第百九十五話 洋館一階
装飾の施された大きな扉を開けて、私たちは館の中へと侵入した。
ジルがランタンを灯すと、内装が照らし出される。
入ってすぐに吹き抜けのエントランスホール。左右と奥にいくつもの部屋があり、ホールの中央には二階へと続く幅広の階段。
全体的に埃を被っており、所々に古びた美術品や絵画。天井には朽ちかけのシャンデリアが吊るされていて、いかにも幽霊屋敷といった風情の館だ。
ヴァンパイア姉妹によると、ここは迷宮という話だから……おそらく罠や魔物も沢山待ち構えているんだろう。
「不気味な雰囲気の建物ね……」
「ですわね」
「やだあああああっ!!! 帰るううううーっ!!!」
ジルと私は警戒態勢。カナは相変わらず泣き叫んでいる。
「カナ、索敵を……って無理か」
「ですわね」
「やだやだやだあああああああっ!!!」
ここは私とジルだけで、慎重に調べていくしかない。
とりあえず私たちが目指しているのは、『お館様』と呼ばれる迷宮管理者の部屋。そこにレンちゃんたちが囚われて……いや、保護されているらしい。
「罠にだけ注意して、手当たり次第に全部の部屋、行ってみる?」
「それがよろしいですわね」
「うわああああんっ!!!」
大号泣するカナを引きずって、館の一階……迷宮だから一階層を探索開始。
様々な部屋のドアを開けるも、どの部屋ももぬけのからだった。
罠一つ、魔物一匹現れない。あるのは古くてかび臭い部屋と、その調度品だけ。
迷宮のはずなのに、どうなっているんだろう?
「ねえ、あの姉妹は迷宮って言ってたのに、どの部屋もこれなんだけど……一体どういう事か分かる?」
「そうですわね。うーん……」
ジルが顎に手を当てて考え出した。
二、三十秒待つと答えが出て、私に結論を語ってくれる。
「これって、レンさんたちが関係しているかも知れませんわ」
「レンちゃんが?」
「ええ。ヴァンパイアの姉妹は、『いつもの子』と言っていたでしょう?」
「そうね」
いつもの子という言葉に、何か深い意味があるのかな?
私が首をかしげると、ジルがその事を説明してくれた。
「つまりそれは、レンさんたちがよくここに足を運んでいた……って意味ですの。この迷宮は『一般人に危害を加えてはならない』ってルールですから、レンさんたちが行ける範囲の場所は……」
「あっ……そうか!」
「そう、子供たちの行動範囲内の危険なものは撤去されている! ……という事だと思いますわ」
なるほど。
それで、罠もなければ、魔物もいない訳ね。
でも、それって迷宮としてどうなんだろう?
安全にレンちゃん探しを出来るのはありがたいけど。
左右の部屋は全て調べ終わり、残りは奥の部屋。
私はそのドアを開いた。
§ § § §
「棺ね」
「棺ですわね」
部屋にあったのは、三メートル近くある大きな棺。
ドラキュラとかが入ってそうな黒塗りの……ではなく、黄金に輝くエジプトのような棺。ご丁寧に生前の顔や重ねられた手の彫刻まである。
どう考えても、この館には似つかわしくない代物だ。
「これって明らかに罠よね?」
「そうですわね。おそらく中にはアンデッドが入っているかと……」
「アンデッドいやあああああーっ!!!」
アンデッドが入っていたら大変な事になるので、カナを部屋の外に放り投げて、ドアを締めた。これで、何が起きてもカナがパニックにならないで済む。
棺を軽く押してみたけど、凄い重さでほとんど動かない。
蓋を開けるのだって、大人が数人がかりでも難しそうに見える。
子供が開ける心配がないからと、あえて放置されているのか、それとも重過ぎるから撤去出来ないのか。どちらでもいいけど、絶対に開けたら危険である事だけは確実だった。
「凄く気になるんだけど……ひょっとして、この棺の中に『お館様』がいるなんて事は……」
「確率はゼロ……とは限りませんわ」
「……よね。じゃあ、開けるね」
「「せーの!」」
§ § § §
重たい棺の蓋を開けたら、やっぱり魔物。
包帯をぐるぐる巻きにした、二メートル以上もあるミイラが起き上がった。
「ミイラ……!」
「ええ。モンスターとしての名称は『マミー』ですわ。腐った死体の癖に、甘くて美味しそうな名前ですわね!」
ジルが気の抜ける説明をしたけれど、これは十分に強敵。
少しでも油断したらやられてしまう。
「ねえ、ジル。これが『お館様』って確率は……」
「ゼロですわ。マミーごときに真祖が従うなんて事はありえませんもの」
「じゃあ、やっつけちゃおうか?」
「そうですわね!」
なら、早速武器を……そういえば、大斬刀の効果時間は切れてたんだっけ。
とりあえず、私は替わりになる武器を創り出す。
「《剣創世》!」
普段なら無詠唱で出せる剣。
きちんと魔法名を宣誓する事で、威力が増す。
ジルの《千里眼》によると、普段の魔法剣が『プラス1』で、宣誓すると『プラス2』になるらしい。ちなみに対ジル戦で最後の決め手となった剣、爪の間に刺さった……あの、痛そうな奴は『プラス3』だったとか。
まあ、ジルの言う『プラス』の概念とか、よく分からないんだけどね。
私は『長剣プラス2』を出して、構えた。
ジルも既に錫杖を構えている。
「いくよ!」
「はい!」
――数十秒後。
そこには滅多斬り、滅多刺しになったミイラ……いや、マミーだったものが転がっていた。
「ふう……一階はこれで、終わりかな?」
「いいえ。アリサさん、奥をご覧になって。扉がありますわ」
この部屋は広いダンスホールになっていて、ジルに言われて奥を見ると、確かに部屋の隅にドアがあった。
豪華なダンスホールに似つかわしくない、ぽつんとした小さなドア。不釣り合い過ぎて、ただの壁装飾にすら見えてしまう。注意して見なかったら、ドアだと気付けなかったかも知れない。
こういう時のジルの観察眼は、本当に頼りになる。
「行くしか……ないよね?」
「外にいるカナさんは心配ですけど……参りましょう」
私たちは奥のドアへと向かった。
§ § § §
中に入るとそこは厨房のような場所で、もしここが普通の館だったら、この厨房で料理を作ってダンスホールに配膳していたんだと思う。
そんな厨房の奥に、一人の女性が佇んでいた。
真っ黒なドレス、黒いロング手袋、頭にはベールをかぶっていて、まるでお葬式のよう。この世界では珍しい漆黒の髪を長くたなびかせ、泣きはらした後なのか、下まぶたから顎にかけて涙の跡が伝っている。
奥の壁が体を通してやや透けていて、明らかに人間ではない事も分かる。
「幽霊……?」
私が尋ねるように呟くとジルは私の胸を押して、後ろへと下がらせた。
そして、神妙な面持ちで私に言った。
「……いいえ、あれはただの幽霊ではありませんわ。……死を告げるアンデッド、泣き女――バンシーですわ……!」




