第六話 変化
翌朝、快適なベッドのおかげですっきりと目醒め、旅の疲れも癒えた。
朝食までご馳走になり、カナが偉い魔族な事もあるとは思うけれど、ここまでして貰うと何か申し訳ない気分になる。
その日は、次の村に旅立つための消耗品を買い揃えるために、店探しをする事になった。
村を歩いていると昨日、村長宅まで案内してくれた魔族の村民と再会した。
彼に、店がどっちの方向か聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「雑貨屋ですか? ご案内しますよ」
お言葉に甘えて彼の案内で、雑貨屋に向かう。
今日もすれ違うのはやっぱり魔族ばかりで、人間は私たちだけ。他には、ちらほらと魔物や半人半獣がいる程度。
アラクネの集落に滞在している間は、大きなアラクネしかいないから麻痺していたけど、こういう人間サイズの魔族の村では、私たち人間が異質な存在だと理解出来る。
「到着しました。ここです」
お礼を言って雑貨屋に入る。彼もついでだからと、買い物を始めた。
§ § § §
「ちょっと高くね? 四枚にまけろよ」
カナが値引き交渉をしている横で、私は擦り切れ始めていた毛布の替えを物色。
ジルは、チャームやタリスマンといった護符を買うでもなく眺めていた。
全員が買うものを決め、カウンターに持っていく。
――それは、会計が終わった時に起きた。
「ぐううっ……! グ……ガ……グゲガ……グゴゴ……!」
急に案内の彼が、喉をかきむしって苦しみ出す。
今買ったばかりの小物を取り落として、腹をくの字に曲げてうずくまる。
「……どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「ガアアアアアアッ……!!!」
彼が叫ぶと同時に、全身の筋肉が盛り上がり、服が弾け飛ぶ。
みるみる剛毛が体中を覆い……人狼へと変貌していた。
「……なんで!?」
驚く私に、怪物と化した村民が襲いかかる。
咄嗟に避けたものの、彼は商品棚に激突。店の品がばらまかれてしまった。
「アリサさん、事情や原因の究明は後です! まずは彼を店の外に!」
皆がパニックになっている中、唯一冷静なジルが助言を飛ばしてくれた。
確かにこれ以上、店のものを壊す訳にはいかない。
「わかった……《剣創世・刃引き》!」
思いきり棚に打ちつけて頭を振る人狼に、私は回り込んで胸に剣を押し当てる。
その姿勢で人狼を押し込む。ここから出入口まで、商品棚のない通路を一直線。店に迷惑がかからないように、一気に店の外へと叩き出した。
強く押された勢いで尻餅をつくも、獣人特有のばねで起き上がって戦闘態勢になる人狼。荒い息を吐き、よだれを垂らしながら、その鋭い爪先を私に向ける。
「話を……って、無理そうね。悪いけど、全力でやらせて貰うから……!」
人狼の牙を避けて、一太刀。
しかし、あまり効いてない様子。
彼は打ち込まれたままで、腕を返し裏拳を放ってくる。
それも避ける。そして、もう一太刀。全く動じず、鉤爪を繰り出してきた。
……この人狼、強い!
少し前に、人狼とは戦った事はあるんだけど、大抵の人狼は二太刀もあれば気絶させる事が出来た。しかし、この人狼はそれがほとんど効いていないように、猛烈に攻め込んできた。
回避と反撃を繰り返す事、数度。ようやく私に、この人狼の秘密が分かる。
普通の人狼は、元が人間。でも、この人狼は元が屈強な魔族――いわば、人狼ならぬ魔狼。ただでさえ、並外れた怪力と俊敏さを持つ魔族が、野生の牙や動体視力を手に入れているのだから、ただの人狼とは強さの桁が一つ違う。
私はとにかく、この魔狼が気絶するまで刃引きの剣で打ち据えた。
やっとの事で人狼……いや、魔狼が倒れると、元の魔族の姿へと戻っていき……胸からぽろりと小さな箱が落ちる。
拾うとそれは、『変身方体』……またしても、変身方体だった。
駆けつけたジルにそれを見せると……。
「間違いありませんわ。ゾディアック帝国の魔導具ですわね……。新年祭の時に、貴族たちが獣人にされた事件があったでしょう? あれと同じ、強制変身の魔導具ですわ……」
「やっぱり、魔族領にまでゾディアックが侵攻してきてるって事?」
「それも間違いありませんわ。これからは気をつけないと……」
ジルが言いかけた時、村の方々で悲鳴が上がる。
建物がまばらで見通しがいいこの村では、その全景を容易に視認出来た。
「グゲゲ……グゴッ……!」
「アガガガ……!」
「グガ……グワアアアッ!」
幾人もの魔族たちが魔狼に強制変身させられている。
魔狼になった彼らは、手近にいる村民たちを襲い始めた。
「ジル……手分けして、やっつけてこう! くれぐれも殺さないように」
「承知しましたわ!」
遅れて駆けつけた仲間にも同じ事を伝える。
「カナ! 暴れてる獣人を倒して! 殺しちゃだめだからね!」
「よく分けんねーけど、応……!」
カナは戸惑いながらも、視界の奥で暴れる魔狼へと駆け出した。
「ミオ、魔法でジルを援護!」
「しょうちしましたわ、お姉さま! ころしちゃだめなんですのね? 《大隕石……」
「隕石は駄目! 村がめちゃくちゃになっちゃう!」
「えー……でしたら、《石礫》ですわ……」
ジルが戦い始めた魔狼に、微妙にやる気のない石ころが飛んでいく。
怯んだ魔狼に、ジルの容赦ない錫杖が突き込まれる。
遠目で見ても分かる程、完全にお腹を貫通しちゃっている。
「ジル、それ村の魔族たちだから! 殺しちゃ駄目!」
「えー……面倒ですわ……。後で治癒をかけますから、構わないでしょう……?」
「もうっ……仕方ないから、それで!」
最後に来たのが響子ちゃん。
「響子ちゃん、あれくらいの大きさなら大丈夫?」
「ええ……。あの程度なら、なんとか……頑張ってみます」
「じゃあ、任せるね」
心許ない返事だけど、とりあえず一体を任せる事に。
そして、私は次の魔狼へ向かって走り出した――。
§ § § §
「全部片付きましたわね……《治癒》」
お腹に風穴の空いた元魔狼を治しながら、ジルが呟く。
「皆、おつかれさま……。結局、最後には二十人以上が人狼になっちゃったね……」
「パニックえいがかとおもいましたわ……」
「まあ、なんとかなったな!」
「私はまた、なんのお役にも立てませんでした……」
全員が私の声に、それぞれの返答をする。
響子ちゃんだけは辛そうに答えていたけれど、そこにジルが助け舟を出した。
「響子さんは、十分役に立ってますわ。響子さんの行動は『タゲ取り』といって、重要な役目なんですのよ。……RPGでは、ですけど……」
「そ……そうなんですか」
「一応、そうですわ」
タゲ取り……また、私の知らない日本語を使ったジル。多分ゲーム用語か何かだと思うけど、あとでどんな意味か聞いておこう。
「それにしても……」
ジルが変身方体の箱をねじ開け、中の角を取り出す。
「魔族の角を使って魔族をむりやり変身させ、別の魔族を襲わせる……ゾディアックはとことん腐った連中ですわね」
魔導具を投げ捨てて、ぼやくジル。
爪を噛み、遠いゾディアックの地を睨みつけていた。
「今度こそ犯人を捕まえて、とっちめないとね」
「ですわね」
事件解決もつかの間、私たちは犯人探しを始めた。