第二十七話 王城
私が女神様に祈っている間に、無情にも馬車は王城前に到着した。
もし、これが普通に王城を観光していい、という話なら、この王城の大きさや荘厳さに驚き、心躍らせて見ていただろう。
しかし、今の私は死刑囚として断罪されるその道行きの途中だ。
心臓こそ高鳴っていても、その高鳴りは極度の緊張と恐怖によるものだった。
むしろ王城の荘厳さは、私にもう終わりだという絶望を突きつける、私を逃さないための強固な監獄の壁に見えた。
§ § § §
正門をダグラスさんの顔パスで通り、馬車は居館の手前で止まる。
彼に促されて馬車を降りると、何人もの侍女たちが私の周りを逃さんとばかりに囲い、その一室へと連れていく。
ダグラスさんはその時点で役目を終えたのか、別の場所へと去っていった。
割と豪華な部屋に通されると、侍女たちに着替えをさせられた。
他人に着替えさせられるのは三年振り。最後のお貴族様気分を味あわせてくれるという計らいなのだろう。
これから着替える服は、おそらく囚人服。
今日か、それとも明日かは分からないけれど、私はそれを着て断頭台に上がり、この首は近いうちに体と離れる事になるだろう。
卒業式に赴くために着ていた制服が、三人がかりであっという間に脱がされる。替えの衣装が運ばれ、それを着せかえ人形のように着せられる。
下着にレギンスのようなボトムス、その上からフリルのペチコートにスカート。スカートは丈が短いけれど、ふわりとしたラインで、決して下品ではなく清楚にすら見えた。
レギンスはこの世界にもかかわらず、目の細かい編物となっていて、足の動きを妨げないつくりになっている。
レギンスと同じ肌ざわりと伸びを持つタイツ。
つま先から太腿までの長さで、厚手のニーハイストッキングといったところ。
トップスと合わせて、私の古傷――火傷痕や傷痕をほとんど、首元と、スカートの隙間程度のわずかな個所をのこして、隠してくれた。
トップスは着心地のいいブラウスと、その上からデザインの良いジャケット。
このジャケットはまるで戦隊が毎年おそろいで着ていたジャケットのような、赤地に白と黒の差し色が映える洒落たデザインで、ややシンプルながらもスカートとの釣りあいも取れ、とても囚人服には見えないものだった。
私は、この服を本当に気に入ってしまった。
これを着て死ねるなら、本望かな。
その上から片側だけのマントを羽織らされ、いくつかの装飾品も着けられる。
……えっ、装飾品?
どうして囚人服に装飾品がつくんだろうと不思議に思っていると、指示を出していた一番偉そうな侍女が口を開いた。
「さあ、王様がお待ちですわ。謁見の間にお越し下さい」
謁見の間? 地下牢とかじゃなくて?
侍女たちとも別れ、訳も分からず混乱した頭で言われた通りの廊下をたどり、謁見の間へと向かう。
王様に謁見? 死刑囚の私が?
私、何かやっちゃいました――どころか、それ以上の何か途方もない怒りを買ってしまった?
謁見となったからには、最後の最後で粗相をしてしまわないよう、最敬礼の練習をしておかないと。
途中の廊下で膝を突き、頭を深々と下げる練習を二、三度する。
すると、ぷぷっと噴き出す声が聞こえる。何の音かと周囲を見回すと、口に手を当てて笑っている廊下の左右二組の鎧。
廊下を飾るただの鎧だと思っていたものは、城内警護の衛兵だった。
私は慌てて立ち上がり、逃げるような足取りでその場を去った。最後なのに、恥ずかしい――頬をジャケットのように真っ赤にして廊下を歩く。
謁見の間にたどり着き、扉前の衛兵が二人で重々しい扉を開ける。
ここで私の人生は終わる――。もう覚悟を決めるしかない。
§ § § §
扉の中に入ると、断頭台に登るような気持ちで、赤いビロードの絨毯を一歩、また一歩と踏みしめる。
私の緊張と恐怖は最高潮だ。
広く豪奢な部屋の奥では、既に国王アックス・ギル陛下が玉座で待っていて、左右には手前に向かってずらりと、誰がどう見ても偉そうな人たちが並んでいた。
王子に、近衛騎士団長ダグラスさん、それと御前試合で見かけた王子の側近らしき緑髪の侍女。今回、彼女は髪色に合わせたドレスを着ている。
王子の隣には、十にも満たないような、しかし豪華な衣装を纏った少年。多分、第二王子だろう。
更に、最終課題で試合をしたお爺さん。やっぱり偉い人だったんだ。
女神教では法王の次とされる枢機卿猊下。それに、この国の政治を司る宰相閣下。確か、インサン枢機卿とバッカス宰相。
それに三公と呼ばれる公爵たち。デラツェイ公爵、タイラント公爵、サツリーク公爵。その上、公爵を束ねるバリゾォク大公まで。
これだけの重鎮が揃うなんて、どれだけ私は悪い事をしてしまったんだろう?
国王様との謁見では、あの位置まで歩いて最敬礼をするんだよね……と、頭の中で最終確認をして、さらに歩を進める。手と足が揃って出てしまっていないか、考える暇もない程に緊張して。
私が部屋の中央まで歩くと、国王様が立ち上がり、降りてきて私の下へと歩み寄った。他の権力者の面々も私に向かって歩いてくる。
そして、私を円形に取り囲むようにして、告げた。
「おお、アリサ・レッドヴァルト」
国王様が膝を突いて、頭を下げる。それにならって全員が私の前に跪いた。
「新たな『剣聖』の誕生を、お慶び申し上げます――!」
え?
え……?
えええええーっ!?
私が『けんせい』?
一体、どういう事――!?
「あっ……あのっ……頭と足をお上げ下さいっ! ……何かの間違いですよね?」
私に言われたから従ったかのように、立ち上がる国王様。
そして国王様は、いかつい顔つきに似合わない笑顔で、にこやかに微笑んで答えれくれた。
「間違いも何もあるものですか」
両手を広げ、大げさな身振りを交えて国王様が言う。
「貴女は、先代剣聖マスター・シャープを下して、剣聖になられたのですよ」
「本当に何かの間違いです! 剣聖なんて下してません!」
「いいえ。ほら――御覧下さい」
国王様が手を差し伸ばすと、その先には昨日のお爺さんがいた。
「彼こそが、剣聖マスター・シャープ。彼に勝利した貴女こそ、次代の『剣聖』なのです!」
「嘘……でしょ……」
「嘘などあるものですか。さあ、新しい剣聖様を祝うパレードだ! 盛大に祝うぞ!!」
信じれないといった私の言葉を否定して、国王様が高らかに宣言した。
パレード!?
たった一回、お爺さんとの試合に勝っただけで、なんでこんな大げさな話になっているの?
……っていうか、私、不敬罪で死刑になるんじゃなかったの?