第十二話 次の事件
次の襲撃をすると宣言して去っていった毒蠍。
私たちは、なんとしても次の事件が起こるのを阻止しないといけない。
「獣人だけでなく、魔族にまで化けるなんて……厄介ですわね」
「そうね……」
私とジルは腕を組んで、同じポーズになって悩んだ。
変身出来るのが獣人だけなら、探索は村の半分だけで済む話だけど、魔族にも変身出来るという話なら状況は変わってくる。
しかも、仲違いをしている二つの種族間を行き来しながら探すとなると、かなり難しい調査になってしまう。
ジルの言った通り、とにかく厄介な話だった。
「あら、へんしんでしたら、あたくしにもできますわ! プリピュア――!」
「話がややこしくなるから、やめて」
「ちぇーっ……」
変身をさえぎられて、悔しがるミオ。
毒蠍とは違うけど、彼女も変身をする事が出来る。
あの変身になんの意味があるかは、全く分からないのだけど。
「でも、なんでミオって変身するのかな……? 元からあんなに強いのに」
「それは、《精霊合体》ですわ。あれは、精霊であるサラマンダーっぽい何かと合体する事で、精霊の持つ魔法やMPを使えるようになりますの」
ミオより先にジルが説明をする。
「いわば、精霊を使う魔法の『奥義』とも呼べる、必殺魔法ですわ」
「へー……凄いのね。でも、サラマンダーっぽい何かって……」
ミオのペット?
サラマンダーだか猫だか、なんだか分からない謎の生きものも不可解だ。
「水の精霊、サラマンダーキャットですわ」
ミオがよく分からない生きものを肩に乗せて、なでながら言う。
聞けば聞く程、訳が分からない存在だ。
「にゃあ!」
そのサラマンダーキャットが鳴く。
ちょっと気色悪い見た目に反して、中々可愛い鳴き声を上げている。
「鳴き声は猫なのね……」
「いえ、なきごえはナマカフクラガエルですわ」
「ナマフク……?」
「ナマカフクラガエル。南アフリカにすむ、フグのようなみためのカエルですわ。なきごえはネコよりすこしたかいんですのよ」
蛙の鳴き声って……。
ただでさえ、トカゲと猫を足したような奇天烈な精霊なのに、声はフグの姿の蛙とか、余計に訳が分からない。
ミオが茶々を入れ、私がそれを膨らませたせいで、話がややこしくなってしまった。
§ § § §
結局、私たちは二手に分かれて、魔族区画と獣人区画を捜索する事にした。
「魔族の区画は、私とカナ。獣人区画は、ジルとミオと響子ちゃんね」
「応」「「承知しましたわ」」「はい……!」
ジルを先頭に、三人は獣人区画へと走っていった。
ジルは問題ないとして、まだ六歳のミオのサポートに、大人である響子ちゃんをつけたけれど……響子ちゃんより大きな獣人ばかりの区画に行かせたのは、少し失敗だったかも知れない。
けれど、五人で色々組み合わせを検討した上で決めたのだから、なるようにしかならない。いざという時は《加速》で駆けつけようぜとカナも言っている事だし……でも、ちょっと心配だなあ……。
不安な気持ちで、魔族区画を調査していく私。
「ミオは『赤の森』を一人で歩けるようなヤツだぜ? 心配してどうするよ?」
なんて、カナが声をかけてくれているけれど、姉としては気が気ではない。四年も放っておいた私が、今更どの口で言うのか……だけど。実家のお城で安全に暮らすのと、魔族領での冒険は大違いだと思うから。
そうして区画の半分程を調べ終わった頃、大慌てでジルが走ってくる。
少し遅れて、ミオを抱えた響子ちゃんも。
「アリサさん! 大変ですわ!」
「どうしたの、ジル?」
「ゾディアックが……ゾディアックが現れましたの!」
息を切らして、私に叫ぶ。
「アリサさん、そちらに獣人に変身したゾディアックが走ってきませんでした?」
「来なかったけど」
「おかしいですわね……。こちらの方に逃げたはずでしたのに」
「とにかく、落ち着いて……」
私はジルから事情を聞いた。
ジルの話によると、獣人区画を探索していたところ、丁度毒蠍が獣人を拐う瞬間に出くわしたという。
裏路地を行く獣人に後ろから近付いて、《睡眠》――相手に気付かれずに眠らせる魔導具を使って眠らせ、『変身方体』を埋め込もうとしていた。その時の毒蠍の姿は、シマウマ獣人だったらしい。
見つかってしまった毒蠍は獣人を放り投げ、魔族区画へ走って逃げ出した。必死に三人で追いかけたものの、小さなミオを抱えての追跡だったから追いつけず、区画を越えた辺りで見失ってしまったとの事。
「この区画に獣人が入ってきたら目立つはずだから、私たちも気付くはずなんだけど……」
「でしたら、あのゾディアックは一体何処へ……?」
「「うーん……」」
またも腕を組んで悩むジルと私。
消えてしまった毒蠍は、一体どこに逃げたんだろう?
