第十一話 主犯
「疾いいいぃぃぃっ!」
叫びながら、カナが鎌を受け止める。
鎌二刀対、短剣二刀。しっかりと相手の斬撃を受けきっている。
「アリサ、今だ!」
カナの後ろから飛び上がり、私は大上段から魔法剣を叩きつけた。
しなやかで柔らかそうな毛皮が金属音を立てて、私の切っ先を弾き返す。
手に走る痺れ。かろうじて剣を手放さずに着地はした。
しかし、鎌鼬にはまったく効いていない様子。
「くっ……!」
「なんだぁ……!? 今の音、とんでもねえな!」
カナも目を白黒させて驚く。
その隙を見逃さず、鎌鼬がカナに体当てを打ちかました。
小鳥のような悲鳴を上げて数メートル吹き飛ばされ、地面へと激突するカナ。
「よくもカナをっ!! 《剣創世》!!」
斬れ味が上がった剣に持ち替え、鎌鼬に斬りつける。
鎌鼬は右の鎌で易々と受け止め、左の鎌で返してきた。
大きく跳んで避けると、鎌鼬が言葉では表現しがたい叫びを上げて、私を追い払った事に歓喜する。
獣人化した魔族――やっぱり、手強い!
§ § § §
私が退いてすぐに、鎌鼬は間合いを詰めてきた。
数合、鎌と魔法剣を打ち合わせ、私は一方的に受ける形に。
一歩、また一歩と下がっていき、形成は不利。
一刀では敵わない……!
「《剣創世》っ!」
もう一刀が空中に現れ、それを左手で掴んで鎌鼬の次の一撃を受ける。
これでやっと互角。じりじりと下がっていた足は止まり、その場で踏み留まる。
それでも、攻めの一手が見つからない。
素早い斬撃が次々と繰り出され、私はそれを受けるのに精一杯だ。
そんな膠着状態の中、一陣の風が私の隣を横切った。
「待たせたな……!」
カナだ。
吹き飛ばされた状態から、痛みをこらえて立ち上がり、風のように駆けつけてくれた。私が受けるはずだった鎌鼬の右の鎌を、代わりに受け止めている。
そして、もう片方も。
鍔迫り合いが始まり、カナが踏んばって鎌鼬を食い止めている。
「もう一回だ! アリサ、やっちまえ!」
「わかった!」
カナの横から、二刀の魔法剣で鎌鼬の胴体を何度も斬りつける。
しかし、硬い……!
魔法名宣誓によって斬れ味を上げた魔法剣でも、まったく刃が通らない。
「アリサ、あのぶっとい剣だ!」
鍔迫り合いから打ち合いに切り換わり、激しく鎌と短剣を交わし合っているカナが叫んだ。魔法剣が効いていない事に彼女も気付いていたらしい。
「《剣創世・大斬刀》おおっ!」
カナの助言通りに大斬刀を創り出し、二本の片手剣を投げ捨て、そしてこの超大な剣を受け止める。
「うおおおおおーっ!!!」
もう一度飛び上がって、力の限り大斬刀を打ち下ろす。
重たい手応えと共に、鎌鼬は地に突っ伏した。
残心は忘れず大斬刀を構えたまま、敵の様子をうかがう。
鎌鼬は少しの間、びくびくと痙攣して頭を大地に沈めた。
みるみる内に元の魔族へと戻っていき、二つの魔導具が胸から零れ落ちる。
「やったあ……!」
カナと二人でハイタッチ。
なんとか獣人になった魔族を退治し、被害者も最小限で済ませる事が出来た。
§ § § §
……でも、まだ一つだけ解決していない事がある。
毒蠍だ。必ずどこかに毒蠍がいるはず。私たちが必死に辺りを見渡していると、不意に上方から声が聞こえてきた。
「はーっはっはっは! 貴様らが探しているのは……この私か?」
声の出所を確認すると、集会所の屋上から。
魔族の村には、大きな魔物でも入れる集会所が建っている。そのてっぺんで高笑いをしている魔族が一人。
魔族らしい浅黒い肌に、角は二本。
いかにも片田舎の村民だと分かる、あまり垢抜けない服装の男。
私たちが探していたのは、ゾディアック獣人――帝国五騎士の『毒蠍』だ。
目立ちたがりの魔族なんかじゃない。
「……だ、誰?」
思わず尋ねてしまった。
本当に、誰なんだろう……。
「私だ!」
その魔族は懐から何かを取り出した。彼が取り出したのは、ゾディアック製のキューブ。
それが捻られると、無機質な音声が周囲に鳴り響いた。
『《幻影》――!』
二本角の魔族は、見るみる間に獣人へと姿を変えた。
扁平な頭、一対の鋏に、背中には四本の節足と、毒々しい尻尾。
――毒蠍。
「この《幻影》の魔導具で、魔族に姿を変えていたのよ!」
魔導具で魔族に姿を変えているなんて、ありなの?
どうりで獣人の中に毒蠍がいなかったはず。
「この……卑怯者っ!」
「はっはっは! なんとでも言うがいい!」
「降りてきて、正々堂々と戦いなさい!」
騎士を名乗るなら姑息な手を使わず、正面から勝負をすべき。
私は騎士学校でそう習った。ゾディアックの騎士に、『騎士道』って言葉はないのかな?
「嫌だね!」
笑いながら跳ねのける毒蠍。『騎士道』は持ち合わせてないらしい。
「今回はよくぞ、『魔族獣人』を倒したと褒めてやろう! だが、我がゾディアック帝国の計画は着々と進んでいる……『魔族獣人』など、その一端に過ぎんわ!」
「魔族……獣人……?」
「そうだ、『魔族獣人』だ! これなら百……いや、十匹もいれば、どんな国でも制圧出来る! この『魔族獣人』を集めるのが、我が使命よ!」
他国の制圧……そんなくだらない事のために、罪もない魔族を理性のない獣に変えていたなんて……。ゾディアック、なんて卑劣な帝国。
「それに、人間の国のみならず、魔族領征服のために異世界から勇者も召喚してある! いずれ、世界は全て……暗黒獅子皇帝ルーヴ様のものとなるのだ!!」
それを聞いて、私は響子ちゃんを見つめてしまった。
激しくかぶりを振って否定する響子ちゃん。
魔王討伐とだけ言い含められ、魔族領征服とは聞かされていないようだ。
違う世界から召喚されて、魔王を倒せって言われたら、『悪い魔王を倒して世界を救え』としか聞こえないもの。間違っても、召喚した国の方が実は『悪』でした……なんて誰も思わない。
「とにかく、降りてきなさいよ!」
鍛え上げた私やカナの脚力でも、集会所の屋根にまで届くジャンプは難しい。
例え届いたとしても、隙だらけの体に攻撃を受けるのが関の山。私は、下から叫ぶ事しか出来なかった。
「断る! せいぜい、魔族か獣人か……私が何に化けているか怯えながら、次の『魔族獣人』の襲撃を待つがいい!!」
言いたい事だけを一方的に吐き捨てると、毒蠍は魔導具を取り出した。
「獣王変身、『コンドル』――!」
大きな禿鷲に変身し、毒蠍は飛び去っていってしまった。
あっという間に黒い点になって、大空に消えた。
「あっ……こら! 待てーっ!!!」
彼が消えた屋上に叫んでも、空しく声が木霊するだけ。
――毒蠍、必ずいつか捕まえてやるから。




