第十七話 最終試験
――あれから、二年半の月日が経った。
私たちも三年生になり、正騎士も合わせて四十五人いた生徒も、三十六人まで減っていた。いい結婚相手が見つかったとか、訓練についていけなかったとか……理由はさまざま。
残った生徒は全員、心身共に成長して騎士らしい見た目になった。私も少しだけ背が伸び、よりすらっとした体型に。六歳の頃もモデルみたいと自分の姿に感動していたけど、更に格好よくなっていた。
そして、今日は卒業のかかった最終試験の日。
この試験さえ突破すれば、あとは卒業式を待つだけという事になる。
§ § § §
私たちは今、王都に程近い森にいる。
三年生全員と監督の教官たち、それに『他校の生徒』たち。
他校の生徒というのも、今回の試験は……。
「今回は魔法学校との合同試験となる!」
今、教官が言ったようにもう一つの学校、魔法学校との合同卒業試験。
「試験は入学試験と同じで、大きく分けて三つの試験を行う……。まずは魔法学校と協力して、魔物を倒す試験だ。これは、魔法学校の卒業試験の一科目でもある。魔法学校の生徒も気を抜かずに挑んで欲しい」
教官が森全体を指すように、両手を広げた。
「騎士学校、魔法学校、それぞれから一人ずつでチームを組んで、この森に巣食うオオカミどもを討伐するのが課題だ。無論、より多く狩った組程、好成績となる!」
教官の説明によると、倒した数以外に剣技の力量、後衛との連携、刻限までのペース配分などを評価項目にするとの事。魔法学校の生徒は、どれだけ後衛で的確なサポートが出来たかが採点基準になるとか。
「本来ならこれは冒険者の仕事だが、冒険者ギルドに頼んで特別にこの依頼を分けて貰った。騎士は主君や領だけでなく、民を災害から守る事も重要な使命となる」
重要な使命。これは、心してかからないと。
「では、指定された生徒同士で組み、夕方までにオオカミを最低一匹倒してきて欲しい! 健闘を祈る!」
皆それぞれ、他校の生徒と組まされて、夕方まで解散となった。
人数的には魔法学校の生徒が少し余るらしく、そういった生徒は教官と組んでの試験になるとか。
私は、鍔の広いとんがり帽子にローブをまとった、いかにもな出で立ちの女の子と組む事になった。
帽子の隙間から見えるセミロングの髪は珍しいピンク色で、他の生徒たちが魔法の杖を持っているのに対して彼女は魔法のほうきである事から、魔法使いというよりは『魔女っ子』なのかもしれない。
「アリサ・レッドヴァルトよ。よろしく」
「あ……あの……オズホーカ・マジレーンです……」
彼女は消え入りそうな声で返事をすると、気弱そうに震えていた。
淡いピンクの髪も小刻みに揺れている。
「大丈夫。私が護るから、安心して魔法を撃ちこんで……ね?」
「で……でも……あなたに魔法が当たってしまったら……」
「気にしないで。避けるのは慣れてるから」
事実、今まで沢山の魔法を避けてきた。
ニメートルの《火球》だって、斬り伏せる事が出来る。
「でも……でも……本当にホーカの魔法なんかが、オオカミに効くんでしょうか……?」
「そこは……うん、協力しよ。私の剣で足りない分をオズホーカちゃんが、オズホーカちゃんの魔法で足りない分を私が。そういう試験でしょ?」
私が握手を求めると、彼女も弱々しく握り返してくれた。
「……えっと……ホーカの事は、長いから『ホーカ』……でいいです……」
「じゃあ、ホーカちゃん。私の事も『アリサ』で。一緒に頑張りましょ」
「……は、はい……アリサ……さん……」
§ § § §
森の奥へと入り、二人で狩りを開始する。私にとっては久々の狩りだ。
私は『赤の森』でカナの手伝いをしていたから、野生の獣を探すのは慣れっこだった。足跡やマーキングを探しながら少し歩くと、すぐにオオカミを見つける事が出来た。
角オオカミですらない、普通のオオカミ。
それでも、オオカミは一般人にとっては十分強敵。
元の世界でも『野犬ですら、大の男が日本刀を持ってやっと互角だ』と言われていた程で、オオカミとなると更にその上の強さだ。
まあ、普通のオオカミなんて、今の私にとっては敵ですらないんだけど。
「ホーカちゃん、魔法をお願い!」
「……で、でも……」
魔法でオオカミを追い詰めて、剣でとどめを刺すという作戦が、彼女が魔法を躊躇している間にオオカミは逃げてしまった。その後も何度かオオカミに遭遇したものの、魔法を一度も撃てずに、逃げられてしまう。
間違って私に魔法が当たったらと、不安なんだろう。
「……す……すみません……」
「大丈夫、時間はまだあるから」
