるようになりました。
「ちょっと待ったあっ!!!」
その声は、聞き慣れた声。
彼の怒声に、まるでモーゼの十戒のごとく人垣が左右へと割れていく。
全身鉄鎧の姿に、大剣を構えた三人組。
シュナイデン、ヴァイサ、そして……あと、誰だっけ?
……が、私たちの前へと歩み出る。
三人とはいえ、武装した集団相手に市民たちは恐怖し、彼らから遠ざかった。騎士団は彼らに対して、下馬して抜刀。いつ、街を巻き込んでの闘争になってしまうか、一触即発の空気が流れた。
「いつもいつも、俺の前に立ちはだかって邪魔をしてくれたな!」
邪魔って、いつも突っかかってきたのはあんたでしょ。
「それに、王太子殿下に色目を使って、こんなパレードまで……」
色目なんか使ってないから!
「王太子殿下の口利きで、騎士以上の『剣聖』の称号まで……この卑怯者め!」
口利きじゃなくて、本当に勝ったから貰えたんだけど。
「今日こそは、俺の正義の剣で成敗してやる!」
「そうだそうだ! シュナイデン様こそ正義!」
「このままじゃ、済まさねえ! 貴族のプライドに賭けてなぁ!」
えー……。
ずるい事ばっかりしてたのって、そっちじゃない。
なんで、私のせいになるかなあ……。
しらける私、突然の事に頭が追いつかない王子。
騎士団は王子からの捕縛、討伐命令をじっと待っている。
しばらくして、はっとした表情になった後、頭を振って王子は正気を取り戻す。
「王室近衛騎士団に命令する。この狼藉者どもを捕らえよ!」
手を前へかかげ、号令する王子。
その声を皮切りに騎士たちが三人に駆け寄っていく。
「はっはっは……俺たちが何の用意もなく、こんな所に来るとでも思ったのか? ……切り札はこちらにあるのだ、いくぞ!」
シュナイデンたちが、懐から何か四角い物体を取り出した。
大きさは、前世で見たパズルキューブと同じ大きさ。
あの、色を六面揃える玩具とそっくりだ。
それとの違いは、見える面全てに魔法陣と呪文がびっしりと描かれている事。そして、上から三分の一の場所で上下に分割され、上と下では、その図柄が左右隣の面に向かって一つずつずれている。
完成したパズルキューブの、三かける三の上一列だけをわざとずらしたような、そんなデザインだった。
「これが最新の魔導具、『変身方体』だ! 我が、魔導具の威力を見よ!!」
シュナイデンが、そのパズルを完成させるように、魔導具の上三分の一を回す。
合わせて、他の二人も同様に回した。
「「「獣王変身!!!」」」
彼ら三人の体が光を放ち、取り囲もうとしていた騎士団は全員、光に弾かれて四方へと吹き飛ばされてしまった。控えていた後続の騎士たちも、巻きぞえにされて吹き飛んでいった。
その衝撃で、ほとんどの騎士は気絶するか、倒れて鎧の重みで起き上がれなくなっていた。
やがて、光が消えるとそこには、人から獣へと姿を変えた三人が立っていた。
体も一回り大きくなって筋肉も付き、今まで両手でやっと抱えいてた大剣を、軽々と片手で持ち上げている。
「イーグル獣人!」
そう叫ぶと、シュナイデンが両腕を広げ、大空を羽ばたくポーズを取った。
実際に飛べる訳じゃないけれど。
「シャーク獣人!」
ヴァイサも叫び、上下に開いた手を顎に見立て、噛み合わせるポーズになった。
そして……。
「ライオン獣人!!」
……ライオン?
ライオン獣人。
その一言に、私は怒りの叫びを上げた。
「……イーグル、シャークって言ったら、次はパンサーでしょおおおぉっ!!!」
これだけは譲れない。イーグル、シャークといったら、次はパンサーだ。
私の中の戦隊魂が震え、心の底から叫ぶ。私が生まれる前に活躍していた戦隊は、イーグル、シャーク、パンサーなのだ。
私は涙をあふれさせ、痛い程に拳を握りしめた。
そして何よりも……。
「なんで……なんで、あなたたちが私より先に戦隊を組んで、変身までして……」
私の心が、体が、どうしようもない程の怒りで震える。
「格好いいポーズまで取ってるのよおおぉぉーっ!!!」
私が、この世界でなるはずだった……戦隊。
仲間を揃えるのも、変身も、決めポーズもすべて、こんな奴らに先を越されてしまった。
本当に、本当に、本当に……許せない!
無言で魔法剣を出す。
刃引きにする余裕もない程に、頭に血が上っていた。
……純粋に抜身の刃。加減をしてやるだけの優しさや冷静さは、今の私には微塵も残っていなかった。
「謝ったって、絶対に許さないんだから……!」
涙を腕で拭って、剣を構える。
そして構えたと同時に、一気に駆け込んで三人目を貫く!
