第八話 鵺
体が虎、頭が猿、そして尻尾に蛇がついているこの獣人は、魔導具によって理性を奪われ、私たちに襲いかかってきた。
「やっぱり、強い……!」
ゾディアックの魔導具『変身方体』は、使用者の能力を飛躍的に向上させる。ただの人間が獣の速さで動き、魔物並の腕力を発揮する。特に目を見張るのは防御力で、刃物さえも徹さない外皮を使用者に与える。
そんな魔導具が二つも、元から獣人である彼に使われている訳だから、その能力は桁違いだった。
「ところで、ジル……この獣人、なんて呼んだらいいの?」
ふと気になってしまい、鋭い爪を魔法剣で受けながらジルに尋ねる。
三つの獣を合成した合成獣人。
今までは、イーグル獣人とか、シャーク獣人とか、馬ベロス獣人とか……自ら名乗っていたけれど、今回は何獣人かさっぱり分からない。
「鵺獣人ですわね」
「ぬえ?」
「そうですわ。日本の伝承にある、由緒正しい妖怪の姿ですわ!」
日本にあんなへんてこな妖怪がいたんだ。
私が軽く驚いていると……。
「へー」
カナが感心したような声をあげていた。
最近カナは、私の故郷であり、ジルが観光に行っていたという日本に興味があるらしい。
「とにかく、ぬえ獣人ね! カナ、ミオ……魔法で援護、お願い! 響子ちゃんは、私と一緒に剣で攻撃、ジルは回復! いい?」
「応よ! 《火球》――!」
「しょうちしましたわ! 《大隕石……」
カナは、通常サイズの《火球》を、ミオは……また、隕石を撃とうとしてる!
私は咄嗟にミオの詠唱をやめさせた。
「……《隕石》以外で」
「ちっ……。しかたありませんわね……《石礫》!」
舌打ちをしながら、下級魔法に切り換えるミオ。
その後も、交互に二人が魔法を当てていき、獣人は一歩また一歩と後ずさっていく。
「ええーいっ!!」
叫びながら、剣を振り乱す響子ちゃん。
三メートルは離れた場所で、目をつぶって無闇やたらに剣を振っている。
その間合いじゃ当たらないよ……。
「《祝福》――!」
やや優勢といった戦況の中、ジルの支援魔法が全員に飛ぶ。
魔法によって上昇した能力で、一気呵成に攻め立てる。
「とどめっ……!」
これで勝利したと思った瞬間――。
§ § § §
「ウガッ……ウガアアアアアアッ!!!」
鵺獣人が苦しそうに呻き、叫ぶ。
それと同時に彼の両胸が光りを放ち、私たちは弾き飛ばされてしまう。
「きゃあああっ……!」
私たちが起き上がるまでの間に光は収束し、その残光から獣人が姿を現す。
……その外形は更に不気味に、更に不可解なものへと変貌した。
虎と猿が複雑に入り混じった、どの動物ともつかない面貌。虎の縞柄と、猿のような茶色い剛毛がまだらに混ざった奇妙な体。そして、全身を這うように絡みついている大蛇の胴体。体格も更に一回り大きくなっている。
化けもの。正にそう形容するのが相応しい怪物になっていた。
「二段変身……」
「二段変身ですわね……」
私とジルは冷や汗をかきながら、その怪物を見つめた。
二人の想像していた『二段変身』は、全く別の変身――私は、戦隊の番組後半で出てくるパワーアップ形態を、ジルはアールピージーの最終ボスを想像していた。
ただ、二段変身は変身前よりも『強くなる』
その一点だけは共通で……ただでさえ強い獣人が、より手強くなってしまうという予測は二人共一緒だった。
魔導具を二つも埋め込まれてしまっている獣人を、無理に追いつめてしまったがために、魔導具に共振とか、相乗効果的な何かが発生してパワーアップしてしまったのだろう。戦隊ではよくある話だ。
見た目だけでも、それまで以上に凶々しく、強く、堅牢そう。
全員が怯む中、カナだけは違っていた。
たじろぐ私にカナが笑いかける。
「なーに、ちょっとデカくなっただけだ! アリサならやれる!」
その天使のような笑顔に癒やされて、私は自信を取り戻す。
「《剣創造》……《火炎付与》! ……それと、《加速》っ!」
カナが私に炎をまとった大斬刀を投げてよこした。
支援魔法までかけてくれている。
「やっちまえ!」
拳を突き上げ、カナが私を鼓舞する。
ミオの魔法によって目潰しを受けた怪物へ、私は駆け込み……一気に飛び上がって、大上段の更に上から、斬りつける!
「フレイム大斬刀おおおーっ!!!」
§ § § §
決着がつき、気絶した怪物は元の人虎に戻った。
ジルの治療で目を醒ます人虎。
「ハッ……俺は、一体……?」
これまでの経緯を説明する。
「そうか……すまない」
「いいえ、悪いのはゾディアック……『毒蠍』です!」
謝罪する彼に、私ははっきりと責任の所在を告げた。
「あいつが逃げていったのはあっちね。急ぐよ、カナ、ジル、ミオ……響子ちゃん!」
「応」「ええ」「しょうちしましたわ」「はいっ!」
このままでは毒蠍の行く先々で、こんな事件が何度も起こってしまう。
すぐにでも追いかけて、奴の凶行を止めないと……。
毒蠍の逃げた方向へ、私たちは急いで旅立った。