第二十一話 奇襲
「――冥土の土産に教えてやるよ!」
髪を掴んだまま顔を近付けて、エスケーヴは言った。
「お前は、俺達の邪魔を三回もしたんだよ!」
「三……か……い?」
三回? 確かに入学の日に女の子を虐めているのをこらしめた。
……けれど、痺れ薬のせいで頭まで回らなくなっているのか、どうしても後の二回が思い出せない。
「一度目はあいつだ、ヨーコ・カニンヘン! あの女から金を盗んで入学の邪魔をしてやったのに、勝手に入学金を払いやがって!」
え!? ヨーコちゃんのお金を盗んだの、あんただったの?
とんでもない事実を聞かされて、私は目を見開いた。
そんな私を無視して、エスケーヴは尚も話を続ける。
「あの女は代々、聖堂騎士団の副団長を務める名門、カニンヘン家の長女。……女ごときが騎士学校を出て、聖堂騎士団に入って俺たちの上司になるだなんて、絶対に許せるもんか! せっかく金を盗んだのに……」
そのお金……立て替えただけだから、私に返してよ。
この男が私の生活を逼迫させていたと考えたら、怒りがこみ上げてきた。
体が動くようになったら、絶対に一発ぶん殴ってやる。
ちなみに『聖堂騎士団』というのは王国に二つある騎士団の一つで、スプリンゲンさんやダグラスさんが所属する『王室近衛騎士団』とは別の組織。
王国直属が『王室近衛騎士団』で、女神教が管理しているのが『聖堂騎士団』
国王陛下や王都を守る王室近衛に対して、アンデッド――ゾンビやグールといった不死の魔物――を討伐したり、各地の教会を警護するのが彼らの役目。
所属する騎士は、普通の『騎士』と区別するため、『聖騎士』と呼ばれる。
……さておき、エスケーヴの独白は尚も続く。
「二度目は、入学式のあの時だ」
それは憶えている。
「女どもをいびり倒して騎士を断念させるという、俺たちの崇高な計画を邪魔しやがって」
……崇高、なのかなあ?
寄ってたかって女の子をいじめるとか、小学生のやる事でしょ。
……と、言い返したいのに口が痺れて、簡単な単語すらまともに喋れない。どんなに剣を鍛えても、薬や毒だけはどうにもならないのがもどかしい。
「不浄な女は騎士には不要。それが騎士道の常識だというのに、あいつら次から次へと害虫のように涌いてくる……。結婚に失敗した低級貴族の豚女どもが」
不浄って何よ。
騎士学校には平等に門戸が開かれてるんだから、女が騎士を目指したっていいじゃない。……私自身は騎士になるつもりがないから、反論する資格はないかもだけど。
「三度目は三年間、お前がずっと女どもを守っていた事だ!」
守っていた……? 守ってたっけ?
「四六時中、お前が学年の女どもにくっついていたせいで、女どもをいびって自主退学に追い込む事が出来なかっただろうが!」
四六時中くっついていたのは、私の方じゃなくて……それに、私が邪魔なら私に勝てばいいだけ……って言っても通じないか。完全に逆上してしまっている人には何を言ったところで火に油だ。
口を動かすだけでも体力を消耗するし、私は黙って彼の言葉を聞く事にした。
突っこみはこっそり、心の中だけでしよう。
「こうやって邪魔ばかりして……卑怯な女め」
女の子相手に痺れ薬を使うあんたに、卑怯とか言われたくない。
「そのせいで、こんな強硬手段に出る羽目になった。……もっと穏便に、いびるだけで済ませてやろうと思っていたのに……お前のせいだぞ?」
え……私のせいなの? これって、責任転嫁じゃない?
「だから、お前に痺れ薬を飲ませたんだよ! これならどんな化けものでも簡単に殺せるし、サバイバル試験なら死人が出ても誰も不思議に思わないだろ?」
えっ……、一度も死人が出た事がないサービス課題じゃ……?
「聖堂騎士団のコネでこの学校に裏口入学した俺は、毎年、第二課題がサバイバルだと知っていたからな。この時を三年間待っていたんだ……」
……コネで裏口って、女の子よりあんたの方が騎士に向いてないんじゃない?
「お前を殺したら、他の女も寝ている隙に全員殺してやる。俺の仲間たちにもこの痺れ薬を渡してあるから、きっと既に何人か……クックック……」
させない――! 思わず叫ぼうとしたけど、かすれた声にしかならない。
「『させない』だと……? 今のお前に一体何が出来るって言うんだ? 栄えある女神教聖堂騎士団に不浄な女は不要!! さあ、死ね!!」
えええっ……!? 女神教って、奉ってる女神様が女じゃない!
何、『不浄』とか言ってるの!
それに私、聖堂騎士とか目指してないから!
そんな私の心の突っこみに気付く様子もなく、エスケーヴは隠し持っていた短剣を取り出して、思い切り振り上げた――。
§ § § §
もう駄目――! そう思って思わず目を閉じる。
その瞬間、私ではないうめき声が聞こえてきた。
「くっ……誰だ!?」
声の主はエスケーヴ。
私がおそるおそる目を開くと、エスケーヴが手を押さえて、短剣を取り落していた。そして、きょろきょろと辺りを見渡している。
「ここだ」
エスケーヴの後ろから声が聞こえると、そこには一人の男性が立っていた。
振り返ろうとするエスケーヴの首元に当身を入れる男性。
気を失ったエスケーヴは私に倒れ込んだ。
「……アリサさん、大丈夫ですか?」
この声、正騎士のスプリンゲンさんだ――!
助かった!
「あ……あり……が……」
「動けないんですか? 少し待ってて下さい」
スプリンゲンさんがエスケーヴの懐を探る。
「毒を使う輩は、間違って自分に使ってしまった時のために解毒剤を持っているものです。ほら……ありました。どうぞ」
彼は、エスケーヴの懐に入っていた袋から解毒剤らしき瓶を取り出し、中身を確かめた上で私に飲ませてくれた。
解毒剤を飲んで少しすると、ようやく口が動かせるようになった。
「……あり……がとう、ございます……助かり……ました」
「いえ。『魔導具』の一件が終わってからは、三年間あなたを守るようにと、王子から言われていますので」
「王子……」
「そうです。あなたはとてもお強いので、『必要ないかも知れないが』と言った上で、今日みたいな事があった時に備えて、あなたを守るようにと俺たちを学校に残したんです」
やっと体も動くようになって、スプリンゲンさんに手を差し伸べられながら、起き上がる。私はどれだけ動けるかを、手首や腕、足を振って確認した。
その間、スプリンゲンさんはエスケーヴを縄で縛る。
「王子に感謝しなくちゃ……ですね?」
「正に、王子『様々』ですよ?」
「ええ」
二人で軽く笑い合った。
ほんの少し笑った後で思い出す。
エスケーヴが『他の女も寝ている隙に全員殺してやる』と言っていた事を。
「大変!」
「どうしました?」
「他の子たちも、エスケーヴの仲間に狙われているかも知れないんです!」
私が慌ててスプリンゲンさんに話すと、彼も不味いですねと呟く。
「「手分けして、助けましょう!」」
向き合って口を揃えて叫んだ後、私たちは大急ぎで走り出した。