第二十五話 合否
結果、先に剣を突きつけていたのは――私のほう。
お爺さんが勝利を確信して大きく振りかぶった隙に、もう一本の魔法剣をとっさに創り出し、逆の手で彼の喉元に突きつけた。
丁度、二年半前の王子との戦いの結末がそのまま再現される形になった。
王子戦との違いは、しっかりと喉の手前で止める事が出来た点。
すでに一度やっていた事なので、今度はぴたりと綺麗に止める事が出来た。
「『無詠唱に気をつけろ』とは、この事じゃったか……。王子め、説明というものは最後までするもんじゃぞ……」
お爺さんが小さな声で呟く。
今、『王子』って言った? 《剣創世》が魔法だって知っていたのは、下調べじゃなくて王子から聞いていた……って事ね。
「参った。ワシの負けじゃ」
彼は大上段で止めていた剣を落とし、そのままもう片方の手も上げて『降参』の姿を取った。
一拍遅れて湧き上がる他の生徒たちからの大歓声。
教官も信じられないといった面持ちで見ている。
やがて、お爺さんはその場に腰を下ろして話し始めた。
「アリサ・レッドヴァルト……じゃったか? お主、本当に強いのう。先々代のカォール・レッドヴァルトを思い出す剣の腕じゃった」
先々代……?
私も話でしか聞いた事がないひいお祖父様の事を、彼は知っているようだった。
「曽祖父の事、ご存知だったんですか?」
「ああ。奴はワシの好敵手とも呼べる奴でな。まだ、ワシとの勝負がついておらんと言うのに、先におっ死んでしまいおって……」
「すみません……」
「なあに、お主が謝る事ではない。剣筋こそは新しいが、お主の剣に懐かしさを感じたわい」
「ありがとうございます」
「なあに、礼を言うのはワシのほうじゃよ」
必要ないとも思ったけれど、お爺さんに手を差しのべて彼を引き起こす。
「さて、老兵は去るとするかの……」
そう呟くと、お爺さんはゆったりとした足取りで出口へと向かっていく。
「先程、奥義を受けきったのは二人、と言ったじゃろう? ……一人目はカォールじゃよ」
少しだけ振り返ってそう言った後、嬉しそうな高笑いをしてお爺さんは演習場を後にした。
それを全て見届けた後で、はっとした表情で教官が手を上げる。
「勝者――アリサ・レッドヴァルト!」
再び歓声が沸き上がる。
気恥ずかしいけど、皆から胴上げまでされてしまった。
……でも、気になる事が一つだけある。
「ところで教官……私以外みんな負けちゃいましたけど、卒業はどうなるんですか?」
胴上げ中の皆の顔が一斉に凍りついた。
急に全員の動きが止まり、私を取り落とす。そのまま私は背中とお尻を床に叩きつけられ、その痛みにあいたたたとお尻をさすった。
固まった状態が解けて、皆が動揺し始めた。
おろおろと慌てふためく生徒、その場に崩れて泣き始める生徒、女神様にお祈りを始める生徒――反応はさまざまだったけれど、皆に共通していたのは『負けてしまって不合格』という結果に絶望している事だ。
「ん? 試験は全員合格だぞ?」
「「「えっ?」」」
教官のとぼけた声に、全員が揃って疑問の声を上げた。
口を開けたままぽかんとしている生徒たちに向かって、教官は尚も続ける。
「この最終試験は、お前たち全員の心構えを鍛えるための、最後の授業だったんだ。体も技もこの三年間で鍛えきった。最後に必要なのは……心だ」
腕を組み、首を大きく縦にうんうんと二度振って、さらに話は続く。
「第一課題では、民を守る事の大切さと、命を奪う覚悟を教えた」
教官は、いつもの講義のように左右に歩き始める。
「第二課題では、何もない極限状態からでも生き抜く、芯の強さを鍛える目的だった。……まあ、今年はハプニングで中断したが……な」
最後に指を皆の方に向けて、少し強めの語調で言った。
「最後の第三課題では、お前たちが慢心しないよう、屈強の騎士に頼んで全員を打ち負かして貰う……というのが目的だったんだが……まあ、予想外の事が起きてしまったな」
生徒の間から、くすくすと笑い声が聞こえる。
「それでも、あえて言わせて貰おう。――慢心はお前たちの剣を鈍らせ、たやすくお前たちの命を奪う。この事を肝に銘じ、今後は油断したりせず、修行を怠らぬように!」
そして、コホンと咳払いをして締めくくる。
「以上で最終試験は終了だ! 皆、明日の卒業式には遅刻しないように!」
教官のその言葉と共に、生徒たちから一際大きな、怒号にも似た激しい喝采が湧き上がった。
これで私たちは卒業。
皆、騎士に叙勲されて、私も『冒険者』になれる……はずだった。