第二十八話 行進
私はおそるおそる国王様に尋ねた。
「あの……私、不敬罪で死刑になるんじゃ……」
「不敬罪などと、何を仰るか」
国王様は、大げさに首を横に振りながら答える。
「むしろ、『剣聖』様を死刑にする事こそ不敬。この大陸で……いや、この世で唯一人、世界最強、一騎当千、世に並ぶ者なしの剣士……『剣聖』を誰が死刑に出来ましょうか」
「い、一騎当千って……私みたいな小娘に買いかぶり過ぎじゃ……」
「いえいえ、『剣聖』とはそういうものなのです」
さすがに、一騎当千は言い過ぎじゃないかな……。
だって私、前の人生では剣道三段よ?
三段っていったら、未熟も未熟だから。
それは置いておいて、結局、死刑……は私の勘違いだった訳ね。
勘違いから一転、祭り上げられた事で安心した私は、今日一番の重大事を思い出す。
「あ……そうだ! 卒業式。今日、騎士学校の卒業式があったんです! ……私の卒業は、叙勲はどうなるんでしょうか!?」
「それでしたら、卒業資格は既にお持ちですので、式なしでも『卒業』として取り計らいましょう。また、騎士の称号ですが……本当に、ご必要でしょうか?」
バッカス宰相が一歩前へ進み出て、私に答えた。
そう言われてみれば、世界最強……だから、騎士の称号なんてあってもなくても一緒か……。
「どうしても必要……と仰るなら、王国騎士の印である徽章を後日、近衛騎士にでも届けさせましょう」
「あ……ありがとうございます……」
お礼を言う私にかぶせるように、宰相がコホンと咳払いをした。
そして、まるで自身の自慢であるかのように、胸を張ってこう続ける。
「ま、『剣聖』様には大陸内の全ての国で、最低でも伯爵以上の爵位が保障されますし、相応の土地が与えられると決まっておりますから……」
「なんですか、それ!?」
「なにぶん、『剣聖』様ですから。どの国も世界最強、一騎当千を欲しているのですよ。爵位も土地も、そのための根回しですな」
「ええー……。『剣聖』になった上に、いきなりお貴族様ですか……?」
「元から辺境伯のご令嬢でしょう」
「……あ」
すっかり忘れてた……。
恥ずかしい。
この微妙な空気をごまかすため、今度は私が咳払いをする事になった。
「……え、えーと……」
真っ赤になりながら私は、マスター・シャープさんに尋ねる。
「たった一度、試験の試合で負けただけで……『剣聖』の地位を譲ってしまってもいいんですか?」
ふさふさした髭をなで、マスター・シャープさんはにっこりと微笑んだ。
そして、ゆっくりと口を開く。
「試合といえども、あれはワシの全力だったんじゃよ」
全力――だから、私にだけ容赦がなかったんだ。
「最高の奥義に、搦め手まで使って負けたのじゃからな。十分過ぎる負けじゃわい。何よりも……じゃ。一度でも負けたのなら、もう『最強』とは言えんじゃろ?」
彼は一呼吸置いて、言い聞かせるように話した。
「『剣聖』は、お主のものじゃよ。――では、これを受け取るがよい!」
彼が昨日、杖替わりに使っていた剣を私に手渡した。
「これは初代剣聖が、伝説のドラゴンを討ったとされる聖剣『レガシードラゴンスレイヤー』じゃ。剣聖は代々、これを引き継いでおる。次はお主の番じゃよ」
「え、えーと……ありがとうございます……」
「なあに、ただの切れ味が良いだけの剣じゃ。あまりかしこまらんでも良い」
「は……はい……」
受け取って、それを腰に差す。
先程着せられた衣装と聖剣。戦隊でたまに登場する、剣士系の戦士っぽい。
なんか今の私、格好よくない?