「な……なんだ、今のは……? 鷲並に目を強化された俺の目でも、全く動きが追えなかったぞ!」
「早い……!」
三人目は、シュナイデンとヴァイサの二人が瞬きをする間に片付けた。
本気の突きで、十メートル先にある建物まで吹き飛ばすと、無様に壁にめり込んでいた。まだ収まらぬ怒りを剣にぶつけるように、血もついていない剣を振った後、そのままヴァイサの下へと疾走する。
今の一撃を見てすっかり怯えてしまっていたヴァイサが、大剣を縦に構えて身を庇っている。私はその大剣を叩き折り、返した剣の腹で、思い切り鮫の体を叩き飛ばす。
ヴァイサは三人目とは逆方向に飛んでいき、十メートル以上離れた壁を粉々に粉砕して、建物の中へと突っ込んでいった。
残るは、一人。
シュナイデンは抵抗のつもりか、『鳥獣剣』の柄を捻って蛇腹剣を展開し、がむしゃらに鞭となった剣を振り回す。
「はーっはっはっ! これなら近づけまい!!」
武器の力で勝利を確信して、笑っている。
そんなシュナイデンの策など意に介さず、私は全ての鞭撃をことごとく避ける。金縛りにさえ遭っていなければ、私にはこんなものいくらでも避けられる。
駆け込みながら避け、鞭が五往復もしない内に近付いて、胴への突き。
同時にそのまま駆け抜ける。
最初の模擬戦と同じ決め手だ。
私は振り向き、無様に尻餅をついている彼の喉元に剣を突き付けた。
彼は、あの不正試合の最後のように私の闘気に恐怖し、剣を手放してしまう。
「ヒッ……ヒィッ……!」
鷲に変身して精悍になったはずの顔を歪ませ、今にも許しを請わんとするシュナイデン。私は無言のまま、彼を縛り上げる。勿論、ヴァイサたちも。
そして、三人を一個所に放り投げて――。
「《剣創世・刃引きの剣》……! ここからは、私のヒーロータイムの始まりよ!」
刃の付いた剣を捨て、新しく作った剣で三人を殴りつける。
これだけの人に迷惑をかけて、怪我人まで出して。何より、私より先に変身してポーズまで決めて。……この事は、絶対に許さない。
私は三人を滅多打ちにした。何度も、何度も。そう、何度も何度も。
……やがて魔導具の効力が切れ、変身が解けてしまっても彼らを打ち続けた。
「そ……そろそろ、勘弁してやってはどうだ? 流石に、これはあまりに惨過ぎるのでは……」
血の気が引いた表情で、王子が私を止めようとする。
肩を掴まれて我に返ると、目の前には痣とコブで、元の顔が分からなくなってしまっている三人の姿があった。
本来なら、反逆罪で死刑! ……と言うべきはずの人が止めるなんて、私は一体、どれだけの間、八つ当たりでこの三人を殴り続けていたんだろう。
辺りを見渡すと市民や、気絶していなかった騎士たちまでもが、まるで残虐な暴君でも見たかのような表情で、遠巻きに私を見つめていた。
途端に恥ずかしくなった私は、魔法剣を投げ捨てて、両手で真っ赤になった顔を隠した。……そんな私の肩を抱きしめ、王子が今の出来事をごまかすように宣言する。
「『剣聖』アリサ・レッドヴァルトが、この狼藉者どもを倒したぞ!」
それまで恐怖で静まり返っていた広場が、一拍の間を置いた後、せきを切ったように大歓声へと変貌した。そして、民衆や騎士たちが私を取り囲んで口々に私を讃え始めた。
「おお、アリサ様万歳!」
「『剣聖』万歳!」
「『剣聖』様万歳!!」
「美しき姫君万歳!!」
「強き姫君!」
「最強の姫君!!」
「もう、これは『剣聖の姫君』だわ!」
不意に誰かが、そんな事を言った。
何、その呼び辛そうな名前……。
「え? 『剣聖の姫君』?」
「だって、『剣聖』でお姫様でしょ。だから『剣聖の姫君』!」
「そうだな……『剣聖の姫君』万歳!」
何その、すっごいマシンに乗ってきた男だから『マシン男』みたいな、一昔前のヒーロー理論。
それでも、その呼び名に賛同する声が次々と上がった。
その名を誰もが復唱し、賛美する。
「『剣聖の姫君』万歳!!」
「『剣聖の姫君』万歳!!!」
「『剣聖の姫君』!」「『剣聖の姫君』!!」「『剣聖の姫君』!!!」
私は――。
異世界に転生したら、『剣聖の姫君』と呼ばれるようになりました。