第五話 魔族村
それから二日、ゾディアックの『変身方体』を少女にしかけた犯人を探した。結局、犯人は見つからず、もうこの村周辺にはいないだろうという結論に至った。
少女や集落が、これ以上犯人に何かをされる事はなさそう……というジルの判断を信じて、私たちは旅を再開する事にした。
「ゆうしゃのおねーちゃん、バイバイ」
「アラクネちゃん、またね」
別れを告げる二人。
また逢える事を夢見て手を振る少女と、名残惜しそうにしている響子ちゃんの姿が対照的だった。少女に背中を見せた途端、泣き始める響子ちゃん。
私たち四人は、響子ちゃんをなぐさめながら歩いた。
§ § § §
更に二日。次の村が見えてくる。
アラクネの集落とは違い、柵やアーチはなく建物もまばら。田舎の村と聞いて誰もが思い浮かべるような、素朴な村に到着した。
村に来て、最初に目に入ってくるのが村民の魔族たち。
この魔族領は、魔族が住まう土地。人間は住んでいないか、いたとしてもおそらく少数。道を行き交う面々は、皆が魔族。
誰もが浅黒い肌と、二本の角という姿だった。
そんな彼らが、カナを見るたびにひざまずく。
四本角様と呼んで、心から敬意を示して頭を下げている。
「四本角様、その角はどうなされました!」
「ああ、人間にとっ捕まってな」
「おのれ人間……」
「いや、もういいから……」
カナ自身もうんざりしているこのやり取りが、何度も繰り返された。
多分、この先も繰り返されるんだろう。
「それにしても、カナって本当にお偉いさんだったんだね!」
「まーな。一応、四本もありゃそれなりの地位はあるけどな。周りがちやほやすんのが……ちょっとウゼェんだけどな」
「あー……分かる、それ」
私も『剣聖』という事で、人から似たような対応をされて困っている。
「でも、カナ……昔、私の事『お姫様』だって言ってたけど、ここではカナだって十分お姫様じゃない」
「うっせーよ。そんなんじゃねーっての……」
「照れちゃって」
「照れてなんかねーよ!」
からかい過ぎて、カナがふてくされてしまった。
ちょっと反省。
§ § § §
まず、この村で私たちが目指すのは、村長さんの家。
魔族領には『宿屋』という概念がなく、外からの来客は集会場か村長の家に宿泊させて貰うのが普通だとか。宿代も無料らしい。
村民に案内されて、四、五十分程で村長宅へ到着。
ずっと歩いていて気付いたのだけど、この村の家屋は高さが普通の建物が多かった。村長宅もそう。
唯一、村長宅の隣にある集会場。ここだけは、七、八メートルある魔物でも余裕で入れそうな高さになっていた。多分、大きな魔物用の宿泊施設も兼ねているから、この高さなんだと思う。この村でただ一つ、異質な建物となっていた。
「村長、四本角様がおいでですよ」
村民の呼ぶ声を聞いて、村長宅の中がどたばたとやかましくなる。
派手に何かをひっくり返す音や、転ぶ音が鳴った後、村長さんが出てきた。
「四本角様がいらっしゃっただと! ワシ、何も悪い事してないのに、なんで!?」
村長さんは、ひどく慌てた様子。
ぱっと見は九十前後の老人のように見えるけれど、魔族は人間と違って寿命のない種族。見た目通りの年齢ではない事が容易に想像出来た。
総白髪に、お腹の下まで届く豊かな白髭。それを三つ編みにしているお茶目な雰囲気のお爺ちゃん。角は他の村民と違って、三本。左右に一本ずつ、額の中央に一本の計三本。格で言えば、中級魔族。
落ち着いた色合いのローブを着込んで、腰が悪いのか魔法使いだからなのか、樫の木の杖を突いている。
「よ、よ、よ、四本角様あああーっ!!! ははーっ!!!」
村長さんはカナを見るなり、土下座をした。
「ワ、ワシに何か不手際でもありましたでしょうか……!」
「いや、ねーけどよ」
震えながらお伺いを立てる村長さんに、カナは即答。
「アタシたちは旅の冒険者なんだ。一、二日泊めて貰えねーかな?」
「一泊、二泊と言わず、何年でも何十年でも……!」
「そんなに泊まんねーよ」
これにはカナも苦笑い。
とりあえずジルが前に出て、手短に説明をした。
村長さんを咎めにきた訳ではない事や、旅の目的、泊まりたい旨が分かりやすく示された。それを聞いて、村長さんはほっと胸をなでおろす。
「しかし、珍しい取り合わせですな。四本角様と人間四人とは……」
「コイツら、アタシなんかより凄ーんだぜ?」
「はっはっは、まさか」
村長さんは、カナの話を冗談か何かだと思って笑う。
まあ、そんな話を信じる魔族がいるはずもない。選民意識ではないけれど魔族が人間より、知能も腕力も魔法も、全てにおいて勝っているのは事実。
高位である四本角よりも人間の方が『凄い』だなんて、私も自分が魔族だったら絶対に信じないと思う。
「例えば、コイツな。大陸で一番強い剣士――『剣聖』だぜ?」
カナが親指で私を指したので、私は勢いで会釈した。
「三本角の戦士や、四本角の召喚師も余裕でブッ飛ばしてたんだぜ?」
「け……『剣聖』ですと!? しかも、不遇職とはいえ四本角を!?」
「ああ、んでコイツは《大隕石群》が使える六歳児だ」
「あの上級魔法、《大隕石群》ですと! そ……それを、わずか六歳で!?」
目玉が飛び出る、というのはこういう事を指すのだろう。
村長さんは大きく目を見開き、まばたきすら忘れている。
「で、こっちが『聖女サマ』……どんな怪我だって治すし、失くなった腕だって生やしちまう」
「腕を!?」
「そんで……コイツは『召喚勇者』だ」
「ゆ……勇者!?」
カナによって、さも凄そうに語られる私たち。
そんな話を矢継ぎ早にされて、村長さんは泡を吹いて倒れてしまった。
§ § § §
しばらくして意識を戻した村長さんが、非礼のお詫びにと土下座で謝ってきた。
いいですからと頭を上げて貰った後、ようやく客間に通される。
「どうぞ、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
今日は屋根付きの場所で泊まれる。
その上、お夕飯までご馳走になってしまった。食事はあくまで村長のご厚意だから、ジルも遠慮しておかわりをしていなかった。
この村は村長さんを始め、優しい魔族ばかりで心から安らぐ事が出来た。