「でも……その……私なんかと組んで……試、試験に……落ちたら……」
「ほんと、平気だから。うーん……」
ここは、実際に大丈夫だと示すしかない。
目の前で魔法を避けてみせれば、安心してくれるはず。
「じゃあ……直接、私に向かって魔法を撃ってみて」
「え……? アリサさんに、魔法を……ですか?」
「うん。ちゃんと避けてみせるから」
「でも……」
彼女はまだ、魔法を撃つ事をためらっている。
私はその震える肩に手をそえて、優しく微笑んでみせた。
「大丈夫だから、ね?」
「ほ……本当にいいんですか……?」
「うん」
「そ……それなら……」
意を決した彼女が、少し私から離れて呪文を唱え始めた。
長い詠唱の後、彼女の手に風が集中した。そして、手の上でいくつかの風を作り出し、その風同士を重ね合わせる。すると、小さな竜巻が複雑に入り組んだような球体が完成した。
「いつでも、どうぞ」
「え……ええーいっ!! 《風球》!」
かなりの速さで竜巻の球が飛んできたが、私はそれをほんの少しの動きで躱す。同時に魔法剣で切り裂くと、その球は真っ二つになった。
二つになった球は、勢いで少し進んだ後にかき消えてしまう。
「ね、大丈夫だったでしょ? だから、安心して魔法を使って」
「は……はいっ……」
少しは安心したのか、魔法をためらわずに使ってくれるようになった。
彼女の風魔法で追いたて、先回りした私が斬る。
しっかりした連携が出来上がり、次々とオオカミを狩っていった。
また、彼女の《風球》自体もかなり威力があるらしく、それがオオカミに当たると、オオカミを巻き込んで激しく回転して吹き飛ばし、木に打ちつけて一発でオオカミを気絶させた。
「やるじゃない」
「ぐ……偶然です……、けど……その……ありがとうございます!」
それで自信がついた彼女は、弱々しかった声も次第に大きくなり、狩りが終わる頃には普通に話せるようになっていた。
§ § § §
刻限である夕方になった。
陽は大地の近くまで傾き、木々を赤く染めている。
あらかじめ用意した荒縄で倒したオオカミたちを縛り、背負って持っていく。鍛えれば、女の子でも十五匹のオオカミを一人で背負えるとか、やっぱりこの世界は凄い。
ホーカちゃんにも一匹背負って貰って、あわせて十六匹が今回の成果。
彼女が単独で退治したオオカミは、なんと六匹。この数は、それまで気弱だった彼女の心を、自信に満ちたものに変えるのには十分な数だった。
「やったね、ホーカちゃん」
「はい! アリサお姉様!」
……うん? 今、お姉様って言わなかった?
まさか、他校の生徒にまでお姉様と呼ばれるなんて、ないよね?
すぐさま私は、ホーカちゃんに訂正を求めた。
「あの……お姉様は、やめよう……ね?」
「分かりました! アリサお姉様!」
「えっと……」
分かってない。この子、全然分かってないよ……。
今度は私の語尾が弱くなっていた。
§ § § §
集合場所に戻ると、既にほとんどの生徒が帰還していた。
そこで、二人の男子が狩った数について言い争っている。ほとんどの組が一匹だったのに対し、この二組はかなりの数を狩れたみたいで、自慢合戦をしているようだ。
片方はシュナイデン。もう片方は、入学式の日に女の子を寄ってたかっていじめていた男子のリーダー。接点がなかったらあまり話した事がないけど、確かエスケーヴという名の男子だった。
「俺が一番のようだな。四匹も倒したんだからな」
「そうですよ、シュナイデン様!」
「俺たちの勝利だ」
俺たちって、取り巻きのあんたたちは何もしてなかったでしょ。
そんなシュナイデンに対し、エスケーヴは……。
「残念だったな、俺は五匹だ。これが聖堂騎士団を約束された男、エスケーヴ様とただの子爵との違いだ」
「そうだ、そうだ! エスケーヴ様の勝ちだ!」
「残念だったな、女に負けてばかりのシュナイデン君。はっはっは!」
「ただの子爵では、聖堂騎士には勝てんのだよ!」
いや、だから取り巻きのあんたたちは……。もう、いいや。
結局勝利を収めたのはエスケーヴ。
聖堂騎士を約束された、と言っていたけど、その肩書きは伊達じゃないみたい。
口論も収まったところで、シュナイデンが私に気付いた。
ずかずかと歩いてきて、命令口調で私に尋ねてくる。
「おい、黒パン女! 貴様の成果はどうだったんだ? 見せてみろ!」
……とは言うものの、私はその「成果」を背負っている。私の背中の上にあるものを見て、シュナイデンは腰を抜かした。
「ヒイイッ! ば……化けものっ!!」
化けものとは失礼な。
――とにかく私たちを含めて、一つ目の試験は全員合格だった。