第二十二話 夜明け
二手に分かれ、まだ痺れる体に鞭打って走りながら、安全で、水場が近い場所から順に他の生徒たちの野営地を探していく。
最初の野営地が数分程度で見つかった。捕えた獲物の肉を焚き火で焼いて、楽しそうに談笑している。全員、男子だ――ここは襲われる心配はない。
次、更に走ると、もう一か所でテントを見つける。今度は女子二人男子三人の班で、彼ら一人一人の顔を覗きこんだ。
一体どうしたんだと聞かれたけれど、お構いなしに全員の顔を確認する。
入学の日に見た、エスケーヴの仲間らしき男はいない。
次……いた!
リカの班だ。
二班目から更に離れた大木の下で、テントの設営も終わって食事の支度をしている。リカ一人に男子が四人。
二人は先程見た男子、残り二人のうち一人が、出来立てのイノシシ肉のスープに、今まさに何かを入れようとした瞬間だった。
走り込んだ勢いで、エスケーヴの仲間に思いきり飛び蹴りを叩き込む。
派手に吹き飛び、仲間の男は大木に激突して気絶した。
「いきなり何をするんですか、お姉様!」
驚いて叫ぶリカに、男を縄で縛りながら私は事の顛末を話した。
「そんな事が……ありがとうございます。アリサお姉様」
「ごめん、まだこいつらの仲間……探さないといけないから。……行くね?」
「お気をつけて……」
別れの挨拶もそこそこに、次へと向かう。
更に森の中を駆け巡って、その先にあった班の野営地。
二メートル程度の低い崖に空いた、洞窟のような場所に陣を構えていた。
全員の顔を確認し……見つけた!
「さあ、出しなさい」
「な……なんの事だ?」
「あんたがやろうとしている事は分かってるんだから! さっさと薬、出しなさいよ!」
「ちっ……エスケーヴの奴、しくじりやがったか!」
これ以上話しても埒があかないので、ぶん殴って気絶させ、薬を奪い取って縛り上げる。班の人たちに薬を見せて簡単に説明して、私は洞窟を出た。
§ § § §
洞窟を出たところで、スプリンゲンさんと合流した。
「こちらは二人捕まえましたよ。アリサさんは?」
「こっちも二人。エスケーヴも含めて、これで全員ね」
なんとか危機は去ったみたい。
私は安堵して膝から崩れ、その場にへたり込んだ。
「終わったあ……」
「お疲れ様です」
「いいえ、スプリンゲンさんこそ」
「これも、『騎士の仕事』ですから」
「……ですね」
二人で笑い合って少しだけ休んだ後、最後の目的地へと向かう。
教官たちのテントへ。
二人で探すと、すぐにそれは見つかった。
学生とは違って、手慣れた感じでしっかりと立てられているテントだ。
入り口をふさぐキャノピーをめくり、中へとお邪魔する。
「ん、どうしたんだ? アリサ君」
丁度、アーサー教官のテントだったらしい。
私とスプリンゲンさんの二人は、教官に今起きた事を説明し、証拠の痺れ薬を見せる。
「後は私たちがなんとかしよう。君はまだ薬が残っているだろうから、ここでゆっくり休むといい」
無骨な教官には珍しい優しい微笑みを見せて私を座らせると、代わりに教官が立ち上がった。
他の教官たちのテントに次々と入っては、大声で指示をするアーサー教官。
彼の指示に従って、森の中へと散らばっていく教官たち。
数十分後には、全生徒がこの教官たちのテントへと集合した。
縛り上げられた五人を、教官たちが引っ張ってくる。
「お前たち。サバイバル中のところ悪いが、この試験で不正行為が発覚した」
アーサー教官が、よく通る声で全員に説明をする。
「……という訳だ。よって、途中ではあるが第二課題を中止とする」
誰もが驚きざわめく。
中止なら俺たちの卒業はどうなるんだと、心配の声を上げる生徒もいた。
「中止にはなったが、第二課題はこの不正をした五人を除いて全員合格とする。……皆、それなら異論はないな?」
今度は面倒な野営がなくなって、生徒全員が歓喜の声を上げた。
「暗殺を企てたこの五人は、採取試験失格のため騎士の資格は一切得られないものとし、退学処分となる! ……まったく、こんな最後の最後で馬鹿をやりおって」
サービス課題で失格者が出る事に、悔しさを隠し切れないアーサー教官。
なんともいいがたい複雑な表情になっている。
「あ……」
大事な事を思い出して、突然声を上げる私。
そうだ、一発ひっぱたいてやろうと思ってたんだ。
「どうしたんだ、アリサ君」
「あの、教官。私、殺されかけたから……一発くらいは殴ってもいいですよね?」
「まあ……被害者は君だ。煮るなり焼くなり好きにするといい」
「ありがとうございます」
生徒が整列する中から抜け、縛られたままで気絶しているエスケーヴの前に歩み寄り、軽く揺すって彼を起こした。
「な……なんだここは!? 一体、何が? なんで俺は縛られてるんだ!?」
事態が飲み込めず、喚き散らすエスケーヴ。
「あんたの悪だくみは、私たちが阻止したから。じゃあ……、一発殴っていいよね?」
「どうしたら、殴るなんて話に……うぶわっ!!!」
答えきる前に、私は全力の拳をエスケーヴへと叩きつけた。
彼の体が少し浮いた後、叩いた方向へ勢いよく転がっていき、体の随所を地面に打ちつけて十メートル程先の木に激突。そのまま彼は、情けない声を上げてもう一度気を失った。
みっともなく伸びた姿を見て、私の気も収まる。
「ふう……すっきりした」
「気が済んだかね?」
「はい!」
「それでは、今度こそ本当に『撤収』だ!」
私たちはすぐに森を出る事になった。
退学になった事でエスケーヴたちはもう悪さも出来ないだろう。
次は最後の課題、第三課題――。
待ち受けていた試験は、意外な内容と結末だった。




