第二十四話 本気
「君で最後だ。アリサ・レッドヴァルト」
「はい!」
私も起立し、前に進み出る。
「《剣創世・刃引きの剣》……!」
魔法の長剣を創り出し、それを最初から両手で平正眼に構える。
平正眼は、体の正中線をしっかりと保って中段に構えた、剣道で最も基本の構え。上段に対して有利とされている。
私も最初から本気だ。
アクロバティックな技を狙って勝てる相手じゃない。
「ほう……それが、噂の《剣創世》かの?」
「……はい」
隙を見せないようにお爺さんを強く睨み、たった一言の返事も慎重に答えた。
私の《剣創世》を知っている。下調べも抜かりなし、といった感じだ。
彼を知り己を知れば百戦殆からず……だったかな。
彼の老練で鋭い視線が、私の気迫を正面から叩き伏せるように返し、合図が聞こえる前から試合は始まっていた。
「ふむ……これは。ワシもちょいと本気を出すかの」
「お願いします。負けるよりも、手加減される方が悔しいですから」
「言いよる」
曲がった腰を反らして、かっかっかと笑うお爺さん。
すぐに片手正眼に姿勢を戻して、再び私に眼差しをぶつける。
「では、お互いよろしいか? ……始め!」
教官のかけ声が響く。
しかし、私もお爺さんもわずかたりとも動かない。
どうしたんだとざわめく生徒たち、二人の気の張りを察して黙り込む教官。
私の張り詰めた正眼に対して、お爺さんは自然で余裕の構え。
多分、実力ではお爺さんの方が数段、いやもっと上。
隙を見せないようにするだけで、私は手一杯だった。
そのまま数分、両者全く動かない状態から、最初の一手はお爺さんから。
剣を出さずに、口で。
「どうした? 来んのか?」
その一言に逆上するような私ではないが、たった一言の無駄口でも負けが決まるこの戦いで、隙を作らないように構えに精神を集中させながら、私はやっと一言だけ紡ぎ出した。
「行きます!」
その一言と同時に間合いを一気に詰め、斬りこむ。
わざとがら空きになっている頭に、面を放つ。
「《神速》」
これが本物の神速だと言わんばかりに余裕で面打ちを避け、攻守が入れ替わる。
振り下ろしから戻すわずかな隙に、回し込むように長剣を鞘ごと打ってきた。
身を捻って躱すも、その一撃が脇腹をかすめる。
鍛え上げられた老騎士の攻撃は、鞘での打撃がかすっただけでも凄まじい威力で、私の脇腹に鈍い痛みが走る。
その鈍痛をむりやりに精神力で抑えこんで、崩れた姿勢を戻す。
戻そうとするその頭に、大上段からの一撃。
無理な姿勢でかろうじて受け止める。流す余裕すら与えてくれない。
その後も、何合か老騎士の攻撃が続いた。
攻撃倍化や神速のスキルを一切使わないままでも鋭く、絶え間ない攻撃の合間をやっと見つけ、打ち返す。
「《後の先》――!」
後の先!? そんなスキルまであるなんて。
極意とも呼べる戦い方がたった一言宣言するだけで出来るなんて、ずるくない?
スキルによる無駄のない動きで、私の全力の一撃が受け流され、それによって崩れた姿勢に、老騎士が鋭い一撃を打ち込んでくる。
また数合、彼の剣をぎりぎりで受け止めると、悪戯じみた声でお爺さんが囁く。
「ほっほっ。中々やりおるわい。……では、もう少しだけ本気を出すかの」
あれだけの攻めで、まだ本気じゃなかった?
私は軽い絶望を感じながらも、次の攻撃に備えて身構えた。
一瞬だけ、彼が攻撃の手を止める。――が、隙が全くない構えで、私は反撃をしあぐねてしまった。
彼はそんな私の戸惑いを逃さず、鞘を捨てながら必殺のスキル宣言を行った。
「《二連撃》《三連撃》」
二連撃と三連撃?
三連撃は、二連撃の強化版では?
疑問に思う暇も与えず、お爺さんの剣が迫る。
右袈裟、左袈裟、右胴、左胴、それに打ち上げで右腰と左腰。
六方向からほぼ同時に剣光が飛んでくる。
そう、二と三、かけて六回もの攻撃がこのわずかな一瞬で繰り出されていた。
受ける事は叶わず、飛び退いて大きく避けた。
「ほう! それを避けるか!」
「今のは……なんだったんですか?」
間合いが大きく離れて話す余裕が出来、私は尋ねた。
「合計六回なんて、ずるくないですか」
「《二連撃》と《三連撃》を組み合わせた、いわゆる奥義よ。――これを受けきった者は、実に四十年以上ぶりじゃ」
「受けた……じゃなくて避けた、なんですけどね」
「変わらんよ。この技を見て立っておれたのは、お主が二人目よ」
「光栄です」
「では、もう一度……征くぞ! 《神速》《二連撃》《三連撃》!!」
とても老人とは思えない速さで突撃しながら、二つの複合スキルを宣言、更に神速まで足して、超高速の六連撃で斬りかかってくる。
対して、大きく飛び退いてしまったため、後が無く、受けるか……それとも、別の手を考えないといけない私。
六撃同時に受けるのは無理。
避ける方向を考えていては、六発全部叩き込まれて、次の瞬間には私は倒れている。体が動くに任せて、私は高くお爺さんの頭上を飛び越えて、後ろへと着地した。
「ほう……!」
やっと攻めが私に移り、何度か受けさせる事が出来た。
「これは、『まぐれ』とは呼べんの……。お主、余程の研鑚を積んだと見える」
私の剣を軽く受け流しながら、奥義を躱された事を悔しがるでもなく、むしろ嬉しそうに笑いを含んだ声で呟いた。
「――《後の先》」
またその一言で、お爺さんの手番となってしまった。
お爺さんの鋭い剣が、受けるだけしか出来ない私の足を後ろへ、後ろへと下げていく。
「《二連撃》……ほれ、《三連撃》じゃ」
途中、二連撃や三連撃も織りまぜ、それらは決定打にならないものの、私の体に当たっていく。
「では、征くぞ――。これで終いじゃ……《武器払い》!」
武器払い?
確か、受けた剣をそのまま巻き込んで落とすスキル。
しまった――。
受けるしかない私は、見事に魔法剣を吹き飛ばされてしまう。
「これで最後じゃああっ――!」
私に止めを刺すべく、彼は大きく長剣を振りかぶった――。