第二百十四話 残党
「今日は大ネズミを三匹もやっつけたぜ!」
楽しそうな顔で、ネズミの尻尾を掴んで見せにくるメイミー。
冒険者稼業が板についた彼女は、日に日に血色がよくなり、筋肉もついてきた。
薄汚れて骨と皮だけの体に、目だけはぎらぎらとしていた彼女はもういない。
私の目の前にいるのは、満面の笑顔で仕事の成果を報告しにくる、生まれ変わったメイミーだった。
Fランクプレートを持つジルを引率に、Fランクの依頼を次々とこなしている。
ジルも最初は面倒くさがっていたけれど、真面目に働くメイミーを見て、逆にジルが彼女の世話を焼くようになっていた。
大ネズミ退治は、一匹倒して銅貨五枚。
散々ネズミと追いかけっこをして、日本円にしてたったの五百円だから割は悪い。けれど、一匹倒せば家族一食分のパンが買える。三匹なら一日分だ。
それまでの彼女と比べたら、十分な成果といえる。
弟妹と食事に困らない生活。多少の怪我はしても、騎士団に捕まって独房に入れられる事もない。
大ネズミ退治、孤児院や教会の警護、どぶさらい、害虫の駆除と……彼女はなんでもやって、しっかりとその地盤を固めていた。変に一攫千金の夢を見て、危険な事に手を出さなければFランク冒険者は安定した職業といえる。
まあ、一攫千金を夢見る人が多いからこそ、メイミーにも仕事が回ってくるのだけれど。冒険者になってまだ二週間だけど、もう貯金も貯め始めているらしい。
彼女の周りの全てが好転していた。
日に日に明るくなる彼女を見て、私たちも一緒に笑顔になっていた。
§ § § §
それから更に三日。
とうとう、メイミーが《電撃》の魔法と小剣で、ゴブリンを退治したという話を聞く。引率のジルはただ見守っていただけ……というから、驚きだ。
これが実績として認められ、メイミーはこの若さで単独の冒険を許可された。これからは、受付のお姉さんとよく相談した上で……という条件がつくけれど、メイミーだけでFランクの依頼を受けられるようになった。
これで、私たちも一安心。
「……これでやっと、私たちの手を離れた……って感じがするね」
「少し寂しくもありますわね」
「ちゃんと成人してたら、アタシたちのパーティに入れたいくらいだったぜ?」
ゴブリン退治の報酬が入った銀貨袋を片手に、弟妹の下へと帰っていくメイミーを見送って、私たちも宿へと戻ろうとした。その時――。
どすん。
大きな音を立てて、人同士がぶつかる音が聞こえた。
思わず振り向く、私、ジル、カナの三人。
「なんだ、このガキ! 俺から金をすりやがって!」
えっ? すり?
もう、メイミーはそんな事をするはずがないから、他のすりが現れた?
そう思っていた私を裏切るように、鎧の男に腕をひねり上げられ、持ち上げられているのはメイミー。
手に持っているのは、彼女がまっとうに稼いだ銀貨袋だけ。
これは誤解だ。早くその誤解を解いてメイミーを助けなきゃ。
三人同時に駆け出し、メイミーの下へと慌てて向かう。
「待って、その子はすりなんかしてない!」
「そーだぜ! その袋はメイミーが……ソイツがテメーの力で稼いだモンだ!」
私たちの弁護を聞いても、にやにやと笑う男。
さらに彼女の手首をひねり上げる。
「うあああっ!!!」
苦痛に悲鳴を上げるメイミー。
ゴブリン退治で手に入れた銀貨袋を落としてしまう。
彼女の手首を握ったまま、男はその袋を拾い上げて言う。
「いいや。この袋は俺のものだ! それとも何か? このガキの袋だっていう証拠でもあるのか?」
そんな馬鹿な話はない。間違いなくあれはメイミーのもの。
男の反応を見たジルが、そっと小声で私に告げてきた。
「……あれは、すりの濡れ衣を着せて、財布を奪おうとする強盗ですわね……」
「……なにそれ、酷い……」
「……出しようのない証拠を出せなんて悪魔の証明……こういった、詐欺まがいの強盗の常套句ですわ……」
つまり……あんな屈強な男が、こんな小さな女の子から、なけなしのお金を奪おうとしている。なんて卑劣な話だろう。私の正義の心が、この男をこらしめろと燃え上がる。
「証拠も何も、この子がギルドから出てきたの……見た人がいるでしょ?」
私の言葉を聞いて、証言する市民がちらほらと出始める。
よかった……これで、濡れ衣は晴らせる。そう思った時……。
「いいや。この袋は俺の袋だ。その証拠に、三週間前……丁度、この時この場所で、このガキがすりを働いて捕まるのを俺は見た! この中にも、その時ガキを見た奴はいるだろう?」
三週間前といえば、私がメイミーに袋をすられ、カナが捕まえた日。しかも、男の言う通り、この場所はメイミーがカナに捕まった場所だ。
同じ時間という事もあって、その時すったのを見たという市民も数人現れた。それを聞いた他の人々の目は、メイミーに厳しい目を向ける。
それに、ひそひそと陰口を叩く声まで聞こえてきた。
……ぴったり三週間、それにこの場所。この男は『計画犯』だという事?
そうまでして、メイミーからゴブリン退治のお金を奪いたいだなんて、性格が悪過ぎるにも程がある。
「ちょっと、あんたねえ……」
私の怒りは頂点に達した。
しかし、文句を言おうとする私を男はさえぎる。
「このままじゃ平行線だろう? こんな往来で言い争うのもなんだ。あっちで冷静になって、じっくり話そうじゃないか……」
「わかったわ……」
確かに街の人々に迷惑をかけるのも筋違いだと思う。
私たちは、男の提案に乗って人気のない裏路地へと入っていく。
§ § § §
「ここまで来れば人はいませんわね。さて、本題に入りましょう……」
ジルが最初に口を開く。
「その袋は間違いなく、彼女のものですわ。貴男も、これ以上言い張っても無理筋だという事は、分かっているのでしょう?」
「いいや、証拠を出せ」
「でしたら、貴男自身の懐を調べてみなさいな。盗まれてなどいないのは、すぐに分かる事でしょう?」
「ぐっ……! 流石は、我が国でも『白銀の聖女』と呼ばれ、要注意人物とされている女だな。頭が回る……」
我が国、白銀の聖女、要注意人物……?
この男は何を言っているの?
「そうだよ、すりなんてどうでもいい。このガキさえ捕まえれば……な?」
「やっぱり……素直に話し合いを切り出すなんて、そういう訳でしたのね?」
私もカナも、二人の話が全く見えてこない。
何度も首を傾げていると、ジルがわざわざ説明を入れてくれた。
「この男、元から狙いはメイミーさんだったのですわ」
「どういう事?」
「私たちに対する、『人質』という事ですわ。……そうですわよね?」
私と話していた首を男の方に向け、ジルが声を荒らげ質問する。
そのジルの問いに、男はいやらしい笑みを浮かべて答えた。
「ハッハッハ……そうよ! お前たちと、このガキが必要だったのさ! それを、のこのこと無防備について来やがって……感謝するぜ!」
私たちとメイミーが必要? 本当にどういう事?
「俺はゾディアック帝国、帝国五騎士『毒蛇』ブラコフ様が従士……ナギ!!」
ゾディアック!? まさか、こいつがゾディアック兵だったなんて……。
「このガキの命が惜しかったら、ブラコフ様を釈放するよう騎士団に命令しろ!」
メイミーを人質に、無理な要求を突きつけてくる男――ナギ。
これが、この男の本当の目的だったなんて……!




