第二百九話 剣聖の弟子
こうして私たちは、レンちゃんたちを無事母親の元に送り届けた。
そこからすぐに旅支度をする。
「あと、一日くらい滞在してもよろしいのでは……?」
と言うジルを無視して、バンキ村を出る事にした。
ギルドマスターの手料理を食べられなくなるのが残念なのは分かるけど、私たちには『ゾディアック帝国』から王国を護るという使命がある。
使命といっても……誰に頼まれた訳でもなくて、私が勝手にやってるだけなんだけど。
§ § § §
それからアイシーでパトカイザへ戻って、新しく入ってきた情報を元に様々な場所へと出向いた。
入手した情報は、どれも外れ。
それからは移動の利便性を考えて、拠点をパトカイザから王都に移した。
王都の冒険者たちにも事情を話して手伝って貰う事になり、調査の速度は飛躍的に上がった。
王都の冒険者は気のいい人たちばかりで、喜んで調査を引き受けてくれた。そこから全国に輪が広がって、各地の冒険者たちも調査に協力の意を示し、いくつもの報告が届いている。
ドラグニ侯爵領と合併して広くなった『剣聖領』の調査は、アスナと魔族たちが引き受けてくれた。
特に元剣奴のデルマ、迷宮管理者のヴィルギス、『狩猟者』のクジョウは周辺他領の調査までしてくれた。ありがとう、『剣聖領』のみんな。
……結局どれも情報は外ればかりで、似たような困ったちゃん冒険者がいたとか、本物の人狼とかだったんだけど。
剣聖領での一件以来、気持ち悪い程『ゾディアック』はその影を潜めている。
レンちゃんたち救出から数えて、丁度三ヶ月。何も動きがないまま時間だけが過ぎた頃……ジルが不思議な事を言い出した。
§ § § §
――王都、ギルドホールの酒場。
「アリサさん。私が異界を渡った者を知る事が出来るのは、ご存知でしたわね?」
「ああ、うん。《千里眼》ね」
「へー、聖女サマの魔法って便利なんだな」
一緒に食事を摂っていたカナが感心すると、ジルはそれを横目に腸詰めの刺さったフォークを回しながら話を続けた。
「そうですわ。今日、私達以外で、この世界に降り立った人間の存在が確認出来ましたの。『異界人反応あり! 抹殺!』ですわ」
「そんな、抹殺とかしなくても……」
そういえば私も、異界人というだけでジルに襲われたっけ。
あの時は本気で死ぬかと思った。
「異界から来た奴か。一度、闘り合ってみてーな」
物騒な事を言い出すカナ。
お願いだから、誰彼構わず喧嘩を売るのだけはやめてよね。
「やり合う事になるかも知れませんわ。だって、降り立った場所が場所ですもの」
「「どこ?」」
「『ゾディアック帝国』……それに、異界渡りに使われた魔法は……」
ジルは息を止めて、重々しい表情になって告げる。
「《勇者召喚》ですわ」
勇者召喚――ジルの好きな小説、ラノベによく出てくる……そして、ジルが一万年以上前、宿敵として戦っていた『勇者』を呼び出す魔法。
どのお話や、どの世界でも大がかりな儀式を行う必要があり、時には沢山の命を代償にする事もあるという。
ジルの話によると勇者は召喚の際に、それぞれの世界の神様から『特典』を受け取る事が出来、儀式や代償に見合った力を持って世界に現れるらしい。そういえば私も、生まれ変わる時に『特典』なんて話を女神様からされた記憶がある。
そんなリスクのある魔法を使ってまで勇者を呼び出して、ゾディアックは一体何をするつもりなんだろう。
「勇者召喚ですもの、呼び出された勇者はおそらく……『地球人』」
「『地球人』……」
「チキュウジン……ってなんだ?」
ゾディアックが呼んだのなら、おそらく私たちの敵。
同郷の人と命の奪い合いなんてしたくない。けれど、もし出遭ってしまったら……多分、戦うしかないと思う。
勇者というのは本来、召喚した国の敵を倒すために呼ばれるのだから。
そんな私の悩みをよそに、ジルがカナに『地球』の説明を始める。
「アリサさんの事、言ってしまってよろしいんですのね?」
「あ、うん……別に隠してる訳じゃないから」
私が地球から来た事なんかも含めて、かいつまんでの説明でおよそ五分。
カナはジルの話を、驚いたり、感激しながら聞いていた。
「なんだよ、アリサ。オマエって凄ー奴だったんだな!」
「そんな凄くはないよ。ただ運よく、女神様から第二の人生を貰っただけで……それ以外は、他の人と一緒。普通の人間だから」
「「普通の人間!?」」
二人して、そこ……驚くところ?
