第四話 土蜘蛛
地中から現れた巨大蜘蛛。
まさか、こいつが少女を襲った――?
探している少女の行方、安否。
でも、今はそれを考えている暇はない。既に巨大蜘蛛が戦闘態勢に入っている。この瞬間、狙われているのは私たち――。
私は剣を構え、ジルとカナも起き上がってそれぞれの武器を抜く。
「コイツぁ、デケェな……」
「これはツチグモ……! Sランクのモンス……魔物ですわ!」
ジルの《千里眼》が巨大蜘蛛の正体を暴く。
彼女には、この怪物の生命力や膂力なんかも見えているんだろう。
ツチグモ。私も子供の頃……とはいっても日本に住んでいた前世の子供の頃に、聞いた事がある。確か、伝承に出てくる妖怪の名前だ。
冷静になって目を凝らしてみると、ただの蜘蛛ではなく、頭部が虎のようになっており、黄と黒のまだらが全身に走っている。その異様で毒々しい姿が、ただの大蜘蛛ではない事を雄弁に語っていた。
そのツチグモが、ゆっくりと前脚を振り上げ、私たちを狙う。
落ちてくる鋭い爪を、散開して避ける。
「危ねえ……なんだ、あの脚の威力……!」
カナが叫んだ。
爪の一撃で、地面が深く抉られている。
何故、この岩場で、潜んでいた場所が土塊になっていたのか。どうして岩しかないここで、土中に隠れる事が出来たのか。それが、今の一撃で分かってしまった。
「一発でも当たったら、終わりって事ね」
「ですわ……。伊達にSランクではありませんわね……」
無駄口を叩いている間にも、また一撃。
右の前脚の次は、左の前脚が上がる。
この魔物……妖怪の欠点は、ゆっくりとしか攻撃出来ない事。
私は、ツチグモが脚を振り上げている間に、体の下へと潜り込み、奴より先に斬撃を叩き込む。
しかし、私の剣は激しい金属音と共に弾かれてしまう。
「くっ……!」
攻撃を放った私の腕の方が、衝突の反動で痺れてしまっている。なんていう硬さ……まるで、ゾディアックの獣人のよう。鎧すら断ち斬れる魔法剣が全く効かないなんて。
斬撃を繰り出すはずの私の剣が、ただの鈍器と化している。
それも、重く硬い外骨格に阻まれて、本体にはわずかも届いていない戯れのような殴打。
それなら……。
「《剣創世・大斬刀》っ!」
重量には重量。
「喰らええええっ!!!」
気合と共に、胴体の下から大斬刀を振り上げる。
次の瞬間、いつもならその体を両断出来るはずの大斬刀は、私の手から離れて弾け飛んでいた。
「痛うっ……!」
残ったのは、両腕が麻痺した感覚だけ。
それでも多少は響いたのか、ツチグモは重力に任せて胴体を落としてくる。
このままでは押し潰される!
私は両腕の痺れもそのままに、その巨体から避難した。
一方、ジルとカナの二人は、この魔物の前脚と交戦中。
「《竜闘志》――! カナさん、今の内に早く!」
ジルが真竜としての力を開放し、ツチグモの一撃を受け止める。
完全に受け止められ、動けないそいつの脚先にカナの短剣が刺さる。
……刺さったかに見えた。
しかし、カナの短剣は大斬刀と同じように、甲高い音を立てて後ろへと飛んでいってしまった。
「くそっ……短剣程度じゃ効きやしねえ!」
いくら魔族製の短剣でも、この魔物が持つ天然の鎧を徹す事は出来なかった。
「どうにかなんねーのかよ!? アリサ……アリサはどうだ?」
胴体から退避した私に気付き、カナが声をかけた。
私はカナの下へと駆け寄って答える。
「駄目! 大斬刀でも効いてないみたい!」
「仕方ねえな……。聖女サマ、倒れんなよ? 《剣創造》《武装付与》《火炎付与》《加速》!!」
カナは、彼女には珍しい長剣を造り出し、いくつのも魔法を付与した。かなりの魔力が大気中から奪われ、たった一本の剣に収束していく。
「その程度なら、大丈夫ですわ!」
「よし、いくぜ!」
大斬刀にも負けない大きさの炎を宿した剣を、力の限り振り下ろすカナ。
