第二十話 野営
色々とあって、もう夜も近くなっている。
空は夕焼けの赤から、宵闇の黒へとその姿を変えようとしていた。
騎士学校の第二課題が発表されたところで、魔法学校との合同試験はこれで終了。互いをねぎらい合う教官、教師同士の挨拶が終わると、魔法学校の生徒たちは教師を先頭に王都へと帰っていった。
帰路に就く魔法学校生たちを横目で見送りながら、アーサー教官が説明の続きを始める。
「今言った通り、第二の課題はサバイバル試験となる。こちらで決めた五、六人で一つの班となり、テントを張ってこの森で一晩を過ごして貰う。……この何もない状態から、いかに食料を調達するか、どこを野営地とするか……」
教官は右左に歩きながら、普段の講義のように説明した。
「もうこれ以上危険な魔物もいないと思うが、見張りの順番に、危険な敵が現れた際の対処、それら全てがこの試験で試される。誰一人死なずに一晩を越せた班が合格だ」
そして、もう一言。
「……まあ、この試験で生徒が死んだという話は一度も聞いた事がないから、いわゆるサービス課題だな!」
おどけた口調で告げられた『サービス課題』の言葉に、思わず生徒たちも笑ってしまう。
生徒の笑いが収まると、教官たちが最初に引いていた荷車の中身を広げる。そこからは、沢山の毛布と組み立て式のテントが出てきた。
「テントと毛布は、我々であらかじめ人数分用意してある。それ以外の物資は各班、食料も火も水も、全て協力してこの森の中から調達するように。……では、班分けだが……」
その言葉に反応して、生徒の一人が手を上げた。
先刻、シュナイデンと口論していた男、エスケーヴだ。
「どうした? 何か質問でもあるのか?」
「はい、実は……」
彼は教官の下へと近付くと、他の生徒には聞こえないよう耳元で話した。
「どうでしょうか?」
「いいだろう。確かに、強い者から戦いの秘訣を聞きたいという姿勢は、実に勤勉でよろしい。……少し、班分けを変えよう」
何かあったのかな? 他の生徒たちも彼の急な質問に、一体彼が何を考えているのかと小声で話し合っていた。
しばらくして、班分けが発表される。
私は普段話さない男子三人と、エスケーヴ。彼と組む事になった。
「彼はこのサバイバルの空き時間で、君から戦いの秘訣を聞きたいそうだ。是非教えてやってくれ」
教官に背中を叩かれながら、こんな事を言われてしまった。
つまり、私と組みたかったと……。まあ、いいけど。
§ § § §
そして、複数の班同士が協力してしまっては試験にならないと、班が近くなり過ぎないように指示され、さまざまな場所で野営を開始した。いざという時に教官に頼ってしまうと失格なので、教官たちとも離された。
私たちは、森を縦断する細い川のほとりで野営する事になった。
大人なら誰でもひとっ飛びで越えられそうな、深さも二十センチ程度の細い川だ。
話し合った結果、男子三人がテントの設営をし、私が動物を狩る事に。
エスケーヴは口数少なく「俺が料理をする」の一言で、料理番という役割分担になった。
……って、あれ? 私から戦いの秘訣を知りたかったんじゃなかったの? それなら一緒に狩りをした方が良かったんじゃない? そう思ったけれど、彼には彼のペースがあるみたいだから黙っておいた。
そして私は一人で森の奥まで行き、三羽ほど野ウサギを狩った。三羽もあれば、五人の食事としては十分だと思って戻る事にした。
途中、別の班になったリカの班と出逢う。
リカと男子二人の三人。
今晩のご飯に彼女らが探し当てて選んだのは、かなり大きなイノシシ。
小さめのイノシシでも十分に驚異となり得る野獣だけど、一メートル以上もあると、流石に初心者の手には負えない。
事実、男子のうち一人が負傷した右肩を押さえていて、もう一人の顔には打撲痕が目立つ。唯一軽装なリカも、しっかりと突進を避けていたのか怪我はないものの、息が上がってしまっている。
本当は駄目なんだけど……。
右手にはウサギを持って塞がっているので、即席で左手に魔法剣を出してイノシシの脇を通り抜けるように突撃。すれ違いざまに両断した。
「……お姉様っ!」
「助けるのはちょっとずるだけど、皆には内緒ね?」
救いの手に感激するリカに、片目を閉じて返す私。
そのままリカたちと別れ、戻る途中の出来事。
今度は男子五人がオオカミ、キメラ、ワイバーンの死骸の山から、オオカミを一匹拝借しようとするのが見えた。
それが教官に見つかって怒られている。
少し遠くて会話の内容までは分からないけれど、多分こういうやり取りかな……と想像した。
「コラー! お前たち、何をしているんだ!」
「オオカミを一匹……」
「不正はいかんぞ」
「だって一匹は俺たちが倒したんだからいいじゃないですか」
「ううむ……それなら、仕方ないな。一匹だけだぞ?」
「やった!」
最後には見事、教官との交渉に成功してオオカミを一匹持ち帰っている。
その手があったんだ……頭いいなあ、と思いながら私は野営地へと急いだ。
§ § § §
私が野営地に到着すると、三人がかりでテントが完成する寸前。
初めての設営に相当苦労したらしい。
「お疲れさま。ウサギ、獲ってきたよ」
……と、労いながらウサギを見せる。美味い飯にありつけると喜ぶ男子たち。テントの近くでは、もう火も起こし終わって、鍋で野草を煮ているエスケーヴの姿が見えた。
私の方を向かずに、無言で手だけ差し出して、ウサギを催促するエスケーヴ。
入学式の事をまだ恨んでるかもしれないけど、ちょっと失礼なんじゃない?
ウサギを渡すと、不慣れな手つきでウサギの解体を始めた。
「手伝おっか?」
聞いても返答はない。
私から戦いの秘訣っていうの知りたかったんじゃなかったの?
それから一時間程して、エスケーヴ作の食事が完成。ウサギ肉と野草のスープだ。結構美味しそう。
全員が彼から椀を受け取って、スープを口にする。
私も変わった味だなあと思いながら飲み干す。
すると……。
「あ……が……っ」
「ぐ……」
「あ……っぐ……」
次々と男子たちが倒れて、体を震えさせる。
私も、体中がびりびりとした感覚に襲われ、座っている力すらなくなってその場に倒れ込んだ。全く体が動かせない。
「な……んで……?」
呂律が回らなくなった唇で、かろうじて疑問を口にすると――。
「アーハッハッハ、痺れ薬だよ! ……鍋や椀があらかじめ用意されていた事に、何の疑問も感じなかったのか? この馬鹿女が!」
腹を抱えて笑いながら、私を罵倒し始めた。
なんで痺れ薬なんか……?
意識を保つだけで精一杯の私の髪を乱暴に掴んで、引き起こしながらエスケーヴはこう言った。
「いつも女の癖に出しゃばりやがって……。俺の計画も三度も邪魔をしたお前を、この手で殺さないと気が済まないんだよ!」
「どう……して……?」
「――冥土の土産に教えてやるよ!」