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第二百十五話 冒険へ

「ブラコフ様が捕まってから、ずっと……お前たちの隙をうかがっていたんだ」


 メイミーを後ろ手に捻って、濡れ衣を着せた男――従士ナギは言った。


「すると、どうだ? この()()のガキを捕まえるどころか、冒険者として鍛えてやってるじゃないか! つまり、このガキはお前たちへの人質となり得る……そうだろう?」


 捻る手に力を込めるナギ。

 メイミーの口から悲鳴が漏れる。


「ちょっと……痛がってるでしょ! やめなさいよ!」


「やはりな。このガキはお前たちの弱点という訳だ。お前たちがこのガキと離れる瞬間で、尚かつガキをお前たちの近くで捕まえられる……今日、この日をずっと待っていたんだ……」


 この男の全身が、人質奪取に成功した悦びと、こちらを出し抜いた歓喜……そして、要求が通ればブラコフが戻ってくるという期待にうち震えている。


 捕らえた獲物を味見するようにメイミーに頬を寄せ、ぺろりとその頬を舐め上げてから要求を突きつけてきた。


「さあ、ブラコフ様を釈放するように騎士団に命令するんだ! でなければ、このガキの命はない!」


「……卑怯者……っ!」


「なんとでも言え! どうする? それとも、高名な『剣聖の姫君』とやらは、こんなこそ泥のガキの命は惜しくない……とでも言うのか?」


 メイミーが捕らえられている限り、私たちからは手出しが出来ない。

 ……はずだった。


 しかし、ジルが一歩前に出て、聖女とは思えない意外な言葉を発した。


「やれるものなら、やってご覧なさい」


「……な!? ……なん……だと?」


「聞こえなかったのですか? やれるものなら、やってみろ……と言ったのです」


「ありえん……ガキを見殺しにする……だと? それが『聖女』の台詞かあああぁぁーっ!?」


 人質を取っているのが自分にも関わらず、無情な回答に激昂するナギ。

 ブラコフの釈放という淡い期待が崩れ去り、少しはあるだろう良心からジルの選択に怒りを憶え、激しく地団駄を踏んでいる。


「その代わり……その子をこれ以上、少しでも傷つけてみなさい。次の瞬間、貴男の命はありませんわよ……!」


「なっ……何を言って……」


「それに、貴男の()()()の命も貰いますわ。その子にした仕打ちの万倍の苦痛を与えた上で……惨たらしく殺して差し上げますわ……!」


 ぞっとするような笑みを貼りつけながら、恐ろしい事を口走るジル。

 その冷徹な表情は絶世の美貌も相まって、背筋が凍るような怖ろしさを醸し出していた。


 そして、ただの脅しではないと分かる凄みのある声で、ナギに言い放つ。


「それでもいいなら、さあ……やってご覧なさい!」


「くっ……! 畜生っ……!」


 人質に意味がないと悟ったナギは、メイミーを放り投げた。

 空いた両手で懐から魔導具を取り出して、それを回転させる。


「獣王変身!」


 まばゆい光と共に、ナギは獣人へと姿を変えた。


「――マムシ獣人!」


 ブラコフにも似た首長の蛇獣人。

 ぬめりを帯びた光沢の鱗に覆われ、二又に分かれた舌がちろちろと顔を出す。


 マムシ……と言うからには、おそらく毒蛇だろう。

 上顎から飛び出している二つの牙からは、緑色の液体が常に滴っていた。


「もう面倒だ! お前たち全員、このマムシの毒で噛み殺してやる!!」


「かかってきなさい! ここからは、私たちのヒーロータイムよ!」



    §  §  §  §



 私たちに襲いかかるマムシ獣人。


 しかし、人質のいないゾディアック獣人一人など、私たちの敵ではない。ジルの錫杖と、私の魔法剣。すれ違いざまの同時胴打ち。それだけで、マムシ獣人は倒れてしまった。


 倒れたマムシ獣人を、早速カナが縛り上げる。


「口程にもなかったですわね!」


「うん……ってジル、本気でメイミーを見捨てるつもりだったの?」


 ジルのあの対応はメイミーを見殺しにするという選択でもあった。

 ナギを動揺させる作戦としても、今回はたまたま投げ捨ててくれて助かったけれど、変に逆上されたらメイミーの命は危なかった。


 さっきの言葉は本気だったのか、私はジルに確かめた。


「……どうかしら?」


 また、冷徹な笑顔になって答えるジル。

 ――本気だ。そう思わせるには十分な微笑みを見せた。


 彼女の正体は、真竜(ドラゴン)。本来、彼女にとって人間とは虫けらと変わらない存在なのだ。……私は彼女の怖ろしさを、再確認する事になった。



    §  §  §  §



 マムシ獣人――ナギを捕まえた翌日。

 ゾディアック捜査が急変を迎える。


 騎士団の尋問によって、ナギが今回の事件の顛末を全て喋ったという報告があったからだ。もしもの時のために連れてきた従士まで捕まった事で、ブラコフが絶望して口が軽くなり、証言の裏付けにもなったとか。


