第二百十話 決闘
「あっけない……」
戦いはあっという間に終わってしまった。
§ § § §
先代剣聖の弟子を名乗る男、ブラコフ。
彼が戦えと言うので、外へ出て大通りで決闘をする事になった。
剣聖の決闘が見られるというのでギルドの中からは冒険者が、外からは街の人々が人だかりを作って見物に来た。中には賭博を始める人も。
「さあ、『剣聖の姫君』が一.一倍、挑戦者がニ十五倍ですわよー!」
……ってこの賭博の胴元、ジルじゃない!
聖女が聞いて呆れる。あとでお説教しないと。
「俺は貴様を絶対に許さん! いいな? 俺が勝ったら、裸で街中に土下座だ!!」
その言葉を聞いて、群衆が感嘆のどよめきを上げる。
私の事は、『剣聖』で『姫君』というフィルターがあるせいで、実際以上の美人として見られている。その美人が全裸になると聞いて、特に男衆が騒ぎ立てる。
中には指笛を吹いたり、ブラコフに絶対勝てと声援を送る者もいた。一部の女性も、うっとりとしながら剣聖の姫君の裸……なんて言っている。これは負けたら、恥どころの騒ぎじゃない。
「じゃあ、私が勝ったら何をして貰えるのよ?」
私は苦し紛れに言い返した。
だって、私が負けた時の話ばっかりで、勝った時の条件を決めてないじゃない。
「貴様が『剣聖』だと証明されるんだ。それで十分だろう!」
全然、リスクとリターンが合ってない。
裸と土下座と称号剥奪に対して、私が勝っても現状維持だけって……。
「それじゃ……私が勝負を受けても、何の得にもならないじゃない!」
「煩い! 問答無用! 《神速》!!」
始めの合図もなしに自分のスキルだけ準備して、勝手に襲いかかってくるブラコフ。私は元からスキルを使えないからいいけど、騎士道精神とかは……一体どこへ消えたの?
「食らえっ!! 《破斬撃》!」
ご多分に漏れず、一度立ち止まってからスキル宣言をしている。
本当にマスター・シャープの弟子か疑わしい。
最近は、アンデッドだって動きながらスキルを使えるのに。
面倒だから即興で出した魔法剣で破斬撃を受け止め、回し蹴りを腹に叩き込んだ。すると数メートル吹き飛んで、伸びてしまう。
「えっ……、え……?」
私は困惑で辺りを見回し、ブラコフを凝視した。
蹴りの一撃で伸びた?
あの、Aランク冒険者を蹴散らしたはずの実力は一体?
「あっけない……」
大歓声が上がり、私を胴上げする街の人や冒険者たち。
この後、ギルドホールでは入りきらない程の人でごった返し、祝勝の酒盛りが行われた。
賭けをしていた人も、勝った負けたで大騒ぎ。胴元をしていたジルはというと……かなり、儲かったという顔をしていた。
その酒盛りには私も出席させられて、夜まで騒ぎが続く。
私はお酒が飲めないから、ミルクだけどね。
§ § § §
翌朝。
ジルは二日酔いでダウン。私はカナと一緒にギルドへ。
そして、ギルドへと向かう途中で声をかけられる。
「待てよ……」
ブラコフだ。
両腕を組んで格好をつけながら、私の前に立ちはだかった。
もしも、昨日の事がなくて包帯だらけじゃなかったら、まあまあ格好いい登場だとは思うんだけど。
「俺はまだ貴様を『剣聖』だなんて認めちゃいないぞ? 昨日はよく分からん卑怯な手を使いやがって……!」
私が勝ったら認めるんじゃなかったの……。それに、卑怯な手?
まさか、昨日の蹴りが見えてなかったとか……?
学生の頃、シュナイデンにもよく『卑怯な手』って言われていた事を思い出す。
あれって単純に私の攻撃が見えていなかったから、手品か何かを使って目くらまし攻撃をした……と勘違いをしていた訳ね。
「次こそ、正々堂々と勝負だ!」
正々堂々って、合図もなしに襲ってきた方が使う言葉じゃないでしょ。
突っ込む気力も失せて、私は彼をあしらいにかかった。
「嫌よ……面倒くさい」
「なんだと!? 逃げるのか?」
「はいはい、逃げたでいいから」
「ふざけるな、戦え!! でないと、不戦勝で『剣聖』の称号は俺のものだぞ!」
本っ当ー……に面倒くさい。
彼の言動一つ一つがいちいちシュナイデンを思い出す。
「もうそれでいいから、『剣聖』の称号なんてあげるわ。……あ、でも土下座とかは無しね」
「そんなの許さん! 不戦勝で勝って『剣聖』を手に入れたなんて知ったら、我が師マスター・シャープが嘆くに決まっているだろ!」
そのマスター・シャープは、意外とあっさり『剣聖』をくれたけど……?
「いいから、戦え! 行くぞ、《神速》――!」
行くぞと宣言しただけ、昨日よりはましかも知れない……。
私は軽く見切って避けた後、足をかけて転ばせる。そして、倒れそうになる後頭部に手刀をお見舞いした。
白目を剥いて気絶するブラコフ。
私は彼を置いて、ギルドへ情報を貰いに行った。
今日も、ゾディアック情報はなかった。
§ § § §
それから毎日、飽きもせずブラコフが勝負を挑んできた。
最初に見せていた、対Aランク戦での実力があればいい勝負になるはずなのに、その力を片鱗も見せる事なく、彼は毎回……一撃で気絶していた。
最初のあれは、まぐれだったのかな?
今日もギルドでの収穫は全くなし。もう、ゾディアックは王国を狙っていない……と考えるには、気が早過ぎるように思える。けれど、しばらくは襲ってこないかもと感じていた。
今日も今日で、今度はギルドからの帰りを狙ってブラコフがやって来る。
「勝負だ、アリサ・レッドヴァルト! 今日こそ、貴様から『剣聖』の称号を奪い取り、裸で土下座させてやる!」
そんなに裸土下座にこだわらなくても……。
「七日も俺に地を舐めさせたんだ……街中を裸で七周は練り歩いて貰うぞ!」
「どういう理屈よ!」
「煩い! 今度こそ貴様に勝つ! この手だけは使いたくなかったが……」
この手……奥の手があるんだろうか。
最初から使ってたくれていたなら、こんな面倒な思いはしないで済んだのに。
彼は懐から、四角い物体を取り出した。
キューブ……!?
あれは、『変身方体』!
まさか……魔導具を持っていたというの?
「俺は剣士として、堂々と貴様に勝ち……そして『剣聖』の称号を得るつもりだった……。だが、もう手段を選んでなどいられない……!」
そして、ブラコフは大声で宣言した。
「俺は……帝国五騎士『毒蛇』として貴様を殺す!! 皇帝陛下、ご照覧あれ!」
帝国五騎士!?
魔導具の使い手ってだけじゃなくて、帝国五騎士だったの?
それに皇帝陛下……一週間前、彼が言っていた『陛下が許しても』って、国王陛下じゃなくて、皇帝ルーヴを指していたという事……?
次々と明かされる新事実に、私の頭が追いつかない。
混乱する私をよそに、彼はキューブを回した。
「獣王変身……!」
体が光に包まれ、それが消えたと同時に現れたのは獣の……爬虫類の姿。
「帝国五騎士――『毒蛇』!」
ぬめりを帯びた鱗に長い首、黒曜石のように輝く濡れた二つの瞳、そして二つに割れた真っ赤な舌……。
凶々しい蛇獣人が、私を睨みつけていた。