第十九話 飛竜
そこに着地してきたのは、飛竜――ワイバーン。
蜥蜴のような姿形で、前脚の替わりに巨大な翼を持ち、尻尾には毒があるという。この大陸ではほとんどの竜が、この飛竜などの竜の亜種……『亜竜』で、本物の竜、いわゆる真竜は伝説の中でしか見る事が出来ない。
また、伝説に最も似ているという事から、ワイバーンを単純に『ドラゴン』と呼ぶ人も多い。……と、小さい頃に教わった記憶がある。
それにしても大きい。
首から尻尾まで全長はざっと十メートルはある。
そのワイバーンが首をゆっくりと左右に動かして、『獲物が増えた』とでも言いたげな表情で喜んだように目を細める。睨まれた生徒、教官は全員が恐怖で固まってしまっている。
ワイバーンに乗られたキメラは、その鋭い爪で引き裂かれてしまっていて、たった一度上に乗られただけだというのに、もうその原型をとどめていない。圧倒的な力の差がその姿と、踏み砕かれた『獲物』で十分過ぎる程に示されていた。
この竜から目が離せないまま、本能が皆の足を少しずつ後ろへと動かす。決して竜には悟られないように、ゆっくりと。
ある程度離れたところで、教官が絞れるだけの勇気と声を振り絞って号令する。
「総員、今度こそ撤退!!」
号令にあわせて全員が脱兎の如く逃げ出そうとする中、私だけは皆と逆の方向に走った。
ワイバーン。『赤の森』では一度も見る事がなかった大陸最強の魔物。
でも、ここにいる皆を護って強大な敵と戦えるようじゃないと、目指している『冒険者』にはなれない。なんとなくそんな気がして、気がつくと私はその竜に挑んでいた。
「何をしているんだ、アリサ君! ……そいつは君でも勝てないぞ! 逃げろ!!」
教官が叫んでいるけど、その声は私の耳には届かない。
今こそ、この魂を燃やす時。
ただ逃げるだけでは、追いつかれて全員が餌食になってしまうだろう。勝算はほとんどないけれど、私が戦えば最悪でも時間稼ぎにはなる。
だから、私は立ち向かう。不思議と恐怖はなかった。
まずは、手元に残っている斬馬刀を構え直して、これを突き立てる。
器用に首をしならせて噛みつこうとするワイバーンの牙を避け、喉元に深々と突き刺した。
刺さりはするものの、途中で折れてしまう。
残った柄を捨てて、大きく後ろへと何度か跳ぶと、一度ワイバーンから離れた。
いくら日本刀とはいっても魔法剣。そう簡単には折れないはずのこの魔法の刀が、いとも簡単に折れてしまう。キメラの比じゃないくらいの頑丈さだった。
次に、無詠唱で出せる長剣、刃引きではない本物の剣を出す。
一本、二本、三本……。出しては投げ、投げては出し、何本もワイバーンに向けて投げつけた。胸や喉に剣が刺さっていくが、どれも深手にはなっていない。
その瞬間にも、鋭い牙が、体ごと振り回しての尻尾が、襲いかかって来る。その大きさから、一回でも食らえば確実に死はまぬがれない。
交互に来るそれらを跳んで躱し、躱しながら剣を投げつける。
「おお……」
誰もが私と竜の戦いに魅入り、逃げるのをやめて感嘆の声を上げている。
足を止めてしまっている彼らに、逃げてと言いたいところだけど、少しでも集中を途切れさせたら、私の……更には生徒全員の死が待っている。
目の前の竜だけに集中する。
こちらの剣も、あちらの牙も、どちらも決定打にはならず、埒があかないまま数分が過ぎた。ずっと飛び回って、私もかなり疲れてきた。打開策を探すため、剣を出さず避ける事に専念し、辺りを確認する。
あるのは、大量のオオカミの死骸、めちゃくちゃになったキメラ。
そして――木々。
これだ!
私は、ワイバーンの脇の木を蹴り、斜め上へと飛び上がる。
飛び上がった先にあるもう一本の気に足をかけ、これもまた蹴る!
何度も斜めに飛び上がり、二本の木を交互に跳んで、木の頂上まで駆け上がる。壁キックと呼ばれる、本来なら壁から壁へ跳ぶためのパルクールの技だ。
これを木で、連続で行う。
本当はぶっつけ本番でやって上手くいくものじゃないけど、異世界が与えた身体能力がそれを可能にした。
木のてっぺんから更に上空へと飛び上がり、声を張り上げて魔法名を宣誓する。
斬馬刀は簡単に折れてしまったけど、斬馬刀で駄目なら――!
「《剣創世・大斬刀》おおおっ!!」
大斬刀――やや昔の戦隊のレッドが使っていた巨大剣。
斬馬刀並の刃渡りがあり、その刀身は非常に太く重い。
面積でいえば私の体よりも大きい。
その大斬刀を出し、思いきり空中で振り上げ、落下の加速と重さにまかせて、竜の首めがけて振り下ろす!
竜は断末魔の声を上げると、持ち上げようとした首が上がりきらずに、ずるりと音を立ててずれていく。そして、地響きを立てて地面へと落ちる。
やった……皆を護れた……。
同時に涌き上がる、先程よりも大きな歓声。
皆が私を取り囲んで、語彙を失ったようにとにかく凄い凄いと私を絶賛した。
……でも、教官が言っていた通り、確かに何かがおかしい。
『赤の森』でもない普通の森で、飛竜――ワイバーンのような、強力な魔物が出てくるなんて。この国の全ての森には、魔族の『狩猟者』がいるはずなのに……。
§ § § §
――周辺を探索して、もうこれ以上巨大な魔物が来ない事を確認した後、教官たちは第二課題を私たちに告げた。
「諸君、第二の課題は――サバイバル試験だ」