 ブラコフは魔導具の力で変身し、皇帝の影武者を務めていたと言う。最近、皇帝が長旅から帰って来て、その任を解かれた。その際に、皇帝の側近が私たちの情報を持ってきて、それで『剣聖』が私になった事を知ったらしい。


 その気配はなかったけど、側近なんていたんだ……。

 皇帝は、私たちとの戦いで大怪我をしているはずだから、彼を帝国まで連れ戻したのも、その側近だろうという事は分かった。


 そして、自称マスター・シャープの弟子である彼は、従士ナギを連れて帝国を飛び出して私たちを追いかけ、この王都でやっとまみえたという話。


 一応、帝国五騎士ではあるものの、今回はゾディアック帝国自体とは全く関係なく、そもそも帝国は『勇者召喚』や別の儀式で、シュトルムラントに潜入する人員は割けない状態だとか。


 王国に攻め込むのは、それらが全て終わってからだと言う。


 つまり、何ヶ月も帝国に動きがなかったのは儀式のためで、これからも暫くは王国に入ってこない……という事になる。道理で情報を集めても、全部外れを掴まされた訳だ。


 私たちの調査は、骨折り損だった。


 それと、丁度王都に居合わせていたマスター・シャープ老に騎士団が尋ねた所、ブラコフは弟子でもなんでもないと判明。


 彼が剣聖時代にさまざまな国を旅した際、軽く稽古をつけていた子供たちの一人だっただけとか。その程度で弟子を名乗っていいなら、彼には大陸中に何千、何万という弟子がいる事になってしまう。


 今回の事件、完全にブラコフの空回りだったという事。


 ブラコフとナギは後日、国王陛下の裁きを受けるのが決定している。



    §  §  §  §



 一方、メイミーはと言うと……。


 ナギに捻られた手首も、ジルの《治癒》で元通りに。

 また元気な姿で冒険者に戻れる……と思っていたら、彼女にも思いがけない変化が訪れていた。


 九歳の若さにして、五属性全ての魔法を操る冒険者見習い。その噂が広まり、魔法学校が彼女を特待生として迎えたいと申し出てきた。


 メイミーを魔法学校に連れて行くと、校長が直々に出迎えてくれる。


「噂の天才児が、まさか『剣聖』様のお子だったとは……」


「いえ、私の子供じゃないです! まだ十九なのに、こんな大きい子がいる訳ないじゃないですか!」


 相変わらず雑談好きの校長が、素っ頓狂な事を言う。

 どう誤解したら、メイミーが私の子供になるんだろう……。とにかく、変な噂を流されないように釘を刺さないと。


「そうでしたか……それは失礼しました。それで、この子ですかな? 五属性を自在に使いこなす天才、というのは」


「ですね。メイミーです。ただ、彼女を特待生に……というのは、とてもありがたいお話なんですけど、彼女には貧民窟に弟分や妹分たちがいて……」


「弟分や妹分ですか……。ええ、百年に一度の天才を迎える訳ですから、その子らの面倒も魔法学校で見ましょう! それでしたら、ご安心戴けますかな?」


 その言葉を聞いて、メイミーの顔が明るくなる。

 よかったね、メイミー。


 メイミーとその弟妹は、これからは魔法学校で暮らす事になる。

 もう、貧困にあえぐ必要もなく、泥棒なんかをしないでも生きていける。

 きっと将来は、凄い魔導師になって私たちを驚かせるだろう。


 たった一人の女の子と、その弟妹。

 今回救えたのは、それだけかも知れない。


 けれど、これは私が小さい頃に悩んだ、貧困という巨大な敵から人々を救えるか……という問いに対する答えの、最初の一歩になった気がする。



    §  §  §  §



 そして、私たちは――。


 ゾディアックの驚異がしばらくない事が分かり、本来の冒険に旅立つ事にした。念のためギルドには、ゾディアックの動向に注意を向けて貰い、私たちもすぐに対処出来るよう準備は怠らないつもりだ。


 それでも、私たちはそれぞれの目的――ジルは布教活動、私は人助け、カナは友達との気ままな冒険者生活。そんな三人の旅へと戻る事が出来る。


 ……さあ、次はどの街に向かおうかな?

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