「アリサさんが普通の人間でしたら、魔王だって普通の人間ですわ……! ねえ、カナさん?」
「そうだぜ。アリサはもっと、普通じゃねえって事を自覚しねーとな!」
「もうっ……普通の人間だってば!」
立ち上がってテーブルを叩きながら反論する私。
そんな私を余所目に、二人は顔を見合わせて……。
「それはねーわ」「それはないですわね」
冷たく言い放った。
気がつくと、勇者の話はどこかへ消え、私が化けものか否かの口論になっている。今日召喚された勇者が、私たちの運命を変えるとも知らずに――。
§ § § §
そんな折、ギルドの門扉を荒々しく開け放ち、一人の男が入ってきた。
「『剣聖』アリサ・レッドヴァルトってのは、どいつだ!」
入り口で、大声を張り上げて叫ぶ男。
ギルドホールに居合わせた冒険者たちがざわめく。
ここの冒険者たちは皆、『特別扱いしないで』という私のお願いを聞いてちやほやしていないだけで、王都を二度救った剣聖である私を畏敬の念で見ている。そして、私を知らない人はこのギルドにはいない。
私の顔を全く知らない上に、敵対心丸出しの人が私を訪ねてくるなんて、とても珍しい事だった。
Aランク冒険者の一人が私たちと男の間に立つと、男に向かって尋ねた。
彼は確か……王国最強の防衛職で、名前はドーゴミン。
彼が間に立ちはだかれば、飛竜の一撃をも食い止めると噂の戦士。
私のSランクが称号による特別扱いなだけで、冒険者は実質Aランクが最高ランク。彼は防御においては、誰にも負けない戦士だ。
「『剣聖の姫君』なら、あそこの席にいるけどよお……。お前、『剣聖の姫君』に何の用だ? 事と次第によっちゃあ……」
ドーゴミンの言葉に合わせて、彼の仲間たちも壁を作った。
――しかし次の瞬間、ドーゴミンのパーティは四方へと吹き飛ばされ、壁やテーブル、他の冒険者に激突した。
「雑魚が……邪魔をするな」
靴音を響かせ、ゆっくりとこちらに歩いてくる男。別のパーティが彼の行く手を阻むも、眉一つ動かす事なく冒険者たちを蹴散らした。
この男……確実に強い。
他の冒険者たちも、私を守ろうと席から立ち上がったけれど、それを私が止めた。これ以上の怪我人は出したくない。
「貴様がアリサ・レッドヴァルトだな?」
「そうよ」
「この国の王子に色目を使って、マスター・シャープ様から『剣聖』の地位を簒奪した……それで間違いはないな?」
「誰から聞いたの……そんな話」
大間違いだ。
剣聖の称号は、マスター・シャープのお爺さんと戦って、勝ったからこそ貰ったもの。王子に色目なんか使ってないし、そんな言い方をするのは、王子にもお爺さんにも失礼だ。
「否定しない……という事は本当なんだな、この売女め……!」
「いや、違うってば……」
「煩い。問答無用だ……! この、マスター・シャープ様の一番弟子ブラコフ! 陛下が許そうが、貴様を許さん!」
一番弟子!?
あのお爺さん、弟子なんかいたんだ……。
「ちょっと待ってよ……」
「問答無用と言ったはず。勝負だ、アリサ・レッドヴァルト! 俺が勝ったら、その『剣聖』の称号、正統後継者である俺が戴く!」
「ええー……」
「そして、全裸になって王都中に土下座で謝れ! 『小娘ごときが剣聖を騙って申し訳ありませんでした』とな……!」
そんな無茶苦茶な。
それに土下座って、この国にはない風習なんだけど……。まさか、幻術で人に化けた魔族か、それとも遠い他国の人?
剣聖の称号なんて欲しければあげるけど、全裸で土下座は恥ずかし過ぎる。
「わかった。でも、負けたら全裸で……っていうのは、無しでお願い」
「駄目だ。貴様は俺が継ぐべき『剣聖』という称号を奪い、その名に泥を塗ったんだ。それぐらいはして貰う……!」
「ええー……」
正に、ええー……だった。