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第二百二十四話 悪役令嬢Ⅳ

 飛竜(ワイバーン)からヒストリア嬢を救出してから数日、彼女の嫌がらせはぴったりと止まっていた。諦めたのか、それとも大がかりな嫌がらせでも計画しているのか。いずれにせよ、数日間だけは私に平和が戻ってきた。


 そう……数日間だけ。


 それは、ある日の夕刻の出来事だった。

 魔物退治の報告にギルドへと戻った私たちの前に、彼らが再び現れた。ヒストリア嬢の執事、アーチャーとコウチャーだ。


「助けて下さい! 姫様が……姫様が!」


 ぱりっとした執事服は所々が破れ、全身血まみれの姿で、体のいたる所に打撲痕を負った凄惨な姿の二人が、私にすがりついてきた。



    §  §  §  §



 ジルに《治癒(ヒール)》を使って貰った後、彼らから理由を聞く。


「姫様がブルドック団を名乗る戝に拐われてしまいました……」


「抵抗はしたのですが、戝は想像以上に強く、我々もこのざまで……くっ、我々が不甲斐ないばっかりに……!」


「あろうことか、やつらは一週間以内に金貨五千枚の身代金をよこせと言ってきているのです……」


 バラクティア領は、どんなに急いでも片道一週間はかかる。

 絶対に無理な距離なのに、どうして一週間なんて無茶な要求をしてきたんだろう?


 私と同じ疑問を持ったジルが二人に聞いた。


「どう考えても無理な要求ですわ。何故、戝はそんな要求を?」


「やつらは『領主に伝えろ』と言っていました。おそらく、ここの領主の令嬢と勘違いしたのでしょう……。関係のない領の領収様に、こんなお願いをする訳には参りません……」


「それで、『剣聖』であるアリサさんを頼ってきた……という訳ですわね。ですが、今まであれだけの嫌がらせをしてきたと言うのに、虫が良過ぎると思いませんこと?」


「そ……それは……」


 答えに困るアーチャー。

 私はジルの肩を掴んで、首を横に振る。


「もう、嫌がらせとかそういう事を言ってる暇はないから。困ってる人がいたら助ける。それが(せん)た……冒険者ってもんでしょ?」


「……アリサさんは、本当にお人好しが過ぎますわ」



    §  §  §  §




 執事の二人から賊が去った方角を聞き、手分けをしてその棲家を探す。


「見つけたぜ……!」


「さっすが、カナ!」


 探し始めてから数時間、カナがそれらしき建物を発見した。


 街外れから、更にもう少し先にあった大きな屋敷。昔の貴族の別邸だろうと思われるたたずまいで、朽ち果ててはいたけれど、大人数が隠れるには丁度いい場所になっている。


 門の前には数人のごろつきがたむろして、屋敷の中からも人の気配を感じた。

 ぐるりと裏手へ回ると、裏口のない高い塀。こちらには見張りはいない。


 大体の状況を把握すると、私たちは小声で作戦会議を始めた。

 一、二分程話した後、私が作戦をまとめる。


「……表門で私とジルが暴れて、混乱している隙にカナはこの塀からこっそりヒストリア嬢を確保。……これで、いい……?」


「……ええ、それでいきましょう……」


「……(おう)……」

 

