第二百三十四話 変身
逆光の中から現れた少女、それは私の妹……ミオだった。
「ミ……ミオ!?」
眩しい光に目が慣れて、ようやくその全身像を確認出来ると、確かにその姿は六歳の少女のものだった。もう四年も逢っていなかったけれど、二歳の頃に見た面影はしっかりと残っている。
なんでこんな所に?
そのジルみたいな丁寧口調は一体?
それよりも、今の魔法はミオが使ったの?
疑問ばかりが湧き上がり、一体何を話せば、何を聞けばいいのか分からない。
混乱している私に、ミオは力強く宣言した。
「そうですわ、お姉さま。あなたの妹ミオが、たすけにまいりましたわ! さあ、のこりをかたづけてしまいますわよ!」
大地震と地割れ、それに大量の隕石。
これらの攻撃を受けても、野生の勘か偶然か、退避して生き残っていたリザードマンが戦闘姿勢を取り直して近付いてくる。
それらにいちべつをくれると、自信満々に組んでいた腕を解くミオ。
右手を水平に伸ばすと、彼女の足元から指先に向かって、小さな生きものがちょろちょろと這い登っていった。
「水の精霊、サラマンダーキャットの『まんちゃん』ですわ!」
サラマンダーキャット!?
サラマンダーなのか猫なのかはっきりして!
それに、火の精霊のはずのサラマンダーが、どうして水なの?
その怪しげな動物の見た目は、その名通りに蜥蜴と猫の中間。
全体は蜥蜴のようでいて、手足の先や耳だけが猫、瞳は縦に一本の直線を描いている。その蜥蜴猫が、二股に分かれた舌をちろちろと出し入れしている。
「いきますわよ、まんちゃん!」
まんちゃんと呼ばれた謎の生きものが、にゃあと鳴く。
あ……鳴き声は一応、猫なんだ……。
「――プリピュア・プリズムフラーッシュ!!!」
ミオが叫ぶと、精霊まんちゃんが真っ赤な炎の塊になり……ってこの子、水の精霊じゃなかったの?
くるくると回転するミオ。
その回転に合わせて炎となった精霊が、ミオの全身を駆けめぐる。炎が触れた場所から順番に、着ていたドレスが燃え落ちて、新しい服が出現する。
それはまるで前世での妹が大好きだった、魔法少女の変身シーン。
新しいコスチュームに『変身』し終わると、怪しげなポーズをつけながらミオが意味不明な名乗りを上げる。
「天空にたゆたう紅蓮の炎、ピュア・ピンクレッド!」
ピンクなのかレッドなのかはっきりして!
それに、それは戦隊五人目の仲間じゃなくて、一時間ずれた番組の主役だから!
プリピュア――日曜日の朝、私が大好きなハイパーヒーロータイムと一緒に放送されている、女の子向けスーパーヒロインアニメ。戦隊のようにカラフルな女の子たちが、悪の怪物を倒していく勧善懲悪の物語だ。
……違う、違うよミオ! それは私の求めていた仲間じゃないよ!
どこをどう突っ込めばいいのか悩む私をよそに、蜥蜴の山から飛び降りて、一番近くのリザードマンを蹴り飛ばす。
「《岩石飛来》!!」
どうして『紅蓮の炎』って宣言したのに、土属性魔法なの!?
さっきの変身シーンの炎や、サラマンダーの存在意義は一体……?
彼女の体程もある岩が、周囲のリザードマンに向かって無数に飛んでいく。
こんな巨大な岩が高速で飛来しては、流石のリザードマンも鱗だけでは防ぎきれず、押し潰されながら彼方へと吹き飛んでいった。
「《大地震》!」
再び地割れが起きて、残った全ての敵を奈落の底へと叩き落とした。
「ふう……これでかたづきましたわね」
「あ、あの……ミオ……」
「どうしましたの? お姉さま」
「もう、何から聞けばいいか分かんない……」
私はその場にへたり込んだ。
§ § § §
大ピンチな私たちの前に、突然現れた妹。
色々と聞きたい事だらけだけど、まずは……。
「とりあえず……ありがとう。ミオ」
「こんなの、あさめしまえですわ!」
両手を腰に置いて、ふんぞり返るミオ。
あれ? 私の妹、こんな性格だったかな……?
性格はさておき、色々と聞きたい事がある。
「えっと……なんで、この森に?」
「お姉さまさがしの旅にでるための、しゅぎょーのいっかんですわ!」
「だからって……こんな危ない森で……」
「大丈夫ですわ! もう、この森であたくしにかてるモンスターはいませんわ!」
そうじゃない。
六歳の子供が、こんな森にいる事を咎めてるの。
……まあ、私も六歳の時に、この森で修行を始めたんだけど。
話の通じなさに頭を抱えていると、響子ちゃんが前に出て私に尋ねる。
「あの……亜理沙お姉さん……。この子は?」
「えっとね……」
確かに、急に出てきてあれだけド派手にかましてくれたら、一体誰で、どういう関係なのか気になるところ。
私が響子ちゃんに答えようとすると……。
「『亜理沙お姉さん』……? 『亜理沙お姉さん』ですって? お姉さまを『姉』とよんでいいのは、前世でも、今世でもこのあたくし一人だけですわ!」
食い気味に怒鳴るミオ。響子ちゃんの『お姉さん』呼びが気に入らないらしい。
……って、あれ? ちょっと待って。ミオの返答の中に、やたら不穏当な単語があったんだけど。
「ちょっと……。前世って」
「お姉さまは、かわいい妹のあたくしを……もう、おわすれになりましたの? 鈴城澪、お姉さまのじつの妹ですわ! お姉さまをおいかけて、てんせーしましたのよ! なまえがいっしょなのに、きづかなかったんですの?」
「ええー……」
ミオが前世の妹、澪だったなんて……。
「あの……ミオ、日本の方のパパとママは?」
「あたらしい妹がうまれたから、りょうしんのことはぜーんぶ妹にまかせて、この世界にきましたの! お姉さまのために!」
この世界にきましたのって……前世でも澪は、お姉たん、お姉たんと言って後ろをついてくるお姉ちゃんっ子だったけど、だからって生まれ変わってまで私を追いかけてくる?
私も死んでしまった時は、置いていった六歳の妹が悲しまないか気になっていたけど……。こうまでする妹の執念に、薄ら寒い恐怖のようなものを感じた。
それに、妹が産まれたからって家の事を任せるって……やってる事が私とそっくり。私もこっちの世界でミオが産まれた時、ミオに家督の事を全部任せて騎士学校に行った記憶がある。
「きょうはばっちりのタイミングで、お姉さまをおたすけすることができましたわ! せんじつ、お姉さまがレッドヴァルトにもどってこられたのを見てから、ずっとお姉さまがピンチになるチャンスをまってましたの!」
「ええー……。ピンチになるまで待ってたの? そうなる前に、顔を見せてくれてもよかったのに……」
「そんなありきたりのさいかいでは、インパクトにかけるでしょう?」
「インパクトありすぎよ……」
こうして、私の妹……ミオが仲間となった。
ミオという五人目の仲間が追加されて、私たちの魔族領への旅は続く――。




