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第二百三十一話 蜥蜴

 私たち三人は、悲鳴の聞こえた方向へと走った。

 カナを助けた時とは違って声は思ったより近く、数分で駆けつける事が出来た。


 そこには、蜥蜴のような姿をした数体の魔物と、一人の女性……幼く見えるけれど、どこか大人のような、私たちの基準からしたら十代前半のはずだけど、何故か二十代半ばだと感じる中背の女性がいた。


 魔物の方は、アスナやエキドナが変身した後の『竜亜人(ドラゴニュート)』の姿にそっくりで、違いは角や羽がない事。直立する二メートル強の蜥蜴といった風貌だ。


「リザードマンですわ……」


 ジルが私にそっと教えてくれた。


 一方、女性はスーツ姿。今まで出逢った中で一番近いのは、ジーヤの執事服。それの下をスカートにした……日本風にいうなら、リクルートスーツとでも呼ぶべき衣服。いわゆる、OLさんが着るようなスーツに身を包んでいる。


 更に、そのスーツに不似合いな革の胸当てと、片手用の長剣を装備。

 恐怖のあまり、尻餅状態になりながらも、長剣をぶんぶんと振り回してリザードマンを牽制している。


「やめて……近付かないで! 嫌っ、来ないでーっ!!」


 混乱して叫びながら必死に剣を振る女性と、襲いたいけれど無闇に振るわれる剣に近付けず、攻めあぐねている蜥蜴たち。


 私はその二勢力の間に割って入り、まずは女性に声をかける。


「……お待たせ。間に合った? あいつらは私がやっつけるから、安心して」


 腰を抜かして座り込んでいる彼女の頭に、そっと手を置いてなだめる。


「さあ、ここからは私のヒーロータイムの始まりよ!」


 すぐにリザードマンへと向き直って、《剣創世(ソード・ジェネシス)》で剣を創り出し、一気に斬りかかった。


 カナ、ジルも加わったおかげで、二、三分で魔物たちを撃退。全部で四体いた内の三体を倒すと、最後の一体は慌てて逃げていった。




    §  §  §  §



「大丈夫? ……立てる?」


 私は、スーツの女性に手を差し伸べる。

 彼女は立ち上がると、お尻についた土を払って、私に礼を述べた。


「ありがとうございます。助かりました」


「ここは、『赤の森(レッドヴァルト)』……この国で一番危険な森よ。なんでこんな所に来ちゃったの?」


 一般市民……かどうかは分からないけど、少なくともスーツ姿の女性が入り込むような場所じゃない。私たちはそれなりに実力があるから大丈夫なだけで、普段なら冒険者でも敬遠するような怖ろしい場所だ。


 彼女は革の胸当てをずらし、懐――スーツの内ポケットを探ると、そこから一枚の小さな紙片を取り出した。


 真っ白な紙。この世界では、ジルのラノベでしか見た事がない。そのジルも、わざわざ日本で入手したと言っていた。彼女はその白い紙を両手で私に差し出すと、名乗りを上げた。


「私……召喚勇者の、赤城響子と申します!」


 差し出された紙は名刺。そこには漢字で名前が書いてあり、名前の上には会社名を二重線で消して、この世界の言葉で『召喚勇者』と直されていた。名前の上には、ご丁寧にこの世界の発音でふりがなも振ってある。


「「「召喚……勇者……?」」」


 私たち三人は目が点になってしまう。

 召喚勇者、それはゾディアック帝国で呼ばれたという異世界人だ。


 納豆定食やケーキを日本から伝来してくれた恩人でもあるけれど、ゾディアック帝国側という事で、いつか遭遇したら戦うかも知れないと警戒していた相手だ。


 それが、こんなか弱い女性だったなんて。


 道理で十代前半にしか見えないのに、二十代だって思えたはずだと納得した。日本人だから、その容姿は私たちと比べて幼いのが普通。それに、会社名が名刺に記載されている事から、それなりの年齢である事も確かだ。


「はい。ゾディアック帝国……? という所へ召喚されて、異世界の『日本』という所から来ました!」


 私たちが予想した通り、日本人だった。


「それで、この森に来た理由なんですけど……。実は、ゾディアック帝国の皇帝さんに、この森の先にある『魔族領』って所で人間を侵略する悪い『魔王』を倒してこいと言われまして」


「「「『魔族領』!?」」」


 魔族領――カナの故郷であり、文字通り魔族の住まう土地。

 とっくの昔に和平が成り立っており、人間を侵略するどころか住み分けが十分に出来ている。今代の魔王も、平和主義で人をどうにかするなんて考えていない。


「そうなんですよ。私、腕利きのボウケンシャー? っていう部下をつけられて、ここに来たんですけど……そのボウケンシャーって人たちも、あのでっかい蜥蜴を見たら逃げていってしまって……」