「……じゃあ、行動開始……!」


 カナは一飛びで塀の上へ。

 私とジルは表に回って、ごろつきの前に姿を現した。


 それまでくつろいで座っていた三人が、面倒くさそうにのっそりと立ち上がって、私たちを強く睨みつけた。


「あぁん? なんだぁ? このアマぁ……」


「ここがブルドック団のアジトだと知っての事かよ?」


「女ァ……、わざわざ売り飛ばされに来たのかぁ?」


 下卑たうすら笑いを浮かべる男たち。

 そんなごろつきたちに私はゆっくりと視線を合わせ、答えた。 


「あんたたちをやっつけに来たのよ……。ここからは、私たちのヒーロータイムの始まりよ……!」


 すると、全員が腹を抱えて大笑いした。

 ひとしきり笑った後、ひいひいと息を荒げながら私に言う。


「小娘の分際で何をほざいてんだ?」


「女二人で俺たちブルドック団を? 笑わせるぜ!」


「鼻っ柱が(つえ)え女は好きだぜ? 売り飛ばす前に味見してやる!」


 こうして完全に舐めきってくれた方が、私としてはやりやすい。

 まずは私を指差す大男の、無防備なその指を掴んで軽く捻ってやる。


 ぽきりと小枝が折れるような音がして、指があらぬ方向に曲がった。

 私が手を離すと、その指はみるみる内に鬱血し、青くなっていく。


「何、俺様の指を掴んでやがんだ?」


 大男は指を視界に入れると、そこで初めて自分の指が折れている事に気付く。


「……って、あああああああああっ!!!」


 大声で叫び、曲がった指を押さえてうずくまる。

 私は、両膝を突いて姿勢が低くなった男の顎を蹴り上げる。


 男は数メートル上へと吹っ飛び、地面に激突。まずは一人。


「《剣創世(ソード・ジェネシス)・刃引き》……!」


 私は刃引きの剣を創り出し、残りの二人に打ち込んで、これも気絶させる。

 醜い悲鳴を上げて彼らも倒れていった。これで三人。


 やがて叫びを聞きつけて、建物の中からぞろぞろと男たちがやって来る。


「結構な数がいるわね……」


「手応えがあって、よろしいのではなくて? 《祝福(ブレス)》――!」


 ジルが私に《祝福》――少しだけ武器の威力や、防具の性能が上がる奇跡魔法。それを私にかけた。


 先陣を切っている三下の男が、唸るように言う。


「どうした、殴り込みかぁ? ……って、女?」


 女二人が殴り込みをかけるなんて考えられない三下は、無防備な顔を私に晒している。そのにやつく顔の鼻頭に、刃引き剣の柄をプレゼント。


 鼻血を噴き出して倒れる三下。


 これでようやく事態に気付いたごろつきは、全員が腰の得物を抜いた。


「何してやがんだ、このアマ!」


「ブッ殺したる!!」


「死ねえええええ!!!」


 好き勝手に叫びを上げて、ごろつき共が斬りかかってくる。

 私はこの集団を、まるで戦隊の雑魚戦のように薙ぎ払っていった。



    §  §  §  §



 総勢、七十八人。

 次から次へと襲いくる敵を倒して、最後に怪人……いや、ボスのお出まし。


「なんだぁ……? こいつら、こんな女に負けたってのか? 情けねぇやつらだ。ブルドック団の面汚しめ!」


「お嬢ちゃん……ちいっとばかし、調子に乗り過ぎたようだな。痛い目見せてやんぜぇ……」


 明らかに頭目と分かる、身なりのいい二人組。

 それが、手をぽきぽきと鳴らしながら歩いてきた。


「あなたたちで最後よ……」


 剣をかざして、二人へ突きつける。

 本当に最後かは分からないけど、そんな雰囲気だから言ってみた。


「うっ……! うっせえ!」


「もう、許さねえぞ!」


 本当に最後だったみたい。


「だがな……俺たちにゃ、切り札があるんだ」


「そうだ。人質って言う最高の切り札がなぁ……!」


 ヒストリア嬢の事だ。女一人相手に人質を使うなんて……。

 そんな卑怯な言葉に反応して、建物の中から声が聞こえてくる。


「人質ってのは、コイツか?」


 カナだ。

 右手には気絶した見張りらしき男、左手には同じく気絶したヒストリア嬢を抱えてカナがやって来た。


「カナ、お手柄!」


 私の声にカナが微笑む。

 カナは右手の男を投げ捨てると、男たちに言い放つ。


「残念だけどよ、これで人質はいなくなったって訳だ……」


「クッ……!」


「クソッ……!」


 私の方に後ずさる頭目二人。

 もう、逃げ場はない。


「仕方がねえ! もう、最後の手を使うしかねえぞ!」


「行くぜ!」


 二人は懐から、小さな物体を取り出した。


「「獣王変身――!」」


 叫ぶと同時に、手の中の立方体を捻る。

 すると、まばゆい光に包まれて、いかつい犬面の獣人へと姿を変えた。


「猛犬獣人! カーイザー・ブルドック!」


「番犬獣人! ジューニアー・ブルドック!」


 あれは、『変身方体(キューブチェンジャー)』……!

 確か禁止になったはずじゃ?


「どうよ? これが、ご禁制の『魔導具』よ! 闇ルートで手に入れた、コイツの威力……思い知れ!」


「どうだ? 怖れをなしたか? 今、謝るなら……俺たちで楽しんだ後で、出来るだけ高いトコへ売り飛ばしてやるぜぇ……?」


 闇ルート。まだそんな流通手段があったなんて。

 私はもう一度、ゾディアック獣人と戦う事になってしまった。



    §  §  §  §



 しかし……。


「《剣創世(ソード・ジェネシス)・大斬刀》……えええええええいっ!!!」


 叫びながら大斬刀を出し、思いっきりフルスイング。

 二人の獣人は、たったの一撃で二、三十メートル吹き飛んで気絶した。


 いくら獣人化で強化しても、所詮はごろつき。

 私の敵ではなかった。


 彼らで勝てるのは、アーチャーたちのような獣人化が初見の相手だけ。


 私たちは気絶させたごろつき――ブルドック団を全員縛り上げると、最後にヒストリア嬢の縄と猿ぐつわを解いて、ゆすって起こした。


「大丈夫?」


 私の顔を見て、顔を真っ赤にしてそむけるヒストリア嬢。

 やっぱり、まだ私の事嫌いなのかな……?


「あ……ありがとうございます……『剣聖の姫君』アリサ……」


 二度目のありがとう。

 彼女の心も、少しは開きかけているのかも知れない。


「アリサ……お姉様!!!」


 その言葉を聞いて、私たち三人は同時に吹き出した。

 私とカナは驚きで……だけど、ジルは面白そうに。


「「また、お姉様あぁー?」」


 二人で億劫な声を出すと、くすくすと笑うジル。

 笑い事じゃないよ、ジル。


 ヒストリア嬢も、心開き過ぎ!


「……私、たった今……『真実の愛』に目醒めましたわ! もう、王太子妃の地位もお金もいりませんの……。二度も命がけで私を救って下さった、アリサお姉様をお慕い申し上げますわ!!」


「いや、二度目に助けたのはカナ……」


「……是非、私と結婚して下さい!!」


「えええーっ……!」


 女の子に求婚されるのは、これで二度目。

 私は抱きついてきたヒストリア嬢を振り払い、一目散に逃げ出した。


「ジル、カナ……あとはお願ーいっ!」



    §  §  §  §



 ――その日の夜、私たちが夜逃げ同然で街を出たのは言うまでもなかった。

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