もしこの部屋に姿見があったら間違いなく、鏡の前でくるくる回ってはしゃいでいただろう。とりあえず、剣を抜き放って高くかざし、格好をつけてみた。
「私はこの剣に、この称号に恥じない戦た……剣士になる事を誓います!」
それにしても『剣聖』って……。
なんだか、凄い事になってしまった。
「さあ、パレードだ!」
国王様が軽く片手で背中を押して、私を城の外へと導いた。
§ § § §
……そして今、私はパレードフロート――分かりやすく言うなら、パレードの『出車』に乗せられている。
沢山の市民たちに見守られながら、右に左に手を振る。
ゆっくりと歩くような速度で動く背の高い山車には、無駄に六頭もの白馬が繋がれており、派手な台座に私と王子が座らされていた。市民から手を振られるたびに、私たちも振り返す。
そして、山車の前後には王室近衛騎士団総出の軍馬の大行進。よくぞ、これだけ沢山の軍馬を、今日一日のためだけに集めたと思える程。その軍馬全てに、厳しく訓練された騎士たちが跨る。
大軍でありながら縦横に整然と並び、進軍する隊列はとても壮観。
……私のパレードでなければ。
一体、どうしてこんな大事になってしまったんだろう。
私は確かに目立ちたい。でも、それは『戦隊』として。
今みたいに、見世物として目立つために頑張った訳じゃない。
前の人生で目指した、スーツアクター――戦隊の着ぐるみに入る役者は見世物じゃないのかと聞かれたら、少しだけ返答に困ってしまうけど。
パレードの仰々しい隊列は、城門から城下町の大広場へとまっすぐと向かった。
「よく似合っているぞ」
道中、山車に揺られて手を振りながら、王子が小声で囁いた。
まっすぐに褒められて少し照れながらも、私も小声で答える。
「……あ、ありがとうございます……」
「晴れの舞台に相応しい。俺が城下一番の仕立て屋に、超特急で作らせた特注品だ。気に入って貰えて、何よりだ」
「……えっ」
「この服のデザインも、生地の指定も全部俺だ」
知りたくもない王子の意外な一面を知ってしまった。
「それに……この服は、ミスリルを細く束ねた糸を織り込んで、防御面も万全だ。常に戦っているお前には、ぴったりの服だろう?」
「ミ……ミスリル!」
そう、ミスリル。魔法銀とも灰銀とも言われる、非常に希少な金属。
その価値は白金よりも遥かに上で、小指の先程度の欠片でも金貨が何百枚も飛んでいってしまう、そんな最高級素材だ。
それが、織り込まれている? この服に?
一体いくらするの、これ。
「あ、あの……あの……王子」
「なんだ?」
「これって、凄くお高いんじゃ……」
見た目も素敵だけど……見た目以上にお値段が、別の意味で素敵過ぎる。
私が服の胸元を軽く引っぱって尋ねると、王子は笑ってこう答えた。
「新たな『剣聖』の誕生を祝うのに、わずかばかりの金を惜しんで何が王族か」
「それって、税金の無駄遣い……」
「国民一人一人の金が、この国から生まれた新たな『剣聖』の命を守る鎧となるのだ。民も皆、手放しで喜ぶだろうよ」
「本当ですか……それ」
「うむ。見るがいい、この民たちの笑顔を」
そう言われて、私たちを囲む人々の顔を見た。誰もが喜び、すべての人が笑顔になっている。中には、お姉様ー、なんて叫んでる人もいるけど……。
でも……これって、なんのパレードか分からないまま、お祭り気分で参加してる人がほとんどでは?
「どうしても納得出来ぬと言うなら、軍事費だとでも思うといい。剣聖は唯の一人でも、国防の要となるからな」
「えー……」
「嫌なら、ここで脱ぐか?」
「さすがに、それはちょっと……」
私たちの内緒話をよそに、パレードは続く。
§ § § §
城下町の中央広場で山車が止まると、王子が立ち上がって声を上げる。
「皆の者! よくぞ集まってくれた」
王子を国を讃える大歓声が全方位から聞こえる。
「今日は我が婚約者、アリサ・レッドヴァルトが、『剣聖』の称号を得ためでたき日だ!」
えっ……ちょっと、婚約者!? 王子、今、婚約者って言った?
驚いて私も立ち上がる。
するとそこには、街中の市民たちの喜ぶ顔が見えた。
とても、違いますだなんて言えそうにない雰囲気。
叫びたい衝動をぐっと飲み込んで、仕方なくそっと小声で――。
「……王子、今、婚約者って言いませんでした……?」
「うむ。言ったぞ」
王子は囁き声で返した後、また声を大にして演説の続きを始める。
「今立ち上がった美しき乙女こそが、我が婚約者、アリサ・レッドヴァルトだ!」
また言った! 私は、驚愕の表情で王子を凝視した。
「彼女は若くして、最高位の剣士である『剣聖』を倒し、今代の『剣聖』となった! 皆、我が婚約者に喝采を――!」
三度目。ここで否定したら、私が完全に悪者じゃない……。
王子め……謀ったな……。
「王子っ……私、結婚の話、お断りしましたよね……?」
「これなら、流石のお前も断れまい?」
「くっ……!」
小声で囁きあう私たちを見て、市民たちは仲睦まじい二人だと祝福する。
これは完全にはめられた。もう今更、訂正する事も出来ない。
……なんとかして婚約をなかった事にしないと、お妃様にされちゃう!
私の『戦隊』の夢が……!
私がああでもないこうでもないと必死に対策を考えていると、そこにパレードの雰囲気に水を差す一団が現れた。
彼らはパレードの前に立ち塞がり、大声で叫ぶ。
「ちょっと待ったあっ!!!」