今度こそ……、その願いを込めて放たれた一撃は、炎に実体がないからこそ弾かれずに済んだだけで、軽く脚をなでる程度で終わった。外皮にほんの少しの焦げを残すのみで、本体に全く届いていない。
左右に何度も剣を振るも、つくのは小さな焦げ跡ばかり。
「畜生っ……これでも駄目か! 何か……何か手はねえのかよ?」
カナは歯噛みして悔しがった。
「そうだ、アリサ……でっけー剣だ! でっけー剣なら!」
「ごめん……。朝の組手で気力……魔力を使っちゃって……」
アラクネたちとの連日の組手がここで裏目に出た。
巨大剣を創り出すだけの気力が私には残っていない。それに今日は、剣術指南でも何度か剣を出していたから、余計に気力が足りていない。
「本格的にやべえな……」
ツチグモの脚を避けながら、頭をかきむしるカナ。
このままでは、どうやっても勝ち目はない。
そんな中……私に向かって、きらきらと光る何かが投げつけられてきた。
「それを、お使いなさい! 『赤の森』で集めた、虎の子の魔石ですわ!」
ジルから投げられ、私の手に収まったのはいくつもの魔石。
角ウサギを始めとする『赤の森』の魔物から取り出した魔石だった。
「ありがとう、ジル」
「そんな事より、さっさと詠唱しなさい!」
「うん!」
私は魔石を砕くと手のひらを上に向け、集中して呪文を唱える。
私が詠唱している間は、カナとジルがツチグモの攻撃を受け止めてくれていた。ジルは《竜の力》で、カナは魔族の怪力で受けきっている。
「お待たせ! 間に合った?」
「ええ!」「ああ!」
「じゃあ、ここからは……私のヒーロータイムの始まりよ!」
高く掲げていた手を、思いきり振り下ろす。
「……いくよ! 《剣創世》――とにかくでっかい剣っ!!!」
天空から数十メートルの巨大剣が舞い降りて、ツチグモの腹を貫通する。
串刺しになって、ツチグモはその場に沈んだ。
§ § § §
それから、ほんの少しの間を置いて、ツチグモが小さくなっていく。
まるでジルの真竜化が解けて、人間サイズに戻る時のよう。
途中、刺さりきれなくなった巨大剣が抜けて、地面に倒れた。
どんどん小さくなっていくツチグモ。
そして小さくなるにつれて、その姿も変わっていった。
最後にそこに横たわっていたのは、幼体のアラクネ。
私たちが探していた、少女本人。
「一体……どういう事?」
あまりの不可解な出来事に、私は呟いた。
そうして私が悩んでいると、少女の胸から何かがぽろりと落ちた。
ジルがそれを拾って、私に手渡す。
「アリサさん、これって……」
「『変身方体』……。なんで、ゾディアックのものが、この魔族領に?」
「分かりませんわ……でも、何者かがこの子に、それを使ったのは間違いありませんわ……」
二人で必死に頭を捻る。
しかし、少しすると私たちは『変身方体』なんかよりも、少女を治療しないといけない事に気付いた。傷口も一緒に縮小化したとはいえ、巨大剣のせいで少女のお腹には大穴が開いてしまっていた。
大慌てで《治癒》かけて治すジル。
それから程なくして響子ちゃんが気絶から回復して、少女を介抱した。
少女は目を醒ますと、響子ちゃんに抱きつく。
「ゆうしゃのおねーちゃん! ゆうしゃのおねーちゃんがたすけてくれたの!?」
「えーっと……あの、その……」
返答に困る響子ちゃん。
今回、響子ちゃんはただ気絶していただけ。だけど、介抱したのは確かに響子ちゃんだ。二人は丁度、初日とは逆の構図になっていた。
戸惑いながら私を見つめる響子ちゃんに、私は大きく首を縦に振った。
響子ちゃんが助けたんだよ……って。
「……そ、そうよ」
「ありがとう、ゆうしゃのおねーちゃんっ!」
少女は強く響子ちゃんにしがみつく。そんな少女を、響子ちゃんは落ち着くまで抱きしめてあげていた。
――誰が少女を拐ったのか。誰が少女を怪物に変えたのか。
それは、一体何のために。色々な事が謎のままだけれど……私たちはひとまず、少女と共に集落へ帰る事にした。