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第二百二十六話 格

 結局、私はスマッシャーと勝負をする事になった。


『俺の方がこんなヒョロい小娘より強そうだろ?』


 これはスマッシャーが言っていた言葉だけど、彼が言った通りだ。私よりも数倍、数十倍は彼の方が強く見える。半身鎧(ハーフプレート)から覗く丸太のような二本の腕が、それを如実に物語っている。


 そのたくましい体は、数少ないAランク冒険者という事が頷けるような、力強さと風格を漂わせていた。


「……で、何で勝負するの?」


「うーん……」


 彼は腕を組んで、悩み始める。

 ……って、何も考えてなかったの!?


「そうだ! ここは冒険者らしく、依頼達成の早さを競う……ってのはどうだ?」


 パーティを養うはずのリーダーが、その進退のかかった勝負を思いつきで決めていいのかな……。


 ちらりと彼の横を見ると、オーレン伯は目で笑っている。

 楽しそうな彼の瞳は、『やれやれ、またスマッシャーが暴走したか。今回はどんな騒動になるんだろうな』と口よりも雄弁に語っていた。


 あー……スマッシャーが突っ走るのは、今回に限った事じゃないのね……。

 後から申し訳なさそうに入ってきたパーティメンバーも、まるで『いつもの事』のように苦笑いをしている。



    §  §  §  §



 そういう事で舞台は城下町へと移り、オーレン・ギルド。

 領主様お抱えのAランクパーティと『剣聖』である私、この二組が勝負をするという話になれば当然、人だかりが出来て揉みくちゃにされてしまう。


 ギルドにたどり着くだけも一苦労。

 私が『剣聖』だってばれただけでも人が集まってくるのに、今回は彼らもいるせいで、倍の混乱になってしまっている。


 人垣を泳ぐようにかき分けて、ようやくギルドに到着。

 オーレン伯の召使いが先回りで説明したおかげで、話自体はスムーズに進んだ。


 応接室に通され、ギルドマスターが勝負の詳細を話す。

 ギルドマスターはメガネをかけた三十代半ばのクールな男性で、逆にこちらが恐縮してしまう程、礼儀正しく対応してくれた。


「お二組には、これからBランク依頼である『巨大兎(グレート・ラビット)』を討伐して戴きます。先に巨大兎(グレート・ラビット)を狩って、ギルドへ持ち帰った方が勝者となります。双方、よろしいですね?」


 巨大兎(グレート・ラビット)……初めて聞く魔物だ。多分、この地域特有の魔物なんだろう。ウサギなのにBランクというのは、ちょっと想像がつかないけど。


 私と、パーティ『超力のクリスタル』で町外れに出て、巨大兎狩りの勝負開始。

 ジルは、こんな戦いに(わたくし)たちなど必要ないでしょうと笑って高みの見物。カナも狩りなら負けねーだろとか言って不参加。


 ――この勝負は私が三時間、『超力のクリスタル』が六時間で、私の圧勝。

 昔、カナと一緒に狩猟者(ハンター)をやっていた経験が活きて、簡単に巨大兎を狩れてしまった。


 遭遇した時は、その巨体にちょっと驚いたけど。

 だって、全高六メートルの大ウサギよ? 誰だって驚かない?



    §  §  §  §



 決着の後、オーレン城に戻るとスマッシャーから頭を下げられた。

 泣きの一回という奴だ。


「たった一度の勝負で、専属の座が決まるなんて納得がいかねえ。すまねえ、三番勝負って事にしてくれねえか? 俺たちも食ってかなきゃいけねえんで……」


「えー……」


 オーレン伯を見やると、声には出さずに目だけが楽しそうに笑っていた。


 それは、受けてやってくれという圧力にも見える眼差しだった。

 まだ幼いのに、貴族としての威圧感は一級品。逆らってもいい事はないから、私は渋々三番勝負を受ける事に。


 勝敗は翌日に持ち越された。




    §  §  §  §



 そして翌日。礼儀正しいギルドマスターですら二度も勝負するのか、少々面倒くさいな……という顔になって次の依頼を用意した。ギルドマスターも大変だ。


「では……、このFランク依頼『飼い猫探し』をお願いします。実は、これ以外に勝負に使えそうな依頼がなかったので……」


 これ、絶対に『勝負に使えそうな依頼がなかった』じゃなくて、考えるのが面倒なのと、他の冒険者の依頼受注に差し支えるからって理由で決めたんだ……私には分かる。


 Sランクである私が低ランク依頼を受注をする時も、何度かこうやって面倒がられてきたから。


「Fランクとはいえ、探索能力や聞き込み能力を最大限に必要とする……飼い主にとっては……重要な依頼です。猫を見つけて、ギルドに持ち帰った方の勝ちとします。よろしいですね?」


「おうよ。いいぜ!」


「わかりました」


「……では、始め!」


 ギルドマスターの号令で、勝負開始。


 二時間後……私の勝利で幕を閉じた。

 彼らお抱え冒険者とは違って、私は現役でFランクの依頼を受けいたため、常日頃『猫探し』をやっているか否かで勝敗が決まってしまった。



    §  §  §  §



 三番勝負、第三試合。


「『剣聖の小娘』の剣の実力を見せてくれよ。それで負けたら、俺たちも潔く身を引くからよ!」


 スマッシャーの一言で模擬戦に。

 彼は最後まで『剣聖の小娘』と私の呼び名を間違っていたけど、もう『剣聖の小娘』でもいいかも知れない、なんて思えてくるようになった。


 私には『姫君』よりも『小娘』の方が気楽でいいし、性に合っている。


 ギルドマスター、オーレン伯、ジル、カナの立ち会いの下、一対四で勝負開始。

 場所はオーレン城大庭園。無数の薔薇が咲き誇る、広大で美しい庭園だ。


「じゃあ、俺たちから行くぜ!」


「いつでもどうぞ……」


「《重斬剣》《三連撃》《鉄壁》……!」


 正式な試合なので、スキル、魔法の準備が整うまで待つ。

 スマッシャーはスキルの三重がけ。


 彼の仲間は、隣の剣士が《三連撃》と《神速》を宣言。魔法使いが中級魔法、《火炎嵐(ファイヤー・ストーム)》を準備。聖職者が全員に《祝福(ブレス)》をかけた。


 私は刃引き剣を一本創り出して、準備完了。


「うおおおおおーっ!! 俺の渾身の一撃、若旦那の名前を貰った必殺の……キングスマッシュ!」


 この世界で必殺技! 技名を叫ぶなんて格好いい!

 私も技名を色々考えないと!


 なんて考えながら、渾身の一撃を受け止める。


 流石はAランク、速くて重い一撃。重さだけなら、あの魔族剣士デルマにも匹敵する。でも……。


「はああああっ!」


 気合で弾き返す。三連撃の残り二連も撃たせない!

 剣を大きく弾かれ、立て直すのに必要な時間で、私は一気に仲間の軽戦士へと詰め寄り、カナが得意とする幻惑戦法で後ろに回り込む。


 近付く瞬間までは目で追えていた彼も、視界から私が消え失せてしまうと、次の瞬間には地に突っ伏していた。


 私が目の前に現れた事で、驚く魔法使い。

 驚きながらも、戸惑う事なく準備していた《火炎嵐》を放つ。

 こういった奇襲にも冷静に対処出来るなんて、Aランク冒険者はやっぱり凄い。


 それでも……。

 私は乱れ斬りで、その炎で出来た竜巻を微塵切りにする。


「魔……魔法を、剣で斬り裂くなんて……!」


 あまりの事に、今度こそ対処出来なくなってしまった魔法使い。

 その隙に腹部への一撃を叩き込むと、彼女はくの字に折れて倒れてしまう。


「ヒっ……《治癒(ヒール)……!」


 魔法で仲間を回復させようとする聖職者。その詠唱が終わる前に気絶させる。


 三人を倒すまで、ほんの数秒。

 《三連撃》をむりやり弾かれた痺れから回復し、スマッシャーが剣を構え直して振り向くまでには終わっていた。


「な……なんだ……? 何が起こったんだ……?」


 驚愕するスマッシャー。

 私は答える事なく一足飛びで間合いを詰め、刃引き剣を振り下ろす。

 スマッシャーはその剣をかろうじて受ける。


(すげ)えな……。これが『剣聖』かよ……」


 鍔迫り合いの中、彼は私に賛辞を贈った。


「だがな……これで負けたら、俺たちおまんま食い上げなんだよ! 負ける訳にはいかねえ! 《破斬撃》!」


 彼本来の剛力と、剣を重く出来る《破斬撃》で、私の剣を見事に弾く。

 今度は私が大きくのけ反り、先程とは丁度逆の立場になってしまった。


「貰った! 《重斬剣》!」


 大上段まで振り上げられるスマッシャーの剣。

 長剣を両手持ちにして、力の限り振り下ろしてきた――。




    §  §  §  §



「あ……? えっ……?」


 困惑するスマッシャー。

 振り上げたはずの剣が彼の手から弾け飛び、替わりに喉元へ私の剣が突きつけられている。


 何が起こったか分からず、彼は動きを止める。

 数秒後、ようやく追いついた思考回路で、腰を落として言葉を紡ぎ出した。


「参った……! あんた、本当に強えな!」


 彼が剣を振り上げた一瞬、私は左手にもう一本の剣を創り、彼の剣を弾いて喉元で寸止めをした。先代剣聖や王子に勝利した技だ。


 私の一対一、対人戦での切り札。

 あとで何か格好いい技名をつけよう。……彼みたいに。


「分かったぜ、若旦那の専属はあんたに譲る! 『剣聖』ってだけあるよなあ……とんでもねえ強さだ! 『小娘』なんて言って、すまなかったな!」


「別に『小娘』でもいいですよ」


「ハッハッハ! ……厳しいねえ!」


 私が軽く冗談を言うと、スマッシャーが豪快に笑う。

 Aランクパーティ『超力のクリスタル』との勝負……私が勝利した。

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