第十三話 決勝
次では適当に負けよう……そう思っていた、私が甘かった。
「アリサお姉様、本気でお願いします!!」
次の対戦相手は、リカだった。
彼女はもう、以前の盗賊に怯えるか弱い貴族のご令嬢ではない。
私の影響だと思うけれど、制服に片手剣。試験当日でも体に残る痣は、おそらく厳しい鍛錬の証。
大きな剣に振り回される女の子から、自分に合った剣を使いこなす騎士の姿になっていた。
そのリカが、強い瞳に闘志をたぎらせ、私の目の前に立っている。
……これって手加減したら失礼じゃない。
「うん、本気で行くよ」
始めの号令と共に、リカが《神速》を宣言。
彼女の得意なスキルは《二連撃》だったはずだけど、私の速度に並ぼうと考えたんだろう。それだけ、リカが本気なのが見て取れる。
リカの第一歩と共に私も踏み込み、擦れ違いざまに互いの突きを交差させる。
初撃を避け合い、振り返って仕切り直す。
「えいっ! てやっ! てやああっ!!」
気合を込めて何度も打ち付けてくるリカの斬撃を受け止めながら、しっかりと重さの乗った剣筋に『リカ、強くなったんだなぁ』と感激してしまう。
しかし――。
「勝者、アリサ・レッドヴァルト!」
決まり手は、小手でリカの剣を払い落としての、喉元への寸止め。
「お姉様には敵いませんね」
「ううん。リカも強くなってたよ」
手を差し伸べて握り起こしながら握手をして、観衆拍手の中、退場。
§ § § §
――そして私はやってしまった。
リカの成長に嬉しくなって、調子に乗って勝ちまくった私が気付いた時には……。
決勝戦。
「まさか、あんたが決勝の相手なんてね」
「煩いぞ、黒パン女!」
シュナイデン……。つくづく私は、この男と因縁があるみたいだ。
今回は、全身鎧に宝剣『鳥獣剣』を携えているけど、以前のような杖は持っていない。
「今日は『魔導具』は使わないの?」
「煩い!」
ふてくされた顔で毒づくシュナイデン。
私の質問に答えたのは、教官だった。
「今回は剣の実力を見る試験だからな。没収させて貰った」
「ふーん……」
「貴……貴様ごとき、この剣だけで十分だっ!!」
シュナイデンは真っ赤になって、号令も待たずに斬りかかってきた。
決勝に進むだけあって、彼もそれなりには動けている。
それでもあくまで『それなり』程度で、私には止まって見えるような剣を避けて、反論する。
「ちょっと……これって、反則じゃないの!?」
「うわああああっ!!!」
私の声に耳も貸さず、無闇に剣を振り回すシュナイデン。
教官もあまりの事に呆気に取られ、試合中止を言い出せない状態。
シュナイデンは冷静さをなくし、蛇腹剣を開放する事すら忘れてしまっている。右、左、突きと何度もでたらめに繰り返される攻撃を、私は躱し続けた。
後ろへ後ろへと避けながら舞台の端まで行き、後がなくなると鳥獣剣の振られた方向に合わせて横に飛んで退路を確保する。
「卑怯だぞ! 黒パン女! 逃げていないで、正々堂々と戦え!!」
「だから、黒パン女はやめてってば……」
「前も貴様が卑怯な手を使ったせいで、俺は一週間もの謹慎を食らったんだ!!」
前ってあの模擬戦の事よね……。謹慎ってそれ、私のせい?
絶対に違うと思う。
「もう、卑怯なのはどっちよ……。それに謹慎って、自業自得じゃない」
「煩い! こらっ……逃げるなっ、黒パン女ぁ!」
逃げるなも何も、剣すら出していないんだから。
私の魔法剣は十分程度で効果が切れ、消えてしまう。
そのたびに《剣創世》の魔法をかけ直さないといけないんだけど、無駄なお喋りをしたせいでかけ直すのを忘れていた。
そもそも、始めの号令だってまだだし。
再び舞台の中央まで避けながら移動し、さっきスプリンゲンがやっていた技を試してみる事にした。
宣言、私の場合は詠唱だけど……のために頭では集中しつつ、回避にも専念。二つの行動を同時に考え、それをどちらも怠る事なく実行する。
「《剣創世・刃引きの剣!》」
頭で描いた魔法陣が私の手元に現れ、陣の真ん中から魔法剣の柄が顔を出す。
出来た! その間にもシュナイデンが鳥獣剣を振り回すが、半身をひねってその場で躱し、思いきり柄を引き抜く。
するりと刀身が姿を現し、シュナイデンの返しの一撃を、生成途中の剣が受け止めた。
突然出てきた剣に止められて怯んだシュナイデンの脇を、サイドフリップ――サイドフリップというのは、側転で宙返りをするパルクールの技。それで飛び越えつつ、出来たばかりの剣で胴を薙ぐ。
まるで戦隊のアクションのような格好いい技が決まり、私もシュナイデンも、そして教官までもがまるで時が止まったかのように感じていた。
止まった時が動き出すと、ゆっくりと崩れ落ちるシュナイデン。
呆然自失としていた教官も、はっと我に返って慌てて勝利宣言をした。
「勝者! アリサ・レッドヴァルト!!!」
勝った……って、優勝したら王太子殿下に目を付けられるかも知れないんだった。ちらりと貴賓席に目を向けると、王太子殿下は席から身を乗り出して大はしゃぎしている。まあ、あんな格好よく決めちゃったら、興奮もするよね……。
王太子殿下が武闘派じゃない事に期待するのも難しそう。
あとは、『側室探し』がただの噂だったという事を祈るしかない。
§ § § §
簡単な表彰式と閉会式。
それに、王太子殿下のお言葉で御前試合は幕を閉じた。
「皆、よく戦った。どの試合も素晴らしい戦いであった。皆が本物の騎士となり、我が国のために働いてくれる日を、このワルツ・ギル・フォン・シュトルムラント、楽しみに待っている!」
いや、ほとんどの試合をあくびして見てたじゃん、殿下。
さておき、学生は学生寮に、来賓はそれぞれ自らの領へと帰っていった。
全てが終わった夕暮れの闘技場は閑散としていて、どことなく寂しい雰囲気になっていた。
これだけ遅れて寮に戻れば、たとえ『側室探し』の話が本当だったとしても、王太子殿下だってもう帰られてる頃よね、という考えで闘技場を出るのをわざわざ遅らせた。
まあ、どうせ噂の域を出てないんだろうけど、念には念を入れて。
しかし、闘技場から出ようとした私に、先程の真鍮色の隊長らしき正騎士が出口で待ち構えていた。
「アリサ・レッドヴァルトだな?」
「えっと……正騎士様が、なんのご用でしょうか……?」
「王室近衛騎士団団長、ダグラスだ」
彼は名乗った後、咳払いをして続けた。
「アリサ・レッドヴァルト。王子……いや、王太子殿下がお呼びだ。一緒に来て貰うぞ」
「ええと……何かの間違いですよね?」
しらを切って脇から逃げ帰ろうとする私をさえぎって、団長様は私を王太子殿下の待つ場所へと連行した。