 ボウケンシャー……冒険者の事だ。以前の私と同じ間違いをしている。


「私だけ置いていかれた……って訳なんです」


「あれ? その冒険者の人たちって、『変身方体(キューブチェンジャー)』は使わなかったの?」


 私はふと、疑問に思った。ゾディアックなら『変身方体(キューブチェンジャー)』があるはずだ。

 それを使わずに逃げるなんて、不自然過ぎる。


「なんでも、勇者を呼ぶのだけで国家予算の半分を使ったとかで……、私だけ()()を渡されました」


 勇者の女性は私に立方体を見せる。

 よく見ると、それはただの『変身方体』ではなく、ギザギザのコイン――『ゾディアック・ギア』をはめる穴が開いていた。


 よりによって、改良(レボリューション)型魔導具……!


「あー、これ……危ないから、ポイしちゃおう。ポイ」


 私はそれを投げ捨てる。

 慌てて拾おうとする勇者に、私は真実を教える。


「それを使うと、人間が化けものになったまま戻れなくなっちゃう奴なの。だから捨てよう?」


「そ、そうなんですか……なんで皇帝さんは、私にこんなものを……?」


 すぐに逃げ出す冒険者といい、改良(レボリューション)型魔導具といい、帝国は勇者を……彼女を使い捨てにする気満々なのが分かる。遠い日本から世界を越えて呼ばれたというのに、可哀想な話だ。


 流石にそこまで告げるのは酷だと思って、私は話題を変えた。


「そんな事より今、魔族も魔王も平和主義になってて、人間を侵略する……なんて事はなくなってるの。なんであの男……皇帝ルーヴが、あなたに魔王討伐なんて依頼したのか分かる?」


「いえ……まったく……」


 悩み出す彼女。


 そこにジルが私の手を引っぱって、彼女から私を引き離す。

 十分に声が聞こえないだろう場所まで来て、その上でなお、ひそひそ声で私に話しかけた。


「……あれで間違いありませんわ。あれこそ、《竜の千里眼ドラゴンズ・サウザンド・アイ》で見た勇者ですわ……。こんな場所で遭遇するなんて、厄介ですわね……」


 ジルは彼女をかなり警戒している。

 でも、私にはどう見ても、彼女はいいように使れているだけに見える。


 少し話した感じ、裏表もあまりなさそうだし。


「……うーん、でも悪い人じゃないみたいよ。それに、なんだか帝国に騙されて、無理な討伐をさせられてる様子だから……彼女も被害者なんだと思う……」


「……そういえば、魔王討伐なんて無意味な話をしてましたわね……」


「……でしょ……? ……いくらゾディアックっていっても、多分騙されてるだけだから、わざわざ敵視しなくてもいいんじゃない……?」


「……そうですわね……」


 ジルがとりあえずの納得をする。

 二人での密談の結果、私たちは勇者と普通に接する事にした。



    §  §  §  §



「ところで、あなたは……」


「響子で結構です」


「響子ちゃん……でいいのかな? 歳はいくつ?」


 そう、私たちは名前と会社、それに勇者である事しか、彼女の事を知らない。とりあえず、年齢から聞いてみよう。


「あ、はい。二十四歳、会社員です」


「二十四……! やっぱり、私の方が歳下だったのね。ごめんなさい、響子さん」


「ちゃん付けで構いませんよ」


「わかったわ、響子ちゃん。私はアリサ。冒険者のアリサよ、よろしくね」


 私が名乗ると、響子ちゃんの目が急に鋭くなる。

 まるで、何かに気付いたような表情だ。


「……アリサ?」


 そして、響子ちゃんの声がいきなり大きくなる。


「アリサって、『苗字』……いえ、ファミリーネームは!?」


「……レッドヴァルトだけど……」


 家名まで名乗って、はっと気付いた。

 そうだ、響子ちゃんはゾディアックの勇者。ひょっとしたら『アリサ・レッドヴァルト』は敵として伝わっているのかも知れない。


 私は咄嗟に間合いを取って、身構えた。

 しかし、響子ちゃんの口から出た言葉は、とても意外な言葉だった。


「亜理沙お姉さん!! 亜理沙お姉さんですね……! 私です、十九年前に命を救って戴いた……!」


「十九年前……? 十九年っていったら、私まだ赤ちゃん……」


 その頃、まだ私は赤ちゃんだ。他人の命を救うなんて出来ない。

 でも、十九年前……十九年前……。


 まさか――!


「あのトラック事故から、お姉さんに助けられた子供……それが私なんです!」

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