第二百三十六話 魔族領へ
――私たちはミオに助けられ、なんとかこの危機を脱する事が出来た。
ミオ・レッドヴァルト――私の妹。前世での妹が、私を追いかけてこの世界にやって来て、もう一度妹として生まれ変わったという……かなり度を越してしまったお姉ちゃんっ子だ。
世界を越えてまで逢いに来るなんて、どれだけ私の事が好きなんだろう?
姉としては嬉しいけど……姉離れ出来ないこの子が、少しだけ心配になる。
新たにミオを仲間に加え、私たちは魔族領に向けて森を南下。
とりあえず、歩きながら皆にミオの事を紹介する。
「カナは知ってると思うけど、妹のミオ」
「応、久しぶりだな!」
カナにはまだ赤ちゃんの頃のミオを見せた事がある。
……でも、久しぶりってどういう事?
「カナリアさま、おひさしぶりですわ。カナリアさまにおしえていただいた、まほう……とても、やくにたちましたわ」
「ちょっと……いつ、魔法なんて教えたのよ?」
カナがミオに魔法を教えた?
その不穏な発言に、私はカナを問いただした。
「んー……、アリサが学校に行った後だな。まだ三つにしかなってねーミオが、教えてくれって森までやって来てさ……」
「そういう事は、早めに言ってよ……」
「聞かれなかったからな」
あー……よく考えたらカナって、そういう大雑把な性格だった。
「でも、すげーんだぜ? たったの二年間で、ほとんどの土属性魔法を憶えてよ。流石はアリサの妹だって思ったぜ」
「そういう問題じゃなくて……」
この魔物だらけの『赤の森』に、まだ三歳の妹が入り浸っていたなんて、あまりにも危険過ぎる。私はカナにそれを止めて欲しかった。
「まー、アタシがついてたから大丈夫だろ?」
「ですわよね」
カナの言葉にミオが頷く。
師弟だけあって、言い訳まで息がぴったり。
「もうっ……」
あまりにも楽観的な二人の言葉に、私は呆れてしまう。
まあ、無事だったからいいかな。それにミオの魔法がなかったら、今回は危なかった訳だし……。
私がそんな事を考えいてると、ジルが横から話しかけてきた。
「私もミオさんの事は存じておりましたわ。お逢いするのは初めてですけど」
「えっ……?」
カナはともかく、どうしてジルがミオの事を知っているの?
いくら《千里眼》で私を観ていたからって、揺りかごの中にいる妹までは知りようがないと思うんだけど。
「お忘れになりましたの? 私、異界渡りをした存在は感知出来ますのよ?」
「あー……。でも、なんでミオが地球から来たって教えてくれなかったの?」
「聞かれておりませんでしたもの」
カナに続いて、ジルも意地悪だった……。
「初めまして、ミオさん。私はジル。アリサさんとは、冒険の旅をご一緒させて戴いておりますわ!」
「ごていねいにありがとうございます、ジルさま。あたくし、アリサの妹ミオ・レッドヴァルトともうします。いつも、姉がおせわになっております」
似たような口調の二人が挨拶をすると、普通のはずの私が乱暴な喋り方に思えてくる。似た者同士、仲良くなってくれるといいんだけど。
最後は、響子ちゃんだ。
「響子ちゃん、私の妹の……」
「澪さんですね! あの時は……本当に、本当に申し訳ありませんでしたっ!」
彼女はダイナミックに飛び上がり、ミオに向かって土下座をした。
地面に頭を擦りつけて、額が割れんばかりに謝っている。
スーツが汚れちゃうし、ストッキングも伝線するから土下座はやめた方が……。
一方、ミオはそんな彼女を見て、舌打ちをした。
あれ? ……今、地面に唾まで吐いていなかった?
おねえたん、おねえたんって言っていた可愛いミオが、唾を吐くような子に育っていたなんて……お姉ちゃん、とてもショックなんだけど。
ミオの態度に私が泣きそうになっていると、当のミオは悪態をつき始める。
「この世界にきてまで、この女にあうとはおもいませんでしたわ」
「えっ……? えっ?」
「この女、しょっちゅううちにきては、げんかんでどげざをして、『お姉さんを殺したのは私です! 本当にごめんなさい!』なんていってくるんですのよ……。めいにちには、お姉さまのぼぜんではちあわせすることもおおくて……」
泣きながら土下座をする響子ちゃんとは対照に、不快感をあらわにするミオ。
「うざいったら、ありませんわ!」
なんか、妹の見てはいけない面を見てしまった。
どうやらこの二人は、前世からの確執があるようで……私が踏み込んじゃいけない、二人の領域というものが存在するのかも知れない。
……っていうか、これ……ひょっとして私のせいで仲が悪いんじゃない?
二人共、私を殺したとか、私の墓前とか言っているし。
ここは、私が仲を取り持たないと。
「あの、ほら……ね? 私はこうして生きてるから……ね、仲直りしよう?」
「ちっ……。お姉さまがそうおっしゃるなら、しかたがありませんわね……ほら、おたちになって!」
私に言われて嫌々握手をするミオ。
握手を返しながら、何度も申し訳ありませんと謝罪する響子ちゃん。
……響子ちゃんは一生、ミオに頭が上がらないのかも知れない。
あとでちゃんと、あの事故は響子ちゃんのせいじゃなくて、私が勝手に転んで死んだだけって二人に説明しておかないと……。
§ § § §
多少ぎくしゃくする二人がいるけれど、私たちのパーティは五人になった。
五人……そう、戦隊の人数!
ずっと目標だった、五人組の戦隊。
以前、六人でパーティを組んだ事もあるけど、その時は『戦隊』っていうより『迷宮攻略共同体』って感じだったから、ちゃんと戦隊として五人組になれたのは凄く嬉しい。
あとは全員が名乗りを上げて、ポーズを決めてくれたら完璧。
ジルとカナは全然乗ってくれないから、その道程は長そうだけど……。
「あ痛っ……!」
不注意で木に頭をぶつけてしまった。
妄想が膨らみ過ぎて、前も見ないで歩いたからだ。
頭をさする私に、ジルは《軽癒》をかけながら言う。
「どうせ、また戦隊の事を考えながら歩いてたんでしょう?」
「えっ……なんで、分かったの?」
「戦隊バカのアリサさんの事ですもの。分かりますわ」
それを聞いた後ろの二人が笑い声をあげた。
響子ちゃんとミオだ。
「あ、それ分かります。亜理沙お姉さんのご両親から、あの子は戦隊が大好きで……って何度も聞いてましたから! 部屋も戦隊のDVDだらけとか……」
「ふふっ……お姉さま、ちきゅうにいたときと、まるでいっしょですわね……」
それぞれ言いたい事を言った後、二人は顔を見合わせて笑う。
ひょっとしたら、この二人の関係……近い内に、いい方向へ向かうのかも?
ちょっと恥ずかしい思いをしたけれど、少しでも仲直りのきっかけになるなら、私は何度だって頭をぶつけても構わない。
彼女たちは大事な妹と、仲間なんだから。
少しだけ打ち解けてきた二人も交えて雑談をしながら歩くと、前方から光が差してくる。森の出口が近いという証だ。
先頭を行くカナが振り向きながら笑顔を向け、大きな声をあげる。
森中に響くんじゃないかって思うくらいの澄んだ声が、辺り一面に木霊した。
「おい、オマエら……見えてきたぜ!」
カナが正面を指差す。
「魔族領だ……!」
とうとうたどり着いた魔族領。
五人になった私たちの、新たな冒険が始まる。