§ § § §
私たちは合流して、今度は全員で魔族区域をくまなく調べた。
村のほとんどの建物を探し終わり、あと数軒といったところで、先程ジルが見たという状況と同じ光景が、私たちの目に飛び込んできた。
丁度、民家と民家の間、人目につかなそうな場所で、辺境の村には不自然な角が六本もある魔族が、後ろから村民の魔族に近付こうとしている。
ある程度近付いた六本角は懐からキューブを取り出し、村民の背中にかざした。
『《睡眠》――!』
キューブから音声が聞こえると、村民の魔族がふらふらと倒れそうになる。前に回り込んで抱きかかえ、六本角がもう一つのキューブを取り出す。今、その胸に魔導具が埋め込まれようとしたその時――。
私たちが駆けつけて、六本角を取り囲んだ。
「毒蠍! 観念しなさい!」
「ちいいいっ!!!」
私の怒鳴り声を聞いて舌打ちをすると、蠍へと戻って変身の光で目くらまし。
私たちの目が慣れた頃には、数十メートルも向こうを走っていた。
「こらっ、待ちなさい!」
「待つ阿呆がいるか!」
そう言って逃走する毒蠍。どうしても走るのが遅くなってしまうミオを響子ちゃんが抱き抱え、私たちは毒蠍を追いかける。
思うように追いつけず、それどころか二度もミオを抱えて走ったために、最初に響子ちゃんが音を上げた。
「私……もう、限界です……! 皆さん、私たちに構わず追いかけて下さいっ!」
涸れた喉で、響子ちゃんが叫ぶ。
ごめんと謝りながらも、二人を置いていく事で速度を上げる私たち。
しかし、その頃にはもう毒蠍は獣人区域へと入り込んでいた。
少しずつ距離を詰める事は出来ても、まだ追いつけない。しかも……。
「《加速》――!」
毒蠍が《加速》の魔導具を捻って、再び私たちを引き離した。
背中に毒尻尾や四本の追加脚、両腕に大きなハサミが生えた姿からは、想像出来ないような速さで逃げていく。
「あっ! ずるい!!」
「――《加速》! アリサ、頼んだ! アタシたちは後から追っかける!」
「わかった!」
咄嗟にカナが《加速》の魔法をかけてくれた。
私は一気に距離を縮める。
あと数メートル――。
そう思ったところで毒蠍は急旋回。村で一番大きな建物である、集会場の周囲を回り始めた。
この村は魔族と獣人が不仲で、村が真っ二つに分かれている。
そのため、魔族側にだけ集会場があっても困るという理由で、同じ大きさの集会場がもう一つ、獣人側にも建てられいた。
集会場だけあって、周囲にはちらほらと獣人が歩いていたり、出入りしているのが見える。毒蠍は彼らを突き飛ばしながら逃げる。
「どいて、どいてーっ!」
私は大声で獣人にどいて貰って追いかける。
そして、毒蠍を追いかけて集会場の角を、一度、二度曲がった。
三度目――私が土煙を上げて急ブレーキし、通りに向き直ったその時。
毒蠍は忽然と姿を消していた。
いるのは、道ゆく獣人たちだけ。あの目立つ蠍姿はもういない。
「消えた……この一瞬で?」
私は呟いた。完全に見失ってしまった。
そこに、ようやく追いついたジルたちが私と合流する。
「アリサさん、ゾディアックは……?」
「ごめん、見失った」
毒蠍は一体、どこに消えたんだろう……?