第二百話 悪夢
ナイトメア姉妹との再戦。
まずは部屋に入って、中を確認。
洋館らしくアンティークなテーブルや椅子が置かれている。戦いの妨げになりそうなそれを、私は蹴って部屋の隅へと飛ばした。
「思ったより乱暴なのね、剣士さん」
「見た目はこんな可愛らしいのにね……」
「お褒めに預かって光栄だけど、邪魔なものはどかさないとね」
広くなった部屋で、やっと仕切り直し。
「《剣創世》――!」
私は切れ味の鋭い魔法剣を出した。
それに対して二人は浮き上がり、高い天井すれすれを浮遊している。
ぎりぎり片手剣が届いたとしても、かすり傷も与えられないような高さだ。
迷宮というだけあってきちんと魔物たちに有利になるように、この建物は設計されている。
「やっと……やっとね。この二階で戦えるなんて、初めて……! ドキドキしちゃう……!」
「そうね、姉様。二階のボスとして、冒険者と殺し合うのは初めてよ」
「よかったじゃない。じゃあ……早く来なさいよ」
彼女たちが届く範囲に来ない限り、つまり彼女たちの攻撃を受けない限りは私の剣も届かない。私は、少し強めの言葉で二人を誘った。
恍惚とした表情のナイトメア姉が、翼を広げて羽ばたく。
少しの間、天井を回って勢いをつけた後、ようやく攻撃の姿勢に入る。
「うふふ……これが、受けれるかしら!」
爪が武器のように長く伸び、獲物を捕らえる猛禽のように手を開く。
「ごめんなさいね、妹。この一撃で、お終いかもしれないわ……!」
姉は、私に向かって斜めに急降下。凄まじい速度で迫ってくる。
爪が届く間合いに到達したと同時に、大きく腕を振って私を狙った。
「させない!」
私は叫びながら、わずかな動きで横に避けると、速度が乗ったままの姉の上から剣を振り下ろす。
背骨が折れる音と感触がして、一瞬の後に姉は床に叩きつけられた。
その体が反動で大きくバウンドし、また床に落ちる。
たったの一振りで、決着がつく。
まるで、先程の朽ちた庭園での妹のように。
急所を避けておけば死なないと思って本気で背中を叩いたけど、死んでないよね……? アンデッド相手に死んでないというのも、妙な話だけど。
足元を確認すると、背骨こそは折れているものの死んではいないようで、とりあえず安心した。いくらボスとはいっても、一度は共闘した友人のようなもの。殺す必要まではない。
ナイトメア姉の敗因は、私とナイトメア妹の戦いを見れていなかった事。
ジルに集中してたせいで、この戦法で妹が負けた事を彼女は知らなかった。もし知っていたら、突進なんかしてこなかっただろう。
「やっぱりね。姉様は気が短いから、一瞬で負けちゃった」
自分の事を棚に上げて、笑う妹。
いや、あなたも同じ手で負けたでしょ。
「私は、二度も同じ失敗はしないわ……。姉様の仇は取ってあげる……」
いや、まだ死んでないから。
ジル風に言うなら、まだ滅してないから。
天井からゆっくりと、そしてまっすぐ真下へと降りる妹。
空中からの攻撃は逆に不利である事を再確認して、地上戦を挑むつもりだ。
「じゃあ、とっておきの魔法を見せてあげる……」
彼女は右手を高く掲げると、その魔法名を叫ぶ。
「《血刀》――!」
それはまるで、私の《剣創世》のよう。何もない所から刀を造り出す。
正確に言うなら、何もない……ではなく彼女の血。
手のひらから血飛沫が上がり、その大量の血液が凝固して、刀へと変貌した。
正に魔物に相応しい、禍々しくも美しい魔法だった。
敵だというのに、思わず見惚れてしまう。
「さあ、いくわよ……剣士さん!」
「来なさい!」
まずは一合。上級アンデッドだからこその高速の足取りで、一瞬で間合いを詰め、無駄のない動きで上段斬りを仕掛けてきた。
それを受け止めて数秒迫り合った後、力一杯弾き合う。
部屋の端と端へと離れ、私と彼女は同時に武器を構え直す。
次は二人同時に踏み込む。部屋の中央で、剣と刀がかち合う。
またも鍔迫り合い。そこからの弾き合い。
吸血鬼という事から、噛みつきや爪が主なのかと思っていたけど、剣技も強い――。少なくとも人間で、彼女に並ぶ剣士はまずいないだろう。
「凄いじゃない……剣も使えるのね。もし生きてたら、剣聖を名乗れたかも」
三度目の迫り合いの中、私は彼女を素直に称賛した。
本当に、強い。
「うふふ……ありがとう。でも、剣だけじゃないわよ……?」
彼女のその返答と共に、何かの気配を後ろから感じた。
刃同士を合わせながらも、体を捻って咄嗟に躱すと、何かが凄まじい勢いで私の脇を通り抜けた。目を凝らしてそれの飛んだ先を見ると、細長い柱のようなものが壁に刺さっている。
氷柱……だ。氷で出来た大きな棘。
それが、氷柱だと分かった途端、別の角度から今度は二本、それが飛んでくる。それもぎりぎりで躱し、不利な密着状態から逃れるため、私は彼女の刀を弾いて距離を取った。
「無詠唱魔法……!」
「ご明察……。そうよ、だって吸血鬼だもの。魔法もお手のものなの……」
「まさか、剣で迫り合いながら魔法が飛んでくるなんてね……」
正に、まさかだった。
姉がいなくても一対二、もしくはそれ以上と戦っているようなもの。
「うふふ……少しは見直してくれた?」
「勿論。つまり、様子見はお終い……って事ね?」
「そうよ……。じゃあ、いくわね……!」
彼女が血の刀を高く掲げると、彼女の周囲に大量の氷柱が浮かび上がった。
刀を振り下ろすと同時に、それらが一斉に襲いかかってくる。
私は全力で横へと跳んで、全ての氷柱を避けるのではなく逃げて躱す。
次々と壁に刺さっていく氷の刃たち。
これらが刺さっていたらと思うと、正直ぞっとした。
躱したのもつかの間、今度はナイトメア妹本人が回り込んでいて、私を狙う。
お得意の超低空高速飛行。今の私は、全力で跳んでしまって崩れた姿勢。これなら、見切って叩き落とす事なんて出来ない。
戦いの構築が上手い――。
やっとの事でそれを回避すると、また間合いを取った彼女が、大量の氷柱を用意する。
……これは、絶体絶命のピンチかも知れない。
庭園でのあれは、本当に小手調べだった訳ね。
「いい顔ね……。それなら、もっと凄い絶望を与えてあげる――!」
彼女の体が二度、魔法の光に包まれる。
「《加速》と《防護》よ。これで貴女の攻撃は、ほとんど通らなくなったわね……」
「うわあ……。降参しちゃおっかな……」
「まだまだよ……。《神速》……《三連撃》!!」
この詠唱……宣言は、魔法ではなく戦闘スキル――!
吸血鬼が元々持つ剛力と速度に加えて、魔法、それにスキルまで。
「……ええっ? スキルまで使えるの!?」
「そうよ……。さあ、私の動きについてこれるかしら?」
あらゆる攻撃手段を展開した状態で、妹が私に襲いかかってきた――!




