第二百二十七話 和解
「だーっはっは! そーゆー事なら、最初から言ってくれよ……若旦那!」
笑いながら、ばんばんとオーレン伯の背中を叩くスマッシャー。
あの後、伯爵がしっかりスマッシャーに説明をして……とはいっても、それも一時間以上かかったのだけれど、説明をした事で誤解を解く事が出来た。
「まさか、メシに呼んだだけとはねえ……。本っ当ーにすまんかった!」
はにかみ笑顔で、彼は私に謝罪をする。
何事にも一直線、一気呵成な彼の行動力はパーティのリーダーとしては頼もしいけれど、メンバーにとってはトラブルメーカーなんだろう。
疲れたような顔で彼を見つめる仲間たち三人の姿があった。
とにかく、今回の話はこれで和解という形になった。
§ § § §
そのまま和やかなのか、お疲れなのか微妙な雰囲気で晩餐会に。
結果的に、二度目の晩餐をご相伴にあずかった事になる。
昨日は勝負を挑まれて、気が気じゃなくて味も分からなかったけど、今は次々と供される豪華な料理に、私たち全員が喜んでいた。
農村の近隣でもない限り調達が難しい、新鮮な野菜のサラダ。高価な塩と胡椒がふんだんに使われ、よく煮込まれたスープ。メインは、内陸の領にもかかわらず痛み一つない海魚。
この魚をどうやって入手したのか伯爵に聞いたら、冷凍魔法で新鮮なまま運ばせたのだとか。やっぱり魔法は便利かも知れない。
逆に私のそれまでの活躍を伯爵から聞かれ、上手く説明出来ない私の替わりにジルがそれを語るなんて場面もあった。叙述的に情感たっぷりに話すジルの語り口は、まるで本職の語り部が伝える英雄譚のよう。
結構泥臭い私の戦いの記録が、小説や映画のワンシーンみたいに格好よく表現されていて、これって本当に私の事を話しているの? ……と疑問に感じてしまう程だった。
特に真竜退治の下りは、ジル本人がその真竜である事を上手く隠しながら……あの満月の夜の戦いを、その場さながらの臨場感で語っていた。自分が倒された話を嬉々として語るのって、正直どうよって思ったけれど。
ジルの口から紡がれる、少々盛られた私の英雄譚に伯爵も大満足。
彼女に全部任せて正解だったな……と感じた。
晩餐会の最後はデザート。この国独特の素朴なお菓子ではなく、レアチーズケーキにティラミス、フルーツパフェにミルクレープ、モンブランやパンケーキといった前の世界風の『スイーツ』たちが並んだ。
「なんでも異世界から召喚された勇者が、異世界の菓子を伝来したらしいですよ。喜んで戴けると嬉しいのですが……」
……と伯爵が説明をする。
こんな所でもまたゾディアックの勇者の話が。
「勇者……」
「どうかなさいましたか?」
私の微妙な表情を察したのか、伯爵が心配の声をかけた。
苦笑いをしながら、私は彼の言葉に曖昧な返事をする。
「いえ、なんでも……」
召喚した国がゾディアックなので、私としては少し複雑な気分。それでも、前の世界と同じものが食べられるのは純粋に嬉しい。
甘いものが嫌いな女の子はいない……そういう言葉があるんだけど、私もその例に漏れず、甘いものは結構好き。ジルも山のようなスイーツに目を輝かせ、カナもうめえうめえと言いながら沢山食べていた。
そして晩餐会の最後に、伯爵からこんな事を聞かれた。
「この後は、どちらに向かわれるのですか――?」
私たちは、ジルの布教という目的はあれど自由旅。
どちらにと言われると、返答に困ってしまう。一応、ジルの布教活動を手伝いながら、急ぎの用で飛ばしてしまった西の街々へ行くつもりだけど……。
「せっかくですから、城下町で布教……冒険をして、次は西のデンジ領にでも向かうつもりですわ」
行き先の話まで全部ジルに言われてしまった。
……こんな風にゆったりと楽しい時間を過ごして、晩餐会はお開きとなった。
まあ、ジルだけは沢山の贅沢料理や私の武勇伝語りで、ずっと興奮しっぱなしだったんだけど。
§ § § §
その後は伯爵のご厚意で、お城にもう一晩泊めて貰える事に。
久しぶりに入るお風呂はやっぱり気持ちがよくて、いつもは《浄化》で済ませているのだけれど、《浄化》にはない充足感があった。魔法のおかげで必要ないといっても、やっぱり湯船につかると落ち着いてしまう。
それに貴族のお城らしい、とても豪華で立派なベッドルーム。ふかふかなベッドに顔まで埋めると、これまでの旅の疲れが全部解けていく感じがした。
ゆったりとしたお貴族様気分で……実際、私自身お貴族様なんだけど、偉くなった気分で眠りに就く。
――翌朝。
「お招き戴き、本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそお忙しい中お越し戴き、ありがとうございました。またいつでもいらして下さい」
伯爵にお礼の言葉を述べ、片足を下げて敬礼をする。
彼も片足を下げ、ボウ・アンド・スクレープで私に返す。
彼の婚約者や召使い、スマッシャーたちも見送りに来てくれた。
皆にお礼とお別れを告げると、私たちはまた冒険の旅へと戻る。
「さあ……行きますわよ、アリサさん、カナさん! 城下町へ出発ですわ!」
青空の下、旅の再開を告げるジルの声が